Dead Dad Dream: 5
明くる朝ダイニングに降りると、そこには既にエルさんの姿があった。髪をかき上げた拍子に俺に気付いた彼女は軽く左手を挙げた。
「あ、おはよう。先に朝ごはん頂いてるよ」
それは久しく見ていない光景だった。開け放たれた大きな窓から朝の陽光と共に柔らかな春風が舞い込み、カーテンを慎ましやかに揺らしている。清々しい朝日と朝風を一身に受ける特等席に座るエルさんは食べかけのビーンズ・オン・トーストを端に追いやり、空いたスペースに今日の朝刊を広げていた。後ろには俯き加減のゴーレムが控え、さながらこの屋敷の主人であるかのような貫禄を醸し出していた。
そのシーンを構成する最も大きな要素が異なっている筈なのに、俺の胸には不思議と懐かしさが込み上げてきたのだ。
キッチンからシリアルの大袋を持ってきて隣に座った俺の顔を、エルさんが覗き込んだ。
「なんか嬉しそうな顔してるね」
「そうですか?」
「その声音からして昨日と違うもん」
エルさんも嬉しそうだった。
その後、朝食を摂りながら他愛のない雑談に興じていると、リビングの古時計が午前九時を知らせるメロディを奏でた。九時になったということは、グッドマン警視が現れるということだ。昨日も、一昨日も。警視は決まって午前九時きっかりに我が家の門をくぐる。真っ先に事件現場へ足を運び、他の刑事や鑑識員に指示を出し、それから捜査本部に籠るのが昨日までのルーティンだった。ところが、今日は最初にダイニングに顔を出した。
「こちらでしたか」
エルさんはマグに口をつけたまま軽く頭を下げる。
「おはようございます。グッドマン警視」
俺からの挨拶を聞き、警視は驚いたように少しだけ動きを止めた。が、すぐに平静を取り戻し、訝しげにエルさんに視線を送る。エルさんは変わらずマイペースにコーヒーを啜っていたが、警視の視線に気付くと自慢げに目を細めた。
「おはよう。ウェスリー君」
二度目の聴取は応接室で行われることになった。昨日までは警官たちの詰所として使われていたが、所狭しと並べられていた書類や機器の数々は一つを除き跡形もなく片付けられていた。
警視にソファに座るよう促される。俺に続いてエルさんが向かい側のソファに腰を下ろした。
「今日は人、少ないんですね」
「身内に潜む敵を遠ざける最も確実な方法は、全員締め出してしまう事ですから」
今朝のやりとりで全てを察したのだろう。グッドマン警視は真意を隠そうともしなかった。
「盗聴の可能性は?」
「問題ありません。私が全て確認しています。お調べになっても結構ですよ?」
「……遠慮しておきます。警視には敵いそうにありませんから」
それは余所行きの笑顔だった。
気を取り直し、警視が短く咳払いをした。
「それでは只今より、ウェスリー・ロンバードに対する第二回の聴取を執り行います」
言葉が区切られたタイミングでエルさんが俺に目配せる。
「リラックスして?昨日みたいに楽しくお喋りするだけだからさ」
「本聴取は第三者機関たる”杖と猟犬” のエル・アシュクロフトが専門的な知見を以て本件の調査を行う為の情報提供を目的としており、従って以後、ウェスリー・ロンバードにはエル・アシュクロフトの質問に偽りなく答える義務が生じます」
その後もグッドマン警視は聴取に関する注意や決まり事などの説明を滔々と続けた。最後に、僅かに躊躇うような素振りを見せた。それは俺の勘違いかもしれないと思う程度には刹那の出来事であったが、どうやら思い違いではなかったようだ。
「ウェスリー・ロンバードは本件の容疑者の一人であり、回答に際し黙秘権が認められます。黙秘権の行使により刑罰が重くなる事はありませんが、重要な証言をしなかった事により弁護で不利益を被る可能性があります」
「それ、言う必要あります?」
エルさんの口調には明らかに怒気が籠っていた。相対する警視は冷静、且つ毅然としている。
「今は必要はありませんが、必要になった時に私が同席出来るとも限らないので」
「ウェスリーくんの善意に甘え過ぎではありませんか?昨日までは身に覚えのない理由で冷遇されていた相手が、今日は犯人扱いしてくるんですよ。いくら誤解が解けたからと言って、そんな……」
エルさんは最悪の事態を避けるべく力を尽くしてくれている。片やグッドマンは、万が一の事態——エルさんが真相に辿り着けなかった、或いは真相に辿り着いたとしても結果を変えられなかった場合を案じてくれているのだ。
