第3話いつまで私は天才である事を願われたらいいでしょうか?


 なんだかいい匂いがして、振り返ると、そこには得意げな表情で立つエプロン姿の憂太がいた。


「遙、オムライス出来た」


 テーブルにどんどんオムライスとサラダとコーンスープに麦茶を置いていく憂太。一応テレビは消しておく。


「あ、美味しそうじゃん」

「絶対美味しいぞ。いつも通りなんだから」


 ケチャップでハートが描いてあって可愛い。メイド喫茶みたい。なんかコーンのバター和えとサクラ型の人参のグラッセも添えてあって凄い凝っている。


「ありがとう、は?」


 満足気にニヤつく憂太。なんか、大人だけど生意気。


「憂太、ありがとう」


 お皿も私愛用のピンク色の平皿で、可愛い。スプーンもセットで、憂太は水色でお揃い。大体のものが何故かお揃いなのは、憂太の趣味らしい。なんかそういう系は中古ショップで安いんだそうだ。


「ふふん」


 子供か。素直に褒められたがるところは可愛いと思うけれど。


「はい、アーン」


 スプーンでオムライスをとり、私の口に押し当ててくる憂太。


「左手で食べられないことはないと思うけど」


 ムカ、という表情の憂太。少し涙目なのが意味不明。なんか顔赤いし、色んな感情が入り混じっている感じで、どう言う気持ちなのかが汲み取れない。


「こぼされると、俺の家の床が汚れる」


 なるほど、怒っているのを堪えてるのか? な? カーペット新しくしたって言ってたような気がするしね。


「まあ、そうだね、大人しく従うわ」


 一理あるわ。うん。私は静かに食べさせられるのに、なぜか憂太の方が手が震えている。


「憂太、もっと近づいてよ」


 私は強引に憂太を引っ張ろとするも、憂太は避ける。


「無理、無理」


 駄々っ子か。ヨシヨシ。


「ほら」


 私からグイ、と前に詰め寄ると憂太が逃げるようにさってく。


「遊んでないで」

「ちが」

「仕方がないなー、憂太」


 私は強引に憂太の上に跨る形になる。憂太が呆然としている。


「これで、食べさせやすい?」

「あ、あ」


 なんで憂太の顔が真っ赤なの。言い出しっぺでしょ。楽な体制にしただけでしょ。


 意味わかんないんだけれど、私はオムライスを左手で引き寄せる。憂太は自分の両頬をなぜか自分で叩いている。何してんの? なんかの漫画の意識確認みたい。


「ほら、アーン、するんでしょ? 憂太」

「遙。アーン」


 目を合わせないまま、憂太は私にスプーンを当てる。


「スプーンしか当たってないよ、憂太」


 冷たいよ。ペチペチいっているよ。


「っ」

「ほら、目を見て」


 私は憂太をジーと見つめる。憂太が怯んだ。


「アーン!」


 混乱気味に憂太は叫んで、私の口にオムライスを突っ込む。やっぱり手は震えていていた。


「よく出来ました」

「はあ、はあ」


 何か勝手に死にかけになっている憂太。大丈夫?


「あ、私の唇にケチャップ、ついてる」


 コップに反射して見える口元に、それを確認。


「え」

「取ってよ、憂太」


 私は口元をグイと突き出して憂太に言った。


「は?」

「取って」


 早く。


「自分で取れよ! く、唇の上なんか、触れるか!」

「うまく取れないかもだし。てかさっきからなんなの、さっきから小学生の男の子みたいな反応ばっかりして、童貞?」


 その言葉に憂太が半泣きになる。


 あ、さすがに言いすぎた感じ?


