Dead Dad Dream: 3

 エルさんとグッドマンは、館内に構えられた捜査本部へと消えた。俺も着いて行こうとしたが、「これより先は機密情報を取り扱いますので」とグッドマンににべもなく一蹴された。

 また一人になってしまった。

 自宅にいる筈なのに、疎外感が込み上げてくる。自室に戻ってベッドに腰を下ろし、何をするでもなく徒然と窓の外を眺める。しばらくそのままぼうっとしていると、ゴーレムが静々と間食を運んできた。

 ふと思い立ち、エルさんがしていたようにゴーレムの頭を軽く撫でてみる。ゴーレムは不思議そうに首を傾げた後、そそくさと部屋から出ていってしまった。


 東の空で星が瞬き始める頃、開けていた窓から風に乗って喧騒が聞こえてきた。幸か不幸か、その話の内容までは聞き取れなかったのだが、その声の主には心当たりがある。部屋を出ると、目の前にゴーレムが一体控えていた。形ばかりの主人である俺に、敷地内で発生したトラブルに対処するよう求めているのだ。

 ゴーレムに続いてエントランスへと急ぐ。少し前までは俺を除け者にした事をあれほど恨めしく思っていたのに、今はこの予感が杞憂に終わる事を強く願っている。

 俺の儚い願いは泡沫と消えた。エントランスでは、エルさんとグッドマンが激しく言い争っている。二人は議論に熱中するあまり、俺の到着にも気付いていない。もう一体のゴーレムが、少し離れたところで

「如何に警視にも事情があろうとも、こればかりは看過する訳にはいきません」

猛然と立ち向かうエルさん。対するグッドマンは極めて冷静だ。

「ですから、こちらとしても誠心誠意謝意を示しているではありませんか」

「誤って済む問題ですか?こちらは態々遠方から馳せ参じている身です。転送は杜撰、フォローもなし、その上、今度は宿がないと来ましたか」

「仰る通り本件については謝るより他にありません。ですが、我々の行動の裏に悪意を見出さないでいただきたい。そこだけは確かに申し上げさせていただきます」

 グッドマンはエルさんの主張には応えつつ、しかし致命傷を負わないよう巧妙に立ち回っている。だが、グッドマンの話術には俺でさえ気付いたのだ。

「それをどうやって信じろと言うんです?報酬が全てとは言いませんが、こちらとて一端の専門家です。随分と安く見られたモノだな、というのが正直な感想ですね」

 それは、エルさんの神経を却って逆撫でする結果となっている。舌戦は次第に過熱し、険悪なムードが一帯に漂いつつあった。

「貴女が此方に来るための転移魔道具は此方で用意したものです。それに謝礼だって決して足元を見るような真似はしていませんが」

「転移先は解体途中の廃ビル。偶々無事だったから良かったものの、転移直後に落下死する事だって十分考えられました。危険手当も込みであれっぽっちとは、随分お安く済ませるおつもりなんですね」

「それは不慮の事故であって…… では、通院に掛かる費用も此方でお持ちすれば満足ですか?」

「あの!」

 エントランスが一瞬にして静まり返った。水を差された二人が驚いたように顔を見合わせ、それから同じタイミングで俺の方に顔を向けた。

「何となく事情は把握しました。エルさんの泊まる場所が無いんですよね?ウチに使っていない客室があるので、そこを利用してもらうのはどうでしょう?あ、もちろんエルさんが良ければ、の話ですけど」

 二人が再び顔を見合わせた。疲れ果てた様子のグッドマンと、なぜか勝ち誇った様子のエルさん。それを俺は無言の肯定と受け取った。

「ルーナ、今すぐ客室のチェックを済ませてきて。それから夕食も一人分追加ね」

 事態の収拾が付くや否や、グッドマンは「指示系統の見直しが必要ですので」とだけ言い残して退散してしまった。謝罪か、若しくは感謝の一言でもあって良さそうなものを。

 「見苦しいところを見せちゃったね。でも、ありがとう」

 エルさんの顔には明らかな疲弊の色が浮かんでいた事もあり、館内の案内は手短に済ませた。トイレと浴室の場所を伝え、彼女に宛てがった部屋へと向かう。着くと、丁度ゴーレムが清掃を完了させたところだった。

