ぼくが姿を失うまで

むかし、ぼくは寒くて、うす暗いところに住んでいた。

だけどある日、おじさんが家をくれた。


だからここにいた。


きん色の髪と、灰色の目。

それが「とくべつ」だと言われるまで、そうだとは思わなかった。

みんながそれをきれいだと言うけれど、かがみを見るたびに、

これはぼくのものじゃない気がした。


ぼくはかみ様、と呼ばれている。

でも、かみ様って、こんなに”ひま”なんだろうか。


-----


毎日、同じ部屋。

同じ祈り。

同じ大人たちの顔。


だからぼくは、窓に向かって話す。


「今日はパンが少し焦げてた」


「ねえ、信者さんって、どこに行くんだろう」


誰に届くとも思っていない。

声が空気に溶けるのを、ただ確かめているだけだった。


ある日、返事があった。


(――それ、焦げすぎだと思う。)


びっくりして振り返ると床にぼくの影があった。

でも、いつもより、濃い。


「……きみ、だれ?」


影は黙っていた。


でもその沈黙が、なぜか怖くなかった。


それから、影は毎日そこにいた。

話を聞いてくれて、時々笑った気がした。


友だちができた、と思った。


-----


信者が減り始めたころ、


おじさんは、ぼくを見なくなった。



「この神はもう金を生まない。」


その言葉だけは、よく聞こえた。


捨てられるんだ、と思った。

でも、泣き方がわからなかった。


その夜、影が言った。


(――少し、借りるよ。)


次の日、奇跡が起きた。


ぼくと同じ顔の“ぼく”が、人を癒し、光を呼び、

人々は泣いて、ひざまずいた。


「すごいね」


そう言ったら、影は、少し困ったように黙った。


それからは、交互だった。

ぼくが信者さんの話を聞く日もあれば、影が奇跡を起こす日もあった。


どちらでもよかった。

二人でいられれば。

-----


ある日、知らない男が叫びながら近づいてきた。


「返せ」


何を、とは聞けなかった。


痛みは思ったより冷たかった。

血が広がるのを天井から見ているみたいだった。


影の顔が、歪んだ。


「だいじょうぶ」

そう言おうとしたけど、声は出なかった。


-----


気づいたら真っ暗だった。


影も、声も、なにもなかった。


でも、どこかで思った。


――さびしくない。


それが救いなのか、絶望なのか、わからない。

それでも覚えていること


もし、どこかで。

誰かが、別の姿で、別の声で、

ぼくの話し方を真似ていたら。


それは、きっと、影だ。


ぼくの影。


ぼくが、ひとりじゃなかった証。

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【読み切り】邪教の神として利用されていた少年と影 ミヤザキ @miyazaki_01

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