「誰のせいで他の女と関わらなかったと……」

「可愛い……真っ赤っかー」

「か、可愛いって言うな! 俺は全てを遥に捧げるって思って」

「いつの時代の乙女だよ」


 明治とか大正? 昭和初期? いつ? 少なくとも平成や令和じゃないな。


「そう言うの、お前好きだろ、せめてフリでも彼氏だから、俺はちゃんと」

「いや、別に? どこでそんな誤解したの。好きでもない人に勝手に貞操守られても怖い」


 特にそう言う趣向は持ってないけど……? むしろ憂太の中の私のイメージが気になってきた。怖くて聞けないけれど。結局ケチャプは自力で拭いて、どうにか食事を終えた。


「よーく食べれました。花丸」

「撫でないでよ、ウブスケ。でも美味しかったよ、ありがとう。ごちそうさま!」


 本当、料理上手だなあ。いいなあ。器用で。本当、なんでも無難にこなすからバランス型で羨ましい限りだ。私とは大違いというか。真逆。


 すると、憂太の丸めた肩が私の前に突き出される。なんだなんだ。私が首を傾げていると、顔が上がる。ドアップの憂太には、普通の子なら黄色い声をあげるんだろうな。


「じゃあ、俺を撫でてよ、俺ウブだからきっとお礼としてそれで喜ぶんじゃね?」


 あ。開き直ったな、憂太。ウブスケ。


「撫でるけどさー。ヨシヨシ。ありがとう、えらいえらい。次もお昼もよろしくね」

「お昼の買い出し一緒に行こう、遙」


 本当に子供のように嬉しそうだな……。


「私、荷物持てないんだけど」


 この腕じゃ、無理だし足手纏いだし、留守番した方がいいんじゃ?

 欲しいものぐらい書き出しはできるけれど。


 家にいる方が邪魔にならないまであるような気がする。


「自分の車を出すし、俺が荷物を持つ」


 ああ、あの黒くて高くはないけどデカいやつ。めっちゃ積める、実用的な車。


「何でよ」

「俺がお前を好きだから、少しでも俺のいいとこ見せたいし、好きなもの作ってやるために、材料選ばせたい」

「素直すぎない?」

「意地張っていても伝わらなかったから」

「何が?」


 トンチンカンすぎるような? 


「……あのさあ、遙ってそもそも言葉の意味を受け取る気。ある?」

「自分の世界があるとは言われる」

「会話のキャッチボールになってない」


 頭を抱える憂太に私はふうん、と言う気分。


 私は正直他人に関心が薄い方だと思う。親族、その中でもほぼ家族と、かろうじて憂太が私の世界の構成員。仕事中は仕事先の人が一時的に世界に混ざるだけで、あとはモブ。作品に関わる時だけは、評価してくる人達が中心部にいるけれど。それだけ。


「風呂道具とか、いるだろ」

「憂太のでいいじゃん」

「共有のボディスポンジとか使えるか!」

「思春期か! いいじゃん別にーぃ」

「いや、普通に異性だからな!? もっと噛み砕いた言い方すれば恋愛対象の性別だからな、俺」

「わかるけど、実感がない。それかタオルでもいいし」

「実感ない、ってなんだよ。それにタオルじゃ汚れ落ちないから」


 ちょっとお怒りモードの憂太は、いつもより眉間に皺が寄ってキリッとした表情になっている。


「好きですって、言われたらすぐ恋愛対象に見えるの? それほど、簡単に意識って変わるなら、みんな両思いだよ、それに私たちはフリでしょ? 何言ってんの? ごっこだよ、ごっこ!」


 なんとなく焦ってしまう私。


「それもそうだけど」


 ぐったりした様子のヘナチョコスライム憂太を、私は呆れた目で見る。なんでフリにそんなに人生かけているんだろうね、憂太って。早く正式な彼女を作ればいいのに。意味わかんない。


