第5話 ミイラ(仮)の服屋


 聖誕祭に向けて華やかで可愛らしく飾られた街並みと打って変わり、その店は静寂とダークブラウンの落ち着いた色合いに包まれている。

 扉を開けるとドアベルがチリン、チリンと小さくなった。


「ネフィリアード。いらっしゃーい」


 店の奥から出てきたのは、全身に包帯を巻いた人だ。

 紺色のエプロンに、ポケットが沢山ついた黒のズボン。頭には紺の三角巾を巻いている。

 身長は170センチほどあり、右目の周囲と口元は素肌が見えているが、生きている人とは思えない黒ずんだ色をしている。不気味な見た目をしているが、右目にはオパール使用した瞳の義眼は生命力を宿し、感情を浮き上がらせている。


「アリュス。今日の花を持って来た」

「ありがとー」


 アリュスは感謝を伝えると、ネフィリアードから花束を受け取った。

 一本一本の香りを嗅ぎ、そっと花弁に触れ、アリュスは嬉しそうに目を細めた。


「いつも綺麗で、嬉しい。黄色も良いね」

「こうも寒いと、色でも温かいものが欲しくなるからな」


 アリュスはレジカウンターまで行くと、綺麗な水が入った花瓶の前に花束を置いた。

 そしてリボンと包装紙を丁寧に解き、花瓶に花を優しく生ける。


「うん。綺麗」


 金色のレジの横に花瓶を置き直すと、アリュスは満足げに言った。

 アリュスは、魔女ではない。ネフィリアードが保護した人間であり、要監視対象である。

 7年前、魔女の国は中央大陸の帝国の愚かな皇帝に狙われ、抵抗の末に戦争へと発展した。

 皇帝の目的は、極北の大陸に眠る地下資源と魔女達だった。

 厳しい環境の中でも生き抜く力と技術を持つ美しい女達を、そして彼女達を彩る宝石や鉱石を我が物にしようとしたのだ。


 しかし、どちら側の人種にとっても得は無く、あまりにも愚かな戦争であった。


 中央大陸の軍人の死因の多くは魔女との戦いではなく、極北大陸の過酷な環境による凍死や傷の悪化、病気が8割を占めていた。

 そして開戦から1年が経とうとした日、帝国にて皇帝は皇子によって失脚した。

 新たに玉座に着いた彼は、魔女の女王と和平交渉を行い、協定を結び、終戦を迎えた。

 当時のネフィリアードもコルエ達と共に出兵し、東の拠点の防衛を担う部隊に配属された。戦いを覚悟していたが、東は悪天候が続いた為に敵からの襲撃は殆どなかった。そのお陰で、3人は大きな怪我をする事もなく終戦を迎えた。


 終戦に喜ぶのも束の間、すぐに戦争の後始末と各地の復興が始まった。


 ネフィリアードの所属していた部隊は、帝国が大量に破棄した棺桶に似た箱の処理を任された。

 箱は魔力の塊である結晶を大量に詰め込み、魔術師の号令と共に魔術を発動させる簡易の〈魔導兵器〉だ。

 危険な品であるが任された箱はどれも使用済みなので、新人であるネフィリアードでも処理は充分に可能だった。

 結晶が残っていないか確認のため箱を開けながら処理を進めていくと、中に砂のようなものが発見されるようになる。

 魔力結晶は世界全土で採掘されている。その土地や環境によって魔力に含まれる属性や強度に差は出るだけでなく、結晶化する過程で稀に不純物が混ざる場合がある。

 ネフィリアードはその知識があったので最初の内は気にせず処理をしていた。

 しかし、20箱目を処理しようと開けた際、土を焼いた陶器のような破片を見つけ、隊長へ報告をした。


 鑑識の結果、人骨だった。


 大騒ぎとなり、処理を中止し、全ての箱を開ける作業に変更される。

 そして、ネフィリアードによって五体満足のミイラが発見された。

 魔力を生み出す装置として、魔術の術式が刻まれた人間が箱に入れていたのだ。

 さらに驚くべき事に、そのミイラは僅かに指を動かした。生きていたのだ。

 大量の魔術が刻まれながらも生きている原理が分からず、不気味に思った隊長はこれを破棄する様にネフィリアードに命じた。しかし、彼は其れを拒否し、保護をしたいと申し出た。

 反発の声は大きかったが、破棄をした所で何が起きるのか分からない。

 他の大陸との戦争は、これまで無かった。前代未聞の為に置き土産をどうするべきか、迷った団長が女王に判断を仰いだ。結果、ネフィリアードの申し出が許された。

 戦争時、最前線では人間に近いが明らかに自我のない化物が野に放たれ、魔女達を次々と殺した。彼らは動かなくなると自ら発火し、灰となった。

 あれが何だったのか。大陸の魔術とは何なのか。ミイラを元に調べ、今後の防衛対策に活用しようと女王は考えたのだ。

 研究の魔女達も其れに賛同し、ネフィリアードはそのミイラの監視を任された。


 ネフィリアードがそのミイラに〈アリュス〉と名付け、支給された家で監視を行いながら、交流を重ねた。


 当時は声が出せず、意思も無いに等しかった。やがて自我らしきものが芽生え始め、幼児に近しい動きや反応が見られるようになると、一気に精神年齢と知能が向上した。

 魔力の流れが血液に等しい役割を担っている、と研究の魔女達から見解が示された。

 アリュスは語学を学習する傍らで、ネフィリアードと共に手の運動を兼ねた裁縫を行った。並縫いをする程度だったが、アリュスは強い関心を抱き始める。

 服などのレシピや作品集を通して読解力が養われ、布やボタンを買うために数学を学び、たった4年で人の在り方を取り戻した。

 全てアリュス自身の努力の結果であるが、その様子を傍で見守れたネフィリアードは静かに喜んだ。

 もともと彼の監視小屋としての役割を持つこの家は、退任した魔法騎士が趣味で服屋を営んでいた場所だ。ネフィリアードが裁縫を行おうと考えたのは、放置されていた足漕ぎミシンがきっかけだった。最初は出来上がった拙い作品を店内に展示する程度だったが、アトゥスの腕前が上がるにつれて、店の前を通る魔女達が興味を示しはじめた。


 アトゥスの精神診断などを経て、条件付きで服屋を営む許可が下り、今に至る。

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結晶の国より愛を込めて 片海 鏡 @kataumikyou

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