「大丈夫です。警視も悪意あっての説明でないことは俺もよく理解していますから」
昨日までの俺なら想像もし得なかったことだろう。グッドマン警視の側に立ち、エルさんを宥める事になるなんて。明らかに不承不承という様子ではあったが、エルさんは俺の説得に耳を傾け、その拳を収めてくれた。
「聴取に関する説明事項は以上です。ではエル・アシュクロフトさん。あとはご自由にどうぞ」
全ての説明を終えた警視は一歩下がり、録音用の魔道具を起動させた。
「じゃ、始めるよ」
「はい」
「昨日も言ったけど、私がキミに聞きたい事は二つ。ロンバード氏の生前の生活様式と、氏の研究内容だ。じゃあまずは、ロンバード氏の生活様式について。単刀直入に聞くけど、キミのお父さんの生活リズムってここ一年位で大きく変わったんじゃない?例えば食事の時間が変わったり、起床や就寝の時間が変わったり。もしかしたら行動単位の変化じゃなくて、規則的な生活だったのが不規則になったり、不規則だったのが規則的になったりっていう変化かもしれない。ある日を境にガラッと変わってしまったんじゃなくて、毎日ちょっとずつ変化していったのかもしれない。どんな些細なことでも構わないんだ。どう?心当たり、ある?」
親父の、日常における変化。人は日々変わっていくものだ、などという滋味に欠ける反論を頭の隅に押しやり、日々の中で覚えた小さな違和感を拾い上げていく。
「……一緒に食事を取ることがなくなりました。正確な時期までは分かりませんが、遅くとも去年の四月からずっと続いています」
「どうしてそう言い切れるの?」
「俺、誕生日が四月なんです。で、その日は親父と外食するのが常だったんですけど……」
昨年の誕生日、親父は終ぞ書斎から出てこなかった。家を出る頃には既に書斎に篭っていて、それは学校から帰っても、夕食の時間になっても変わらなかった。夜、書斎の電気は知らない間に消えていた。
「……聞いて悪かったね」
「誰も悪くない事ですから」
「とは言え、具体的な日付を覚えていてくれたのは私にとって大きな助けになったよ。予感が、確信に変わりつつあるくらいには、ね」
再び記憶を遡り、記憶の中の親父の姿を鮮明に思い浮かべる。変わったところ、親父らしくない行動、違和感のある振る舞いとは……
「他に変わったところと言えば…… 外出しなくなった事とかですかね」
「外出?」
「はい。元々インドア派ではあったんですが、晴れた日は毎日庭を歩いてたんです。設計からかなり拘っていたらしくて、本人もとても気に入っていたみたいです。なんですけど、最近は庭に出ている姿を全く見なくなりました。というより、ここ最近親父をまともに見かけた記憶がありません。寝室と書斎を往復するだけだったように思います」
「それはいつ頃からか分かる?」
「……すみません。具体的な時期までは。去年の夏に気付いたので、半年以上は見かけてないのは確かなんですが……」
それで十分だよ、と言ってエルさんが満足げに頷いた。
「じゃあ続いて二番目の質問に移ろうか。ウェスリーくん、実はお父さんの研究内容について心当たりがあるよね?」
質問と言うには嫌に断定的なその口調に不穏なモノを覚えつつも、動揺を気取られないよう平静を装う。
「どうしてそう思ったんですか?」
「昨日の現場検証の時。研究内容について聞いた時の困り方が、内容を知らないからっていうよりは内容を言って良いのか迷ってるように見えたから。それと夜に少し話した時の印象、かな」
責めているようには聞こえなかった。寧ろ、寧ろイタズラのタネを明かすような、茶目っ気すら感じられるような…… 彼女はきっと、嘘を暴く瞬間を楽しんでいるのだろう。その相手が誰であれ。
「それと、私と初めて出会った場所。キミは何であの廃ビルにいたのかな?」
穏やかな口調の裏に棘が潜む。
「それは、それは色々としんどくて、一人になりたくって。エルさんだって、昨日同情してくれてたじゃないですか」
確かにそうだねと言ってエルさんは笑った。しかし、彼女が追求の手を緩める気配はない。
「キミは通報後、急行した警官と一緒にロンバード氏の書斎に立ち入った。残念ながらその警官はマフィアの息のかかった悪徳警官だったみたいだけど…… その警官は、キミに部屋を出るよう指示した。そして部屋から出るその瞬間、キミは書斎の机の上にある書類が目に入ったんだ」