「お前のためになら何にでもするよ、遙」


 すがるような目で見ないで……。


「自分のための時間はもう少ないんだよ、憂太。自分がマウント取れる相手だから、私といるとかじゃないよね?」

「なんだよそれ」

「学校の子達はそうだったよ」


 近くによってきて、世話を焼いて、大きなトラブルになると離れていって。

 宗教勧誘とか、保険勧誘とか、都合のいい時だけ戻ってくる。


 わかっている。私は隠キャにすらなれない、問題児だった。劣等児にするには何かしらが突飛出た成果が出ているので、そこに期待せざる得なくて、でも、そこにやる気はなくて、でも、ただの「その他大勢の弱者」にできる安定した弱さをもつ素材でもなかった。


 中途半端な才能の可能性と、無能さと、攻撃性を握りしめて生まれた、生ゴミだった。同情するには同情する側よりもできることがあり、持ち上げるにはスペックが低すぎる。でも、普通ではない。強者では絶対ない。どこにも当てはめるにも「あっち側では」と押し付けあわれみでみられる存在。


 だから手を止めれば居場所をなくして、もういらないよ、好きじゃないもんね、と突き放されるから、もうやめたはずの絵をたまに描いてしまう。小説も、絵も、何もかも、『爆発』するように書き始めないですむ人がうらやましかった。


 楽しいだけ出かけるなら百点満点だった。弱者同士の傷の舐め合いを我慢できずに上へ行こうとして、いく能力もなく、半端な結果を繰り返して、それをやっかんでくる弱者に「さすが」と僻まれた。普通の人から見たら私なんかどうでもよくて、強者にとってはなんで弱者同士なのに仲良くできないのだと呆れられた。


「憂太は普通だもんね?」

「何が言いたい」


 憂太はどこか突き放すような言い方で、そっぽを向いた。嫌味なんかじゃない。心からの賛美だ。


「異質になりたい、と思える贅沢を、持ってみたかったな」


 『傍観者』でありたかった。世界を変えていく天才を見るのも、嗤われる者を見るのも、傍観者の消費者でありたかった。それと同時にそれを恋人と眺めて普通の家庭を持ちたかった。だけれど、きっと私にはそれは無理なんだろうなと、どこかで悟っていた。


「普通ってね、世界で一番贅沢な立場なんだよ?」


 私が、喉から手が出るほど欲しかったもの。


 天才よりも、欲しかったもの。


 もらえなかったから、望んで、妹に奪われたもの。

 今から努力しても、手に入らない、夢の中にしか存在しないもの。


 それを、憂太はずっと持っている。望まなくても、周りが特別でも、ずっとずっと持っている。いいな。


「普通にも、天才にもなれなくて、私はどうしたらいいのかな」

「遙」


 憂太は言葉を選ぶように押し黙る。


「ずっと普通になりたかった。努力すればするほど普通から外れて、あなたは特別と、そう言われて。でもさほど特別でないって、その世界を見れば見るほど自覚するんだよね。ああ、井戸の中の蛙ですらない、もっともっと、モブだなって」


 誰かの特別な、普通の女の子。その方が良かった。


 普通に働いて、家庭を持って、運が良ければ孫までできて。ハッピーな余生を送って。趣味を持って、習い事をしたり、悩んだり、そんなたわいもない苦しみや痛みで振り回されて、絵の具の番号なんか暗記しないような。絵の具がつく事を気にせず服を選んで、キーボードとの相性を気にせずネイルしたり。そんな些細な事。


