第4話 花屋

 その後、ツリー担当者の10人は屯所へと魔法騎士3人と共に移動し、鑑識班9人が現場の調査を開始する。ツリーを結晶で拘束したネフィリアードは、慎重に解除をしつつ、飾りに残る犯人の魔力の残滓の計測に協力した。

 3人は其れが終わると念のために、聖誕祭に出される予定の展示品、現在開かれている特設マーケットの見回りを行う。

 屯所へ戻るころには、もう日が暮れ、夜になっていた。


「ネフィは、早く帰りなよ」


 報告書を書かなければと、事務室へ向かおうとしていたネフィリアードをコルエは止める。


「どうして?」


 コルエは事務仕事があまり好きではない。いつもミランジュやネフィリアード、他の隊員に押し付けようとする。

 意外な人に帰りを促され、ネフィリアードは思わず訊いた。


「毎週水妖精の日は、夕方になると退勤するじゃないか。今日のところは、僕達に任せてくれないかな」

「……多少遅れても、大丈夫だ」

「ネフィちゃんは、私達をもっと頼りなさいな」


 少し躊躇いを見せたネフィリアードに対して、ミランジュはやきもきした様子で言った。


「現場にいたのは貴方だけじゃなくて、私とコルエもいたのよ。貴方1人が全て仕事を背負わなくて良いの。貴方は第一部隊のリーダーだけど、1人の魔法使いなんだから、プライベートを大事にしないと!」


 ミランジュの熱弁にネフィリアードは少したじろぐ。


「そう言ってくれるのは、とても嬉しいが……以前、私にコルエが出した報告書は絵だったんだぞ」


 1週間前、城壁の修繕の為に周囲を警備していたコルエが提出しようとした報告書は、写実的なスケッチだった。

 城壁に杖をかざす魔女の絵は、額縁に入れて飾りたくなる程に素晴らしい出来だったが、報告書ではない。それを見たネフィリアードは頭痛を覚えながらもすぐに却下し、書き直させたのだ。


「私が書くから大丈夫よ。コルエは、騒ぎが起きる前の状況について教えて」

「もちろんだ。ネフィは帰宅の準備をして、気を付けて帰るんだよ」

「……あ、あぁ、わかった」


 いつの間にか、帰る前提になってしまった。

 言っても2人は聞き入れてくれないのが目に見えている。

 ネフィリアードは早々に諦め、心遣いに甘えることにした。


「先に失礼する」

「はーい」「夜道は気を付けるのよー」


 そうして、ネフィリアードは専用の更衣室へと移動し、着替えを手早く済ませると退勤をした。

 城壁と魔法の天幕があっても、都市には寒さが訪れる。

 白い息を吐きながら、ネフィリアードはとある場所へと歩き出した。

 魔女達は普段着から、金の刺繍やレースにフリルと華やかなものを好むのだ。落ち着いた色合いを好む魔女もいるが、何処かに華のある要素を取り入れている。しかしネフィリアードはグレーのコートに白のニットのセーター、黒いズボンとシンプルさを突き詰めている。


「ネフィリアード様。ご機嫌よう」


 中央広場を中心に、5つの大通りが敷かれている。その内の1つであるロズベル通りの道を歩いていると10代位の魔女3人が、代わる代わるネフィリアードに挨拶をする。


「あぁ、ご機嫌よう。夜は危ないから、早く帰りなさい」


 ワインレッドの髪の少女は少し不機嫌そうな顔をしたが〈はーい〉と返事をする。3人はそれ以上ネフィリアードに話しかける事はなく、早々に離れていった。 


「あら、ネフィリアードくん。今日は大活躍だったわね。お疲れ様」

「同僚達がサポートしてくれたお陰ですよ」


 カフェの戸締りをしていた50代の魔女は、彼を見かけるとねぎらいの言葉を掛ける。

 唯一の獣人であり男性であるネフィリアードを、魔女達は受け入れている。よく思っていない魔女も少なからずいるが、彼に石を投げるような愚か者はいない。魔法騎士としての務めを果たしているからだ。


「こんばんは」


 片隅にある小さな花屋〈フロウレシア〉へとネフィリアードは入店する。

 冬の閉ざされた世界の中、温かなフロウレシアの店内では、草花が生き生きとしている。生命力を映し出した様々な形の葉が揺れ、咲き誇る花々は自分の美しさを見て欲しいとネフィリアードへ挨拶をする。

 そんな中で、ピンク色の魔女の帽子が揺れている。


「こんばんは?」

「あ! ネフィリアードさん、いらっしゃい!」


 花のレースをあしらった魔女の帽子を被った店員が、慌てた様子で花々の中から顔を出す。

 その手にはブリキのじょうろがあり、小さな植木鉢に水やりをしていた様だ。彼女は花びらや葉っぱが服についていないか確認をすると、急いでネフィリアードの元へ向かった。


「いつもありがとうございます。今日も花束でよろしいですか?」


 帽子と同じ色をしたエンパイアラインの花柄ワンピースの裾が、彼女の動きと共にふわりと膨らむ。


「あぁ、そうしてくれ。お勧めの花はあるかな?」

「はい! こちらへどうぞ!」


 胸元の長さまである亜麻色の大きな三つ編みを揺らしながら、季節の魔女はネフィリアードをお勧めの花の元へと案内する。


「メリーコットンフラワーにレモネードリリィ、それとライムキャンディです」


 花弁が綿に似た菊、レモンの香りと炭酸に似た音を奏でる百合、ライム色の結晶のようで確かな柔らかさのある小さな花の集まりが、花筒の中で綺麗に咲き誇っている。

 聖誕祭が近づくと、赤、緑、白、金系統の色の花が出回りやすいが、この店では四季の魔女である彼女が育てた花しか店に並ばない。常に違う特別な花を求める人にとっては、打ってつけの店である。


「綺麗だ。花束に丁度良いな。いただこう」

「ありがとうございます! いつも通り12本で作っても宜しいですか?」

「あぁ、頼む」


 彼女は見ごろの花を選び、茎の長さをハサミで切りながら調整する。手早いながらも丁寧にクリーム色の包装紙で花を包み、仕上げに黄色のリボンを結び、華やかで可愛らしい花束を作り出した。


「おまたせしました!」

「見事な手捌きだな。ありがとう」


 支払いを済ませたネフィリアードは、フロウレシアを出ると、そのまま大通りを歩いて行く。

 美と実力を兼ね備える花形の職である魔法騎士。そう囁かれる役職に就いているネフィリアードが、毎週花束を持って誰かの元へ通う。

 注目を集め、話題になりそうなものだ。しかし、この通りに暮らす魔女達は〈いつものこと〉と言うように、何食わぬ顔で彼の横を通り過ぎて行く。

 そして、彼が辿り着いたのは、ロズベルの大通りから一本外れた道沿いに佇む小さなブティックだ。

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