あたかもその場に居たかのように雄弁に語る。
「そこにあったのはお父さんの本当の研究成果。キミは手伝いで論文を目にする機会があったって話してたから、咄嗟に目に入ったそれらの内容を大まかに把握する事ができたって不思議じゃない。その年にしては大した能力だと思うよ」
皮肉でないことは間違いない。しかし、その賞賛は俺の逃げ道を閉ざす為のものだ。
「だから、キミは警官の注意が遺体や金庫に向いていることを確認して、その書類を全て持ち去ったんだ。そして手近にあった資料を代替品として机の上に広げた。持ち去った書類は、学校のレジュメと一緒にしちゃえば警察も詳しく見たりしないよね」
「では、机の上にあった論文や資料の数々は……」
納得したようにグッドマン警視が呟いた。
「えぇ。ロンバード氏の研究内容を示唆するような物ではなく、寧ろそれを隠すためのカムフラージュだったみたいですね」
エルさんは再び視界の中心に俺を捉える。
「そして昨日。一人になりたかったってのは嘘じゃないだろうけど、真の目的は書斎から持ち去った資料の焼却だね」
「証拠はあるんですか?」
精一杯の抵抗。転移魔法でエルさんがやって来たのは全て済んだ後だった筈だ。
「杖、出してみな?」
それは虚しくも間髪入れずに切り伏せられた。
「私は昨日、キミの杖から漂う魔力痕をハッキリと視認している。魔法使いでもないキミが、何時間も魔力痕が尾を引くようなスケールの魔法を行使するっていうのはあんまり現実的じゃない。きっと燃焼の魔法を使った直後だったんじゃない?」
エルさんの推理は驚くほどに正鵠を得ている。警報を聞いた俺は、真っ先に警察に通報した。到着した警官を一緒に書斎へと急ぎ、そこで倒れている親父を発見。そして警官に退室を厳命された訳だが…… 几帳面な親父は中途の研究成果にもタイトルを残していた。俺は警官の視線が金庫に釘付けになっているのを確認し、適当な資料と入れ替えて持ち去ったのだ。
「少し時間をください」
真実を語る事が二人の、引いては親父の為になる。頭では理解しているものの、一抹の不安が脳裏にしがみついて離れない。呼吸を整える。呼吸を整える。エルさんの期待に満ちた眼差しに背中を押され、俺は口を開く覚悟を決めた。
「蘇生魔法、です」
二人の反応は極めて対照的だった。グッドマン警視は平静を装ってはいるものの明らかに動揺を抑えられていない。対してエルさんはとても冷静だ。瞑目し、耳にしたばかりの言葉を反芻するように何度も小さく頷いている。まるでそれが予想の範疇であったかのように。
全人類の悲願である、死者を生者に変える魔法。数々の御伽話や伝説に登場しながらも、未だ存在しない魔法の極地の一つ。そして、探究すること自体が大罪である、禁忌の大魔法。
「キミがそう考える根拠を聞かせてもらえる?」
徐に瞼を上げたエルさんが静かに言った。
「親父…… ラルフ・ロンバードは自身の開発した魔法によって得た資産を元に財団を設立しました。その財団は元は戦争孤児の就学を支援する目的だったようですが、今では戦争に限らず、様々な理由で両親を亡くした子らの支援を行なっています」
俺の語り出しを、二人は真剣な面持ちで聞いている。
「俺が養子だって事はご存知だと思うんですけど。じゃあ何故ラルフ・ロンバードは俺を養子に取ったと思いますか」
二人は固唾を飲んで話の続きを待っている。
「俺の両親とラルフ・ロンバードの息子一家が同じ流行病で亡くなったからです。彼には俺と同い年の孫がいました」
親父の書斎に飾ってある家族写真。そこに映る会った事すらない男の子。親父の血を受け継ぎ、そして、本来俺の居場所にいるべきだった人物。
「親父には時折、俺を通して別の誰かを見ているような瞬間がありました。まぁ、本人は自戒していたようでしたが。心の奥では血の繋がりのある家族との再会を渇望していたんじゃないですか?」
「それは違うと思うな」
エルさんが即座に否定する。が、それは既に何度も通り過ぎた反論だった。
「一度だけ。酔っていた親父からこんな事を聞かれました。『お前は実の両親と再会したいと思うか?』と」
「……なんて答えたの?」
先ほどとは打って変わってエルさんの声に若干の不安が滲む。
「その時は確か、親父がいるから別に望まない、と答えました」