 現実の私は、友達すらできないぐらい、創作ばかりして、感情のバランスも不安定で、なんていうか、芸術家気質だねって言われる。それは、多分嫌味だ。


「お前はお前だよ」

「綺麗事だよ」

「わかってる。でも、綺麗事でもあるのも、わかった上で、お前はお前だよ」

「それもわかってるよ」


 憂太の言葉に含みがないって事ぐらい、わかってる。だってその言葉は事実だから。もう、私は私で、それは覆せなくて。もう、戻れない事ぐらい、シンプルに理解してる。


「今お前は何したい? 遙」

「普通の人になりたい」


 それは心から思う。私の、きっと死ぬまでの願い。


「なれないよ」

「わかってるよ」

「お世辞でも嫌味でも、そんな言葉を言われたくない」

「無理だよ、そいつらは他人への言葉にどこまでも無責任だから、いつだって気軽にそう言うさ」

「それも分かってるよ」


 そんな願望は死ぬしかないのも、わかっている。それに、転生も確実じゃないし。無意味な夢だ。


「でもさ、普通の人の恋人ならなれるよ」


 憂太がおずおずと言った。耳まで赤い。


「普通の、人の、恋人?」

「俺ってお前にとって『普通の人』なんだろう? 俺の、正式な恋人になりませんかって事。ずっとずっと、フリだったけど……」

「あれって人避けでしょ?」

「今まで嘘ついてごめん、……俺、ずっと遙が好きだ」

「はあ? 嘘?」


 嘘って何。何のために騙してたの?


「恥ずかしくて、言えなかった、本当にごめん」


 もう真っ赤でしかない憂太は、私をじっと見て強い口調で言った。


 あ、これは告白なんだと心臓の奥まで響いてきた。ズシン、って。


「別に今まで通りの対応で構わない。俺を利用してくれればいい。俺がお前を好きだって認知して欲しい、そして、もう、なんでも便利に使ってくれ」

「便利にって……」


 さすがにそれは酷いんじゃ。


「お前のそばに入れればそれでいいと思ってた。でも、最近のお前はつらそうだ。俺が何かできるなら、何でもしてやりたい。助けたい。重くてもいい。返事はすぐじゃなくていい。でも俺は付き合いたいし、何でもするし、したい」


 私はギョッとした。何故なら憂太は泣いていたからだ。子供のようだけれど、声を押し殺して、顔をぐしゃぐしゃにして泣いてる。


「憂太」

「ずっとずっと好きだったし、今も好きだし、諦めきれない。顔しか取り柄のない凡人の俺だけど、それでも、やっぱり俺は」


 何言ってんの? 私が混乱してきた。


「落ち着いて、買い出し行こう」

「行く」


 私の言葉に、憂太が泣き止む。そして洗面所に消えていった。そして部屋着から少しおしゃれな服に着替えてくる。私も着替えた。エコバッグを持って、車に乗り込む。


 そして大量の食べ物と着替えとかを買った。服は家にある者を持ってくると言い張ったんだけれど、妹がいる所に行かせないとファッションビルに連れてかれてしまった……。


「私の服のお金、何で憂太が払うの?」


 しかも大きな紙袋に四つも……? 多すぎない? コスメもデパコス買う必要あった? 私コスメは薬局のでいいんだけど。それも、ひとつのパレットでなんでもできるようなやつ。どうせ一週間でしょ? すぐ帰るんだし、普通に安いのでいいよ。むしろ百均でもいいレベルなのに、贅沢な。


「俺の趣味で選んだんだから、いいだろ」


 まあ、やけに可愛らしい感じの多かったけれど。シンプルナチュラルなティストの。憂太、そういうの好きなんだよね。そういうのに限って結構高いけど。靴まで買ってくれたのはびっくりしたけれど。服はブランドで揃えた方が可愛いとか言うけれど、本人はそこまで気合い入れてないよね。まあナチュラルといえばナチュラル?なのかな。派手ではない。


「嫌なら買い足す」

「や、嫌じゃないです」


 さすがにこれ以上お金使わせるのは無理。下着は普通にタンクトップブラ。怪我しているので。車を降りて、憂太のマンションに降りる。荷物は全部憂太が運んだ。さも当たり前と言わんばかりの気遣い。


