Dead Dad Dream: 4
再び静寂がリビングを包む。話しては黙り、黙ってはまた話す。途切れ途切れの会話が今日は不思議と心地よく思えた。
「エルさん、スワンストンで仕事してるって仰ってましたよね」
「そうだよ?」
「スワンストン大学なんです。俺の進学先」
「ホントに?」
エルさんが今日一番の笑顔を見せた。
「はい。なんで向こうで会ったらよろしくお願いしますね」
「じゃあ、ウェスリーくんに私のビジネスカードをあげよう。なんかあったらいつでも遊びに来て良いよ」
エルさんが指を鳴らすと、俺の膝の上に掌にすっぽり収まる程度の大きさのカードが現れた。手に取ると仄かに花の香りがした。エルさんのフルネームと連絡先。他には彼女の名乗った「杖と猟犬」という屋号と、その二つを意匠化したロゴが書かれている。シンプルなビジネスカードだった。
「グッドマン警視の事、嫌い?」
初めて貰ったビジネスカードに少しだけ浮かれ、繁々と観察しているとエルさんが唐突に話題を変えた。
「どうしてそう思いますか?」
「否定はしないんだね」
我が意を得たりとエルさんがニヤリと笑う。が、すぐに真剣な表情に戻った。
「警視にも警視の事情があるんだよ。あんまり邪険にしないであげて欲しいな」
「そういうエルさんだって怒ってたじゃないですか」
「私?」
「だって、色々と困らされてるじゃないですか。転移先が滅茶苦茶だったり、宿の手配もされてなかったり」
「でも、お陰でウェスリーくんと出会えたし、泊まる部屋だって用意してくれた。確かに散々な有様だったけど、君のおかげで何とかなってる。改めてありがとうね」
「茶化さないでくださいよ」
しばらく笑い合うだけの時間が続いたが、不意にエルさんが神妙な面持ちを浮かべる。
「ところで、キミはこの話を聞いて変だなって思わない?」
「どういう事ですか?」
「事件の本筋から逸れちゃうんだけど、グッドマン警視が私を参考人として呼び立てたこの一連の出来事の中で違和感のある箇所はない?」
「呼ばれたにも関わらず、エルさんが意地悪されてる事ではなくて、ですか?」
確かにそれもあるね、とエルさんが苦笑した。
「聞き方を変えようか。なんでグッドマン警視は私を呼んだと思う?彼には公的に事件を捜査する権限が与えられていて、実際に捜査チームを指揮している。でも、そんな彼が、どうして態々他県の職業魔法使いである私を頼る必要があったんだろう?」
言われてみればそうだ。見るからに若きエリートであるグッドマンが、その対極に位置すると言っても過言ではない在野の魔法使いに協力を要請するなど…… 警察の内部事情には明るくないが、キャリアに傷の付きかねない選択だったのではないか。だが、もしそれがやむを得ない手段であったのなら。部外者に頼る必要がある、ということは……
「警察だけでは上手くいかないって事だから……」
「事だから?」
先を促すエルさんの声に期待が滲む。
「警察内に不穏分子がいる、とか?」
正直、突拍子も無いアイデアだと思った。味方が信用できないから、素性の知れない第三者を雇う。ドラマや映画ならありそうな話だが、裏を返せばそれだけ非日常的であることの証左だ。
「……まぁ正解って事でいいかな。及第点をあげよう。キミは、グレンフェリー県警の黒い噂って聞いたことあるかな?」
現実は時として虚構よりも虚構じみているらしい。
「よくある与太話ですよ。マフィアと繋がってるっていう」
公官職の汚職なんて今に始まった話でもなく、さして珍しいものでもない。何でも隠したがるお役所と、お上を悪人に仕立て上げたい世間。真っ白ではないかもしれないが、それは真っ黒である証拠にはならない。市民の抱く些細な不満から始まり、小さな不手際が付いた尾鰭でひとりでに泳ぎ始めた結果だろうと、そう思っていた。
「それが与太話じゃないとしたら?」
エルさんが不敵に笑う。
「私もそこまで詳しい訳じゃないよ。でも、それらしい話は幾つか耳に入ってるし、それらしい状況証拠もある。長年に渡るマフィアと警察の仲良しこよしで美味しい思いをしてる人が現実にいるみたいだね」
「ですが、それが親父の事件とどう関係して?」
「お父さんが消費者金融から融資を受けているって話があったじゃない?」
「あ」
悪徳消費者金融の裏にマフィアの影があるのか。