「何かあればサイドテーブルのボタンを押してください。ゴーレムのどちらかが部屋に来ますから」

 作業を終えて俺の隣に控えていたゴーレムが、カーテシーのように体を腰部を軽く曲げる。エルさんは小さく微笑み、少し考えを整理したいと言って部屋の中へと消えていった。

 夕食のテーブルに並ぶ料理が、いつもより彩りを放っているように見えた。食卓に着いたエルさんは、顔色こそ幾分戻っていたが、やはり考え事に没頭しているのか口数は少なかった。


 そろそろ寝支度を始めようかと思った矢先、不意に部屋のドアが叩かれた。

「ちょっと時間、良い?」

 現れたエルさんはパステルグリーンのパジャマに身を包んでいた。襟やボタンの大きなそのデザインの所為か、日中より幾らか幼く見える。

「ひょっとして、寝るところだった?」

「いえ。そういう訳では……」

「じゃあさ、少し話さない?夕方のお礼もちゃんと言えてないしさ」

 俺の部屋に招くのは憚られたので、二人でリビングへと向かう。自分の家の筈なのに、来るのは随分と久しぶりな感覚さえしてくる。親父は書斎に籠りっきりで、二体のゴーレムは無言。広いリビングに一人でいると、却って孤独を強く実感するような気がしてならなかったのだ。

 テレビの前のソファに並んで座る。何か飲もっか、と言ってエルさんがゴーレムを呼び付けた。

「寝る前だからコーヒーは止めとこうね」

 キッチンからの作業音を遠くに聞きながら、エルさんが独り言のように話し始めた。

「そりゃ、一人になりたくもなるよね」

 ぽつり、ぽつりと言葉を紡いでいく。

「高校を卒業してさ、環境が大きく変わる訳じゃない?期待半分、不安半分だよね。そんな時にこんな事が起きちゃったら…… 一人で気持ちを整理する時間だって欲しくもなるよ」

「ありがとうございます」

 そう返すと彼女は少し寂しそうに笑った。

 リビングを沈黙が柔らかく包む。しばらく間があって、エルさんが思い出したように言った。

「そう言えばさ、キミは私を避けたりしないんだね」

「どうしてですか?」

「だって私は魔法使いだよ?」

 そう言ってこれ見よがしに銀の細杖を振ってみせた。

「エルさんは色々と良くしてくれてますし…… それに、格好良いと思います」

「感心しないなぁ」

 口ではそう言いつつも、満更でもない様子だった。

 今ほど物理的、魔法的にインフラが整備されていなかった時代、人々の生活は魔法使いの力に強く依存していたそうだ。当時はより強い魔法く、より影響範囲の広い魔法を扱えることが何よりのステータスであり、従って高位の魔法使いは人々の羨望を一身に受ける存在だったそうだ。時代の転換点は今から百年ほど前。世界各地で膨大な量の魔力を貯蔵する古代の遺構が相次いで発見され、社会基盤はそれらから取り出した魔力によって運用されるようになった。結果として世界は一気に近代化するのだが、それは同時に魔法使いの時代が終焉したことも意味していた。もはや個人の力量では何を為すことも叶わず、魔法使いという存在自体がが凋落の一途を辿る。今では魔術の研究者や魔道具のエンジニアなどの一部を除き、魔法の行使を生業とする人物は道楽者の烙印を押される事となった。

