Dead Dad Dream: fin
「さて。これで過去を証明するピースは全て出揃いました。まずは改めて謎を定義しましょう。良い解というものは良い問からしか生まれ得ないものですからね。私たちが解くべき謎とは何か。それはロンバード氏の死の瞬間、より具体的には制圧の魔法陣が作動するその直前直後に氏の書斎で何が起きていたのかというモノです。そしてこの謎はさらに二つの謎に分解することが出来ます」
「二つ、ですか?」
「えぇ。一つは”魔法陣はどんな魔法に反応したのか” そしてもう一つは”ロンバード氏はどのようにして殺害されたのか”です」
杖の軌跡が白銀の文字となり、彼女が提示した二つの謎を空中に書き記す。
「一つ目の問から考えを進めましょう。制圧の魔法陣が作動する条件とは、魔法陣の内部で魔法が暴走、暴発する事。事件現場にはロンバード氏以外の魔力痕が残っていないことから、原因となった魔法はロンバード氏によって行使されたものだと考える事が出来ますね。では、その魔法とは一体何だったのでしょうか」
「侵入者に対して放った魔法では?」
「侵入者、侵入者、侵入者。そうでした。そんな問題もありましたね。では尋ねますが、今までの捜査で判明した侵入者の足取りはどうなっていますか?」
「それは……」
グッドマン警視が言い淀む。成程たしかに、事件が起きてから今までを振り返っても犯人らしき人物は影も形もなかった。加害者の痕跡はなく、警察は早々な幕引きを図るべく俺を贄の羊と決めた。凶器やその他容疑者に繋がるような情報は存在せず、周辺での聞き込みが成果を挙げたという報告もなかった。
「そうでしょうね。なんせ、侵入者なんて存在しないんですから。どれだけ探したところで、存在しない人物を発見することは出来ません。ところで、先ほど言いましたよね?蘇生魔法は必ず失敗すると。では、制圧の魔法陣の中で蘇生魔法を唱えればどうなると思いますか?」
「……制圧の魔法陣が作動するかもしれませんね。必ず失敗する魔法、しかも失敗時に何が起きるか分からない。これは客観的に見て魔法が術者の制御を離れている、つまりは暴走したと魔法陣に認識されてもおかしくありません」
「では、ロンバード氏が蘇生魔法を唱えたと仮定しましょう。その場合、それは誰を蘇生しようとして唱えられるでしょうか?」
条件を整理する。エルさんは侵入者などいないと言い切った事から、彼女の想定する解はその状況に則ったものなのだろう。事件現場には被害者一人。魔法を唱えるのは被害者本人。では、その対象は?
「まさか……」
グッドマン警視の顔から血の気が引いた。
「おそらくは。そしてこれを以て警視の先の質問にお答えできたかと思います」
……魔法の対象は、もちろん被害者本人だ。
「制圧の魔法陣が作動した原因はロンバード氏が唱えた蘇生魔法。そしてロンバード氏が生き返らせようとした人物は、他ならぬロンバード氏自身だったのです」
「操屍魔法……」
警視が絞り出すように魔法の名前を呟く。
「ロンバード氏が殺害されたのは事件発生当日ではありません。ウェスリーくんの証言を元に考えると、一年前の強盗、というのがタイミングとしては最も有力でしょう。ニック・ルピノでしたか?ロンバード氏は件の強盗犯と不幸にも遭遇し、そしてその凶刃に斃れました。意識が薄れゆく中、ロンバード氏は最後の手段として自身の嘗ての研究成果を己に施したのです」
「ロンバード氏が既に故人だったという事実を証明する手段はあるのでしょうか?」
「状況証拠なら幾らでも。遺体に残る生体反応のない傷跡は、魔法陣の作動から遺体の発見までの間に付けられる量を明らかに超えていましたよね?後はゴーレムたちの活動ログを確認すれば。ここ一年位、ロンバード氏の分の食事を用意してない事が分かるのではないでしょうか。機能停止中の新顔ちゃんも。おそらくはロンバード氏の生活に係る諸々の費用が一切計上されていない筈です。残された記録の全てが、ウェスリーくんがここ一年ほど一人で生活していたと結論付けるに足る証拠になると思います」
親父は既に死んでおり、俺はこの一年間屍と共に生活していた。荒唐無稽な主張にも聞こえるが、思い当たる節がない訳ではない。同じ家にいるはずなのに、ずっと感じていた孤独。エルさんが俺に親父の生活様式の変化を尋ねたのも、生者から死者に変わったタイミングを探っていたのだろう。
