第3話 怠惰な最強
「━━起きろ。いつまで寝ているつもりだ?」
「……ひゃっ!」
彼は、びっくりしてベッドから飛び起きた。理由は明白だった。寝ているところを顔面に冷たい水がぶっかけられたら誰であろうと飛び起きるだろう。
そこには、朝っぱらから酒臭い息を吐き、ボロボロの木刀を肩に担いだジンが立っていた。
「し、師匠!? な、な、何事ですか!?」
「いいから来い。師匠からの頼みだ、しょうがないから今日からお前を鍛えてやる」
連れて行かれたのは、王都の華やかな大通り……ではなく、薄暗い下水道の入り口だった。
「……あの、師匠? ここは?」
「今日の修行だ。夕暮れまでに、この区画にいるドブネズミを百匹仕留めてこい。ただし━━」
ジンは、彼が大切に持っていた家紋入りの名剣をひょいと取り上げる。その代わりに渡されたのは、そこら辺に転がっていた『ただの錆びた鉄の棒』だった。
「剣はいらん。この棒で何とかしろ。ちなみに魔力は一切使うな。一滴でも漏らしたら、今日の飯抜きだ」
「な、何を……! 魔法を使わずにあんな素早い魔物を倒すなんて、無理です!」
抗議はしたが、ジンは一切聞く耳を持たなかった。それどころか、ため息をついている。
「はぁ……。いいか、魔法ってのは『贅沢品』だ。お前ら貴族は、魔法があるのが当たり前になり過ぎている。もし、魔法が使えなくなったらどうする?魔法を封じる魔物だってゼロではないんだ……まぁ、それができなきゃ、俺の弟子は名乗らせねぇよ」
彼は唇を噛み、錆びた鉄棒を握りしめて恐る恐る、暗闇へ踏み込んでいった。
数時間後。
全身ドブまみれになり、ボロボロになって戻ってきた彼が見たのは、居眠りをしているジンの姿だった。よくこんなところで眠れるものだ……しかし、彼はそんなことを感心する余裕すらなかった。
「……はぁ、はぁ……。師匠、無理です……。鉄棒じゃ、皮一枚……斬れ……っ」
その時。
背後の暗闇から、彼が仕留め損ねた巨大なキング・ラットが飛び出した。彼はもうすでに体力がが尽きかけており、反応すらできない。
ジンは、目すら開けなかった。
彼の手元にあった、飲みかけの酒の瓶。
それを無造作に、背後へ「放った」。
バキィッ!
瓶は回転しながら魔物の眉間に命中し、巨大な身体を壁まで吹き飛ばした。これは、魔法ではない。ただの『物理的な質量移動』。それだけで、上位の冒険者が苦戦する魔物が即死した。
「……あ。……え?」
「はぁ……瓶が割れなくて良かった。中身がまだ残ってるからな」
ジンは眠たげに目をこすりながら、立ち上がる。
「お前は魔法で身体を強化することばかり考えてる。だから、自分の肉体が本来持っている『重さ』を忘れてるんだ。……魔法を捨てろ。そうすれば、世界がもっとゆっくり見えるぜ」
彼は、自分を助けたのが「魔法」ではなく、単なる「正確すぎる投擲」であったことに理解し、驚愕した。この男は、自分が見ている次元とは全く別の場所で戦っている。
「……も、もう一度、行ってきます!」
彼は再び決意する。
目の前の「怠惰な最強」の背中に食らいつきたいという気持ちがより一層強くなっていくのを感じ取っていた。
雷鳴を捨てた聖騎士 一ノ瀬 レン @tdjptapapmpjqj
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