その答えを心から信じられたらどれほど楽だったか。考えを突き詰めていく毎にに大きさを増す不信感が、親父の言葉の裏にある真意から目を背けるなと囁く。
「でも、こんな事を俺に聞くって事は、親父自身も亡くした家族との再会を望んでるって事じゃないですか?俺の望みっていう、蘇生魔法の研究を行う大義が欲しかっただけなんじゃないですか?」
「ウェスリーくん……」
エルさんはその先に続く言葉を選べないでいた。何度か口を開くも、言葉が喉を震わせる前にそれを取り止める。
事情聴取の進行が完全に停止してしまった。
「これは…… 調書に残すべきではありませんね」
困ったように呟いたグッドマン警視は魔道具に歩み寄り、その機能を停止させた。
「ラルフ・ロンバードが死の直前、蘇生魔法の研究にのめり込んでいた。これは氏の名誉を失墜させるに足るスキャンダルになりかねません。週刊誌の記者連中からすれば垂涎のネタに違いありませんから」
グッドマン警視が窓の外を見遣る。今日も窓の外は至って静かだが、彼の目には猛然と詰め寄る取材陣の姿が見えているのかもしれない。
「ところで、ウェスリーくんはどうして蘇生魔法が禁忌とされているのかは知ってる?」
頃合いを見てエルさんが二度目の口火を切った。
「……分かりません。蘇生魔法は研究する事さえ禁止されている、という事しか教わっていなくて……」
エルさんが徐に視線を警視へと向けた。まるで次は貴方の番だと言わんばかりに。
「蘇生魔法が禁忌とされている最大の理由は、『どうやっても成功しないから』だと言われていますね」
そつなく答えるグッドマン警視。希望する解が得られたようで、エルさんは笑顔で解説を繋いだ。
「どんなアプローチであれ、今まで死者の蘇生に成功した魔法使いは存在しないんだ。技術的に未熟なだけなのか、それとも根本的な間違いを犯しているのかさえ分かっていない。現状分かっているのは蘇生魔法は唱えると必ず失敗するって事と、その失敗に再現性が全くないって事。要は何が起きるか分からないんだ。分の悪いギャンブルに故人の尊厳は賭けられないからさ、だから蘇生魔法は研究する事自体がタブーになってる」
「じゃあ、仮に成功する方法が見つかれば禁忌じゃなくなるんですか?」
突発の授業を聞き、漠然と思いついた疑問を呈する。質問を受けたエルさんとグッドマン警視の表情が、教え上手な教師のそれと重なった。
「良い質問だね。でも、今はその方法を研究する事自体が禁じられているんだ。その辺の理由は話すと長くなっちゃうから、今日のところは割愛させてもらうね」
説明を終えたエルさんはグッドマン警視にも座るよう促した。彼がそれに応じたのを見届け、再び口を開く。
「さぁ、私が聞きたかった話はコレで全部です。これよりウェスリーくんから提供のあった情報も踏まえて、早速事件の考察に移りたいところですが…… その前にロンバード氏の本来の専門分野についてもう一度おさらいしましょう。氏の専門は操機魔術。無生物の動きをコントロールする事に特化した魔術領域でしたね。ではそのロンバード氏が何故、衛生の魔法を開発するに至ったのでしょうか」
エルさんはそこで一旦言葉を区切り、俺と警視の顔を順番に見た。
親父の専門分野と、功績を残した魔法。確かにその二つには直接的な関連はないように思える。だが研究の過程で生まれた失敗の数々が、分野を違えて大成功を収める。教訓めいた含蓄を見出してか、そのような話は数多く語り継がれている。親父のそれも、そんな美談の中の一つに違いないと思っていた。
「或いはこう言い換えるべきかもしれません。操機魔術の大天才が、戦争中に、遺体の保全を目的とした魔法を開発する。その目的とは一体何だったのでしょうか」
それが、失敗から転じた成功譚でないとしたら。その魔法は偶然の産物などではなく、予め定められた目的の為のピースだとしたら。
「もしかして……」
俺の呟きに答えるようにエルさんが頷く。
「その通り。大戦中にロンバード氏が研究していた本当の魔法はおそらく”死体を操る魔法” でしょう。事実として、大戦中に各国で同様の研究が進んでいた事は各所の調査機関が証明しています。死者を兵力として”再利用” できれば被害や損耗を低減する事は可能ですから。戦争中の判断としては実に合理的です。ここでは他の操機魔法と区別する為に、『操屍魔法』とでも呼びましょうか」