「エルさんはどうして魔法使いになろうと思ったんですか?」

 事情は知らないが、きっと他の道もあったのではないだろうか。

「どうして、か。考えた事なかったな」

 そう言って中空を眺め、指先で細杖を弄ぶ。

「うーん。気が付いたらなってた…… っていうのはキミの求める回答じゃないんだよね?」

 手遊びを止め、俺の方を向いて苦笑した。

「そう、ですね。……じゃあ、質問を変えます。エルさんの将来の夢や目標って何ですか?」

「人に語って聞かせるほど大したモノじゃないよ」

エルさんが二人分のホットチョコレートとビスケットをゴーレムから受け取り、その頭を優しく撫でてやる。

「じゃあさ、ウェスリーくんが私に聞かせてよ。キミは将来どんな風になりたいの?」

 俺は手渡されたホットチョコレートを一口啜った。

「……魔術学者になりたいと思ってました」

「って事は、今はそうじゃないんだ?」

 熱いくらいのマグを両手で包むように持つと、心が落ち着くような感覚があった。

「正直、迷ってます。本当にそれで良いのかなって」

「それは、お父さんのことがあって?」

「そう、かもしれません。実は俺、そこまで将来のこととか真剣に考えてなくて。ただ漠然と、親父みたいな魔術学者になるのかなって思ってました。周囲もそういう目で見てきましたしね。ですがよくよく思い返してみると、親父は俺に魔術の手解きを全然したことがなかったんです。それに近頃は研究の手伝いを頼んでくることもなくて…… 昔は、研究って程じゃないんですけど。論文の整理とか、そういうちょっとした事を俺に任せてくれてたんです。ですけど、最近はそういうのも全くなくって……」

 俺は見限られたのだろうか?親父の眼鏡に敵わなかったのだろうか?いくら悩んだところで、今更答えを知ることなどできないのに。

「高明な魔術学者だって、本格的な魔術の習得は大学に入ってからって人は決して少なくない。魔術の学習開始が遅いからといって、それが取り返しのつかないハンデになったりはしないから大丈夫。それに、高校で魔法の授業はちゃんと聞いてたんでしょ?だったら全然問題ないと思うな」

 質問に答えているようで答えていない。彼女は「今から頑張れば魔法学者にだってなれるよ」と言ってくれている。烏滸がましいのは分かっているが、その答えがもどかしい。甘えた思考になっているのは、手に持つ甘い飲み物の所為だろうか。

「親父は俺に、後を継いで欲しくなかったんでしょうか?」

ホットチョコレートをもう一口。こんなに他人にしなだれるのはいつぶりだろうか。

「うーん。そうじゃなくて、お父さんはキミの自由意志を尊重したかったんじゃないかな」

「どういう意味ですか?」

「もしも、もしもだよ。お父さんがキミにずっと魔法の、そうだね、操機魔法の修練を課していたとしよう。そんな状況で、キミは魔術学者以外の選択を取れるかな?」

「それは…… どうでしょう。でも、それはそれで良いんじゃないですか?親父の期待にはちゃんと応えられてる訳ですし」

事実、放任されていようと一度はその道を志したのだ。結果的に同じ道を選ぶのだから、そこに大きな意味はないように思う。当人からの訓練など、利こそあれど害などないのではないだろうか。

「熟考の上で自分と同じ道を志してくれたなら、きっとそれはお父さんからすればこの上なく嬉しくて、光栄な事だろうと思う。でも、もしそれがキミの自由意志を奪ってしまった果ての選択だったとしたら?きっと、お父さんは何よりその事を心配してたんだと思うよ」

「そうでしょうか?」

「難しいよね。でもこれだけは覚えておいて。お父さんはキミに期待してなかった訳じゃないよ。絶対に」

「……じゃあ、俺はどうすれば良いんでしょうか?」

「私個人としては魔術学者の夢を追うのも悪くないと思うけど…… でも、心に迷いがあるなら、それと向き合う為の学生生活だと思えば良い。たくさん勉強して、たくさん遊んで。いろんな経験をして、その上でキミのやりたい事を見つければ良いんだ。どんな選択をしたって、それはキミのお父さんに顔向け出来なくなるようなモノじゃないさ」

 まぁ、魔法使いはオススメしないけどね、と締め括ってエルさんは朗らかに笑った。

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