「自身に操屍魔法を掛ける際、不要な行動は取らないよう敢えてプログラムしなかったんだと思われます。氏がウェスリーくんの誕生日に食卓に現れなかったのもそれが原因ではないかと。死者は食事を必要としませんからね。そして外出を控えた理由。コレもおそらく氏がそのように自分の行動を制御してたのでしょう。紫外線、風雨、雹や雷など、屋外で受ける肉体的損傷は屋内の比ではありません。如何に氏の魔法が『死体の時を止める』と言えど、それは外的要因からも遺体を十全に保護できる訳ではないでしょうから」
真実が詳らかにされたのに、応接室には遣る瀬無い雰囲気が漂う。捕まえるべき人物は既に塀の中。この場には加害者も、そして被害者もいない。主役のいないクライマックスとでも言えそうな、そんな静かな幕引きだった。
「謎が解けた時って、もっと胸がすくようなモノだと思ってました」
ポツリとそう溢すと、エルさんとグッドマン警視が小さく笑った。
「幕切れなんて大体こんなもんだよ。けどまぁ、これでキミのお父さんの死は一つの出来事として完結したんだ。あ、お父さんの事を虚飾で覆おうなんて意味じゃないよ?これにてキミは、お父さんの事を安心して悼んであげる事が出来るようになったんだ。それは見送る立場にある人間にとってとっても大事な事だし、私たちもその為に力を尽くせた事を光栄に思うよ」
隣でグッドマン警視も深く頷いている。
そうか。これでようやく、全て終わったのか。
「でも、その為にはもう一つ、謎が残っていたかもしれないね」
余韻に浸ったのも束の間、エルさんが思い出したように言った一言で再び現実に引き戻された。
「ウェスリーくん。キミが抱えるその孤独は、おそらくはキミを取り巻く環境に起因しているね。お父さんと血が繋がっていない事に対する負い目から、自分を過小評価してしまっているんじゃないかな」
不意に、胸の奥深くで燻る小火に焦点が当たる。
「……そうかもしれませんね」
決して不自由な生活だった訳ではない。親父の事を恨んでなどいないし、寧ろ尊敬だってしている。しかし、心のどこかで俺と彼との間に確固たる境界線を引いていたのもまた事実だ。両親を亡くした俺を救ってくれた大恩人。しかし彼は、継子に俺を選んだ事を後悔していなかったのだろうか。
「恥じ入る事じゃない。安易に分かるよとは言ってあげられないけど、それでもキミの人生はキミが思うよりずっと光に満ちているんだよ」
「でも……」
「キミはさ、自分の事を亡くなったお孫さんの代用だなんて卑下するけれどそんな事はないんだよ。キミはキミ。亡くなってしまった家族の事を大切に思っているからといって、それはキミの事を大切に思ってない理由にはならないんだ。お父さんのご遺体に、引き摺ったような跡があったでしょ?魔法陣の作動の瞬間、あの部屋にはお父さん以外は誰もいなかった。だから、あの跡はお父さんが最後にご自分で残したモノに他ならないんだ。あの先には何があったか覚えてる?」
昨日見た光景が蘇る。掠れた血痕の先にある、乾いた血溜まり。その先にあったのは。そこに、飾ってあったのは……
「俺の、下手な絵です」
目頭が不意に熱くなった。
「そうだね」
そう言って笑ったエルさんの目尻に涙が光る。
「お父さんが実のお子さん家族と撮った写真じゃなくて、キミが小さい頃に描いた絵だ。ご自分で掛けた魔法が解けた時に、真っ先にキミの事を想ったんじゃないかな?
「証拠は、ありますか?」
エルさんの顔をまともに見られず、俺は天井を見上げた。
「証拠は…… ないけどさ。お父さんが考えそうな事、キミならよく分かってるんじゃない?」
ブラックバーンでの一件から十日ほどが過ぎた日の朝。エル・アシュクロフトが事務所でコーヒーを啜っていると、レターボックスが未受領の通知を発しているのに気がついた。旅行カバンに入れたままになっていた銀色の細杖を取り出し、レターボックスに向けて軽く振る。すると、デスクの上に二通の大きな封筒が現れた。
一通はグレンフェリー県警からだった。エルは杖の先端から光線を出し、封筒の上端を器用に切り取っていく。
中の報告書には、エルがブラックバーンを離れた後のことが簡素に記されていた。ロンバード氏を取り巻く状況を総合的に勘案した結果、氏の生命活動は一年前に既に停止していたと結論づけられた事。ニック・ルピノが所持していたナイフの形状と、ロンバード氏の腹部の刺創が完全に一致した事。ニック・ルピノにはさらなる刑が科されるであろう事などなど。
スワンストンに帰ってきてから、少し考えていたことがある。なぜロンバード氏は蘇生魔法を研究することを選んだのだろうか、と。勿論正解の知りようなどないのだが、それは彼女の興味を甚く掻き立てた。
——きっと、ウェスリーくんを一人にしたくなかったのかな。
彼は既に一度、自分の家族を失っていた。二度も彼が一人になってしまわないように。親が子より先に逝くのは世の理と言えど、せめてその時は彼が一人ではないように。ロンバード氏はそんな祈りを込めたのではないだろうか。