「金庫内にあったとされる書類。特許に関わる書類と、財団に関わる書類。どっちも大事な書類に違いはないけど、売ってお金になるような代物でもない。日中、警視が言ったようにライセンス料の踏み倒しを図るとしても、殺害して書類を盗むなんて、リスクとリターンが釣り合わないよね」
「じゃあ何の為に?」
「発想を転換しよう。今回のケースにおいて価値があるのは書類そのものではなく、『書類が盗まれた』という状況だと。私とグッドマン警視は、そもそも消費者金融から融資を受けたって話自体が嘘だと考えてる。書類が見つからない限り、その書類になんて書いてあったかは分からないよね?あるいはその書類が本当にあったのかさえも」
「架空請求詐欺……」
グッドマンが提示した、親父の借金の督促状。証拠として同封されていた契約書の写し自体が、事件後に捏造されたものだとしたら。
「架空の契約に対する督促状を作成する。署名欄には盗んだ書類にあるロンバード氏の署名をそのまま真似て写せば良い。で、それを根拠にキミを強請る。結果、マフィアは法に触れる事なくロンバード氏の遺産を接収出来る。ここまではオッケー?」
「オッケーじゃないです……」
視界が暗くなる。耳鳴りも酷い。座っているのに倒れてしまいそうになる。
「ごめんごめん。無神経が過ぎたね」
エルさんは体勢を崩した俺を支え、しばらく背中をさすってくれた。俺の背中越しにサイドテーブルをチラリと一瞥し、ゴーレムを呼ぶ。
「これじゃあルークウォームチョコレートだね。温め直してもらおうか」
暖かく、甘い液体が喉を通ると意識と外界との狭間に立ち込めていた靄が引いていく。いつの間にか、エルさんが手を握ってくれていた。
「ありがとうございます。お陰様でもう、大丈夫ですから」
そう言ってもエルさんが手を離す気配はない。体温も、汗も、意識の明瞭さも日頃の感覚に戻りつつある。そうなると嫌でも密着する彼女の身体に気恥ずかしさを覚える訳で…… 今度は体の熱が平静を超え、次第に顔が上気していくのがハッキリと分かった。
「確かに、こんな精神状態で警察にまで『速やかに返済する義務があります』なんて言われてしまえば立ち止まって考える余裕なんてありませんね」
そう締めくくって、エルさんから少しでも距離を取る。
「絶対にそんな事にはさせないから。私も、グッドマン警視もキミの味方だからね」
そう言ってエルさんはにっこりと笑った。
「さて、ウェスリーくんも調子が戻ったみたいだし、ひとつ質問させてもらおう。キミは事件が発生してお父さんの書斎に立ち入った時、金庫の扉が開いていたかどうかって覚えてる?」
「えっ」
心臓が一際大きく跳ねる。回答までの一瞬の筈の逡巡が、永劫にも感じられる。
「……すみません。覚えてません」
やっとの思いで言葉を絞り出す。しかしエルさんは落胆する事もなく、寧ろそれが想定通りであるかのように話を進めた。
「そう。非常事態において、その主体以外に対する注意っていうのは疎かになってしまうモノなんだ。事件の被害者に聴取を取ると、凶器については正確な情報を提示できる一方、犯人の身体的特徴に関しては曖昧になるケースが多い。身長、利き手、服の色。極端な時には性別でさえ誤っている事だってある。だからウェスリーくんがお父さんのご遺体に直面してしまった時に、部屋の状況を正確に把握出来ないのはキミの落ち度じゃない。人間の脳がそういう風に出来てるんだ」
慰めるような口調に小さな罪悪感を覚えた。
「で、この事は当然警察も理解してる。駆けつけたお巡りさんと一緒に部屋に入ったんだよね?だったら、その警官が『金庫の扉は開いていた』って強弁すれば事実を有耶無耶に出来ちゃう。たとえその警官が、魔法陣の影響下で魔法的には無防備な金庫を破っていた、としてもね。発見時に一旦離れるように指示されたんじゃない?」
「……はい」
「やっぱり。常習犯なら、魔法の掛かってない金庫なんて五分もあれば余裕だろうね」
警察による火事場泥棒。警察の素行の悪さで名高い例の県ならまだしも、ここグレンフェリーでそんな事が起きるとは…… 自分の身に起きて尚、俄かには信じがたい話だった。