「それは既存の死霊魔術<ネクロマンシー>とは異なるものなのですか?」
エルさんが信じられないと言った目でグッドマン警視を見つめる。死霊魔術師。死者の霊魂を現世に呼び戻し、霊魂の力で様々な現象を引き起こすという死霊魔術を専門とする魔法使い。霊視、口寄せ、鬼火<ウィル・オ・ウィプス>の使役など行使可能な魔法は多岐にわたるとされているが、その何れもが後ろ暗い目的のために使われることが多く、そもそも提唱する魔法の理論が非論理的な事もあって魔法使いの中でも特に印象が悪い。
「あぁ、失礼。ロンバード氏が非学術的な魔法に傾倒していると言いたいのではありません。所謂死霊魔術の代名詞的存在として動く死体<リビング・デッド>の使役が挙げられますね。勿論これは死霊によって死体が動くのではなく、魔法によって術者が操作しているものです。元より存在するこの魔法を、ロンバード氏が”再発明” する目的とはなんだったのでしょうか」
親父の魔法にしか出来ない事。単に死体を動かすだけにとどまらず、その魔法を以て覆した不可能とは何だったのか。
「私の想像にはなりますが、やはり既存の死体操作の魔法とは似て非なる魔法なのでしょう。例えば、被支配状態にある死体に高度な自己判断能力を持たせる事が出来る、など」
「動く死体に故人の意思は宿らず、術者の命令によってのみ動く。死体の操作が操機魔術の派生である以上、この前提条件は覆らない筈です」
「では、この家に仕えるゴーレムはどうです?あの子たちは状況に応じて最適な行動を取る事ができますよ。これは高度な自己判断ではありませんか?」
「即応的に思考を熟しているのではなく、事前に組まれた思考ロジックに沿って最適な行動を選択しているに過ぎません。それがいくら洒落っ気のある行動であれ、ゴーレムに意思や感情は宿ってなどいないのです」
「では、ゴーレムと我々はどのように異なっているのでしょう?感情とは外界からの刺激に対する反応。意思とは反復的な学習によって獲得した行動指針です」
小さい頃、親父に同様の質問をして困らせたことがある。自律機械、という概念が理解できず、二体のゴーレムの性格や個性を頻りに聞き出そうとしたものだ。しかしながら幼き日の俺と、今現在のエルさんとではその質問の意図するところは全く異なっている。彼女の問はもっと根源的で、そして示唆に富んでいる。
「今、この場で哲学に耽るのはご遠慮いただけますか?」
二人の事件へ挑む姿勢は対照的に見える。可能性を広く追うエルさんに対し、警視は現実的な解釈を重視しがちだ。
「失礼しました。ですがおそらく、これこそが警視の問いに対する解になり得るものなのです。デジタルな情報処理と人間的な意思決定。これらは不連続ではなく、同一線上に存在するもの。そんな仮説の下に、ロンバード氏は研究を行なっていたのでしょうから。具体的に換言しましょう。ロンバード氏の開発した魔法は、遺体の脳をそのまま情報処理に活用するのです。先ほど警視も仰っていましたね?ゴーレムは事前に組んだロジックに沿って行動を選択する、と。古代のスクロールに始まり、魔法造物のコアは次第により高度な魔法式を内包できるものへと変化を遂げました。操屍魔法においては、そのコアの役割を被支配者の脳が担っているのです。他のコアとは異なり、脳には自前の思考回路が存在しますから。電気信号を魔力で代替すれば、理論上は生前と同等、或いはそれ以上の演算能力や状況判断能力を付与する事が可能になる筈です」
魔法による電気信号の代替。知覚、思考、判断の全てを死者の脳を介して行うのであれば、それは擬似的な死者蘇生とも言えてしまう。終戦後、親父が研究の第一線から身を引いたのはそのような「神への叛逆」にも等しい魔法を創造した事に対する負い目もあったのかもしれない。そして戦争遺児の支援を始めたのも。
親父の軌跡と照らし合わせてみても、とても説得力のある推理だと思う。しかし、グッドマン警視はそうは思わないようだ。
「……驚くべきアイデアに違いありませんが、それが事実である保証は何処にもありません。また、それが真実である必要性も」
「そうではないとしたら?」
不敵に笑うエルさんが立ち上がり、ベルトに差していた細杖を抜き放った。
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