報告書は二枚目に続き、そこにはロンバード氏の融資に関わる問題の顛末が書かれていた。該当する契約はロンバード氏の死後に交わされたものであり、従って契約は無効であると。
「うーわ。結構エゲツない事するなぁ」
驚くべき事にグッドマン警視は、ロンバード氏の殺人事件自体がこの不条理な契約を目的として行われたものであるという、こじつけにも程がある暴論を建前にバックにいたマフィアの排斥を敢行したのだそうだ。
当然、無理筋な主張である事はグッドマン警視も理解していたらしい。マフィアの排斥は完遂こそ出来なかったそうだが、対価として警察内部にいる協力者のリストを入手する事に成功したらしい。寧ろこちらが本命だったのだろう。中央警察の後ろ盾もあり、ブラックバーン県警の癒着体質は完全なる終焉を迎えたのだ。
よくもまぁ、こんな短期間で膿を出し切ることが出来たものだと感心する。
エルは封筒をデスクに置き、コーヒーメーカーを一瞥した。珍しく分量を違え、多く淹れ過ぎたコーヒーがデカンタに残っている。
エルは二通目の封筒を手に取った。裏返すと、そこにもコリン・グッドマンの名が記されていた。
わざわざ封筒を分けているという事実を幾らか訝しみつつ封を切る。エルが中の書状を取り出そうとした時、レターボックスが新たな宅配物の受領を知らせてきた。しかも受領の際には要連絡という、如何にも七面倒な但し書きが付いている。
「こちら探偵社”杖と猟犬” です」
事前に連絡が必要になる配送物は、得てして大きくなりがちだ。気乗りはしないが、先送りにしても他に対応する人員などいない。
「エル・アシュクロフトさん宛に一件、大型魔具の配送を承っております。只今お届けしても構いませんか?」
「魔道具を注文した覚えはありませんが……」
「差出人はコリン・グッドマンさんとなっていますね。お知り合いですか?」
困惑するエルを余所に、窓口の担当者は淡々と説明事項を読み上げる。
「えぇ。まぁ…… 因みに大型魔具って、具体的には何ですか?」
「すみません。そこまではこちらも把握しておらず……」
「そうですか……」
手放しにプレゼントを喜べるような間柄ではないと理解したのだろう。しばらく間があって、相手がおずおずと切り出してきた。
「……受領を拒否されますか?」
掴みどころのない男ではあるが、悪意を向けられるような真似をした覚えはない。大方、今回の事件の後始末か、新たな依頼に関わる何かといったところだろう。
「いえ。そのまま送ってください。ありがとうございます」
封筒にはご丁寧に連絡先が記載されていた。万が一問題が発生した暁には、遠慮なく損害賠償を吹っかけてやれば良いのだ。
転送用の魔法陣の上から埃の積もった段ボールの山を退かす。レターボックスに向けて杖を振ると、魔法陣が強く光り、その中央に大きな段ボールが現れた。大きさは一辺が六十センチ程。重量感があり、魔法を介さないと移動させることも叶わない。
「危険物じゃないとは思うんだけどなぁ」
外から眺めているだけでは何も解決しないのだ。応接セットを壁際に押しやり、空いたスペースに段ボールを動かした。杖を構え、一息に外装を吹き飛ばす。
中から現れたのは、体をくの字に折り曲げた一機のゴーレムだった。ロンバード邸で金銭管理を一任されていた、新型のハウスキーピング・ゴーレム。一通り確認したが、魔法式にも外装にも特に異常は見られなかった。おそらく、魔力を充填してやれば何の問題もなく起き上がるだろう。ご丁寧にロンバート氏の書斎にあった魔力充填用のスポットまで送られて来ていた。
「でも、なんで?」
ふと、机の上の書類が目に入った。グッドマン警視からの私信。そしてゴーレムの差出人もグッドマン警視。エルは奇妙な胸騒ぎを覚え、急いで二通目の手紙に目を通した。
長々とした時候の挨拶に対し、要件は非常に簡潔だった。
「ご存知かと思いますが、ウェスリー君は今春よりスワンストン大学に通う予定です。しかしながら、彼は巻き込まれた事件の影響で下宿先の仲介依頼を申請出来ていなかったそうです。貴女に協力要請を送る際に簡単に調査させていただきましたが、事務所を構えている建物に空室がありましたよね?」
事務所のインターフォンが鳴った。
「追伸:ウェスリー君にはエルさんが快諾してくれたと伝えてあります。住所も伝えてありますので、そこはご心配なく」
杖と猟犬 ましろ @Ya_Mashiro
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