第2話
とはいえ、謎のパラメータに関してヒントがないわけじゃない。
「なー、妹よ。『離脱』って聞いて何を思い浮かべる?」
リビングでソファでくつろぐ妹は携帯ゲーム機を持ったまま、一瞬だけ考える顔をした。
その頭上には勿論好感度メーター(仮)の数値が表示されているが、そこになかなかお目にかかれないパラメータが浮かび上がっている。
【注目度:0】
【好感度:±0】
【安心度:+30】
これらのパラメータについては心当たりがあった。
というのも私は前世を思い出してからというもの、身体を締め付ける服を脱ぎ捨てるために洋裁を始めたのである。
つくるのはゆるくてダボダボな服、ゆるダボコーデだ。
独学で洋裁を覚えるのは大変だったが、ようやく着てあちこちが楽な服を身にまとった時の感動といったら。
そんなふうに心を震わせている時だった。
鏡の中の私に今、妹の頭上に浮かんでいるパラメータがあらわれたのは。
つまるところ、これはバフ――洋裁由来の好感度のプラマイゼロなんだと思う。
当然そこらへんの真偽は検証済みだ。実はその後、妹と母も私の手作り服をねだってきたため、ハンドメイドしたところ、二人の頭にも浮かんだのだから。
余談だが今年、春になれば中学生になる妹はワンサイズ大きい前開きパジャマを着ている。無論私がつくったパジャマなので、膨らみかけた胸や尻は隠されており、寒さ対策も万全だ。
それはさておき。
「それってゲームの話?」
「んー、そんなとこ」
「だったらパーティーから抜けるとかログアウトとかじゃない?」
「だよねー」
私はリビングのテーブルで頬杖を突く。視線の先にあるスマホ画面にも似たようなことが表示されている。
離脱、名詞。今まで属していたところから抜け出すこと……いや、知ってるつーの。問題は謎パラメータの意味なんだわ。
(でもこのままじゃ何の閃きもないっぽいし)
よし、作戦変更。
検索エンジンをささっと閉じ、背筋を伸ばす。
「じゃあさ、こんな設定の小説どう思う?」
「急に創作相談とかウケる」
「まぁ聞いてよ。舞台は学校で、主人公はそこの学生。ある日主人公は“好感度メーター”のようなパラメータを見るようになるんだけど、そのパラメータのなかに“離脱率”っていう謎のパラメータがあってさ」
「へー、ミステリーものなんだ」
そう、と相槌を打っておく。どっちかと言えばラブコメものだと思うんだけど、という本音は胃袋に仕舞い込んでおいてっと。
「じゃあその“離脱率”ってなに? ってところまでは考えたんだけど、その先は思いつかなかったんだよね」
「AIに相談すれば? けっこう的確な時は的確じゃん」
「的確じゃない時は的確じゃないから、こうして生身の人間に相談してるんですけど」
ふむ、と妹は軽くうなずくと、手元のゲーム機を操作し、テーブルに置いた。
どうやら本格的に向き合ってくれるらしい。さんきゅ、妹。あとで君が好きなコンビニのシュークリームを買ってあげよう。
「それよりは今はゲーム用のプリペイドカードが欲しいけど、まぁいいや。それで“離脱率”だっけ? どんな感じにするか悩んでいるようだけど方針とかないの?」
いいもの悪いものとかさ、と尋ねる妹にうーんと唸る。
「そうだなー、街中でも見かけるかな? それこそ老若男女問わずってカンジ」
「他には? いっぱい? 少なめ?」
「まばら。十人いたら一、二人は見かける……って設定で」
実のところ“離脱率”は珍しいパラメータじゃなかったりする。
妹にも言った通り、外出すれば見かけるが、その数値の主たちにこれといった共通点は見当たらない。
若いサラリーマン、買い物帰りのおばさん、小学生、散歩中らしきおっさん。
セリの“離脱率”が気になってから街に出かけては何度か観察してみたものの、どうして彼ら彼女らが謎パラメータを持っているのか分からなかった。
「ということはガワや年齢を理由にしたくないわけね」
「あー、それな?」
「なんで疑問形。じゃあさっきの質問に戻るけど“離脱率”をいいものにしたい? 悪いものにしたい?」
「悪いもので。主人公が“離脱率”を気になったのは嫌な予感がするからなんだよね」
そう。上手くは言えないが、私はあの“離脱率”を見ると胸がざわめくのだ。
たとえるなら最初は弱かった地震の揺れがどんどん強くなり、そのうちドン! と突き上がる――そんな不吉な予感をいつも覚えてしまう。
「ふーん。学校が舞台っていうから“離脱率”イコール退学や転校とかって考えたけど」
「あぁー、そういうのもありかー」
その発想はなかった。まさにパッと電灯がついた感じだ。
「けれどそれは違うかなー。そういうのもありだと思うけどさ」
「ちなみに聞くけど、その“離脱率”って数値が増えるほう? それとも減るほう?」
「んー、もっぱら増えてるほうだと思う」
そういえば今まで見た“離脱率”はこれといった数値の変化はなかった。
久次米セリの“離脱率”だって徐々に増えてきているし。
「じゃあ百パーになることもありってことなんだ。だったら――」
妹は一拍置いて、冗談を言うみたいに笑いながら“その可能性”を突きつけた。
私には笑えない、“その”可能性を。
(続く)
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