「エルさんがグレンフェリー県警に向けて並々ならない不信感を抱いているのはよく分かりました。……それからグッドマンも。ですが、本当にそんな事があり得るんでしょうか。エルさんは日中、グッドマンに言いましたよね。『魔導に精通した人物がこのような犯罪を犯すとは考え難い』と。それは、グッドマンの仮説を可能にするだけの力量があれば、他の、もっと簡単な方法で目的を達成できるという意味だと思いますが…… 仮にマフィアに通じている警察がいたとして、エルさんが言うように親父を殺して俺を嵌める必要があるんでしょうか?もっと簡単に、もっと成果を上げる手段があるんじゃないでしょうか」
「勿論、ウェスリーくんの言うように他の手段だってあるかも知れないよ。でも、残念ながらこの推理には十分すぎる根拠がある。警視はこの事をキミに知らせるのには反対してたんだけど」
そこまで言ってエルさんが一呼吸おいた。つまりは、その先に控える事実はそれだけの重みを持つということだ。
「単刀直入に言うね。今、この事件の容疑者として最も有力視されてるのはウェスリーくん、キミなんだ」
身構えても尚身に余る衝撃に、再び崩れ落ちそうになる。が、すんでのところで踏みとどまることが出来た。
「……俺じゃありません」
「勿論分かってる。でも、残念ながらそれは関係ないんだ」
口をへの字に曲げ、肩をすくめるエルさん。
「調達してきた刃物でロンバード氏を殺害し、その後何らかの方法で制圧の魔法陣を作動させる。凶器は自室かどこかに隠しておいて、今日、家を抜け出した時に遺棄。不招の魔法陣が作動しなかった事も、凶器が未だに見つかっていない事も一応は説明できる」
その口ぶりからエルさんもこの筋書きには納得していない事が伝わってくる。
「私みたいな特殊な事件を相手にする人間は、すべての事象に明確な動機を求めがちだ。全ての痕跡は犯人による隠蔽工作の結果で、だからこそその根源たる悪意に辿り着く事が出来る訳だけど…… でも、全ての事象に意味がある、なんて事の方が稀だ。不幸が行き合って人が亡くなったのかもしれない。意味ありげな物の配置だって運命の悪戯かもしれない。まぁ、それを踏まえて私たちは謎に向き合うんだけどね。でも、第三者はそういった厳密な理由付けを求めてなんかいないんだ」
そこには専門家として数々の事件に向き合ってきた若き魔法使いの悲哀が溢れていた。
「例えば。往年の大魔法使いが継子によって殺害される、それだけで十分悲劇的<トラジック>だよね。親子の確執?目的は遺産?無関係な一般市民はそういう風に、キミやロンバード氏の内面、二人の関係性なんかに幻想を抱いて事件を一つの物語に仕立て上げようとする。誰もその情報が真実かどうかなんて気にしない。世間ってのはそう言うモノなんだよ」
真実よりもそのストーリー性が必要以上に取り沙汰されてしまう。高度な情報社会の弊害だと一言で片付けてしまえばそれまでだが、実際に我が身に降りかかると堪ったものではない。
「で、私や警視からすれば警察の上層部がこういう判断をするっていうのは凄く示唆的なんだ。如何に不誠実であれ、理由もなく事実を捻じ曲げるとは流石に考え難い。逆に言えば、犯人をでっち上げてまで事件の幕引きを図ろうとしているって事自体が、裏の目的の存在を暗に語ってるんだよ」
俺が第一の容疑者であるという事実がこの事件の裏で暗躍する者の存在を如実に物語っている、ということか。
「警視は一年ほど前にこっちに出向してきた中央警察の人でね。署内でも特定の派閥に属したりはせずに、そういった政治的な駆け引きからは距離をとっていたんだ。それはつまり裏技が通用しないって事でもあるから、まぁ悪い人からは目の敵にされるよねって話。だから、私に対する数々の嫌がらせ、もとい不手際もどちらかといえばグッドマン警視へ向けてのものなんだろう。彼が無事孤立するように、ね」
自分が表立って庇えば敵は俺を標的にするだろうという懸念から、グッドマンは敢えて俺を嫌うような態度を取り、俺にこれ以上危害が及ばないよう陰ながら手を回してくれているのだそうだ。目的の為なら悪役すら買って出るその潔さに、グッドマンの刑事としての矜恃を垣間見た気がした。
「俺はどうすれば良いんですか?」
「明日。キミに事情聴取をする時間を取ってもらってる。私の質問に対して、キミはただ正直に答えてくれれば良い。それが私と、他でもないグッドマン警視を助けてくれる事になるからさ」
そう言って、エルさんは俺に二つの質問を残した。
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