「憂太、荷物ありがとう」


 運び終えた憂太に私が言うと、嬉しそうに頭を突き出す憂太。


「ん」

「私に憂太を撫でろと?」


 とりあえず撫でる。なんか調子乗ってない? 憂太。まあ、可愛いか。


「昼は何食べるの?」


 なんか好きな食材適当に選びすぎた気がするけれど。


 好物なんでも買っていいって言われて……ついつい。結構高額な者でも大丈夫っていそうだけど、そこはある程度我慢した。冷蔵庫も一人暮らし用だし。そんなに入らないし。


 エレベーターに乗りながら、私たちは寄り添う。


「シチュー。遙はブロッコリーと海老入ったの好きだろ」


 茹でたブロッコリーは柔らかくて、ほくほくしておいしいし、エビは弾力があって甘味があって最高だと思う。


「汁系って、自分で食べれないのを狙ってる? 変態憂太」

「ああ、アーンしたい」


 そこは素直に認めていいのだろうか。変態憂太。目がウットリしている。どMなんだろうか……。HENTAI。


「他にも、栄養満点なメニューを考えてるし、暇な時は常に呼べば行く、スマホは持ち歩く。どこにでも」

「犬でも目指してるの? 憂太は」

「恋人の方がいいかな、俺は」


 ちょっとモジモジ気味な憂太。あ、また耳赤い。


「駄犬に見えるけど」


 可愛いけれどね、人懐っこいし。悪意薄いように感じるし。なんか、最近好意ただ漏れなのが気づいてきて、凄くいたたまれない。


 人見知りするところも、自分にだけ懐く感じが尚更可愛い。選ばれし飼い主っていうか。


「え……駄犬?」


 なんて言うか、まんまるな尻尾を持った子犬……。


「そこは驚くところ? あ、可愛い犬がいい?」


 あ、上品な感じのチワワとか? プードルとか? それとも大型犬がお好みで? 凛々しい方がいいのかな? よくツボがわからない。


「犬の種族じゃなくて……、その、えっと、……男としてみてほしい」

「男?」


 うーん、男……憂太は背も高いし一般的には美形で、全体的に何でも無難だけれど。家族はハイスペだけれど、仲が悪いとは聞かない。みんな忙しくて、憂太とつるんでいる気配はないけれど。


 憂太の実家はでっかい一戸建てだし、広い庭もあるし、凄い立派だ。三階建てだし車庫は四つある。私の家は二階建てだけれど、車庫は二つだし、まあまあな感じ。


 まあ、それは置いといて。


「俺じゃ頼りないか? 遙」


 落ち込んだ様子で、憂太はうるみ目で言う。まあ腕力はあると思うし頭も悪くないし、何より信用もできるし、頼れるかって言ったら頼れる。家族と同じぐらい頼れる。


「そんな事ないけど」

「ならさ!」


 私なんかが恋していいのかな……? って気持ちが正直ある。普通の人って、私に釣り合うのかな、申し訳ないっていうか、私が憂太の人生を壊してしまいそうで、迷惑かけないかな。


 だけれど、欲が出てしまう。ズルズルと、喉の奥から、汚い何かが、這い上がってくる。汚い、何か。もので例えるなら、黒とショッキングピンクにどギツイ金色のラメのマーブルの吐瀉物。匂いは甘いの。


「お願い、遙。嫌じゃないなら、俺と付き合ってほしい、わがままなのは分かってるけれど。弱ってるお前を、本気で支えたい、フリじゃなくて、本当の彼氏として付き合いたいし、いずれ結婚も考えてる。尽くしたいし、しゃぶり尽くされてもいい」


 でも、憂太なら甘えていいよね……?


 きっと喜んでくれるよね? 大丈夫だよね? 平気だと、心委ねてもいいよね?


 何かが溢れ出す音がした。それが限界の合図だった。


「ねぇ、憂太」


 今まで散々迷惑をかけてきたけれど。重荷でしかないのは分かってる。でも、自分から手を差し伸べてくれている。だから、いいよね?


「何だ、遙」


 私は振り向いた憂太に笑いかける。憂太が目を丸くして私を見る。


「これから私と正式に恋人として、是非付き合ってください、よろしくお願いします」


 私は憂太に頭を下げた。土下座したかったけれど、それを憂太が望まないのは分かっていたから、堪えた。私は泣いていたし、泣き止む術を知らなかった。


「でも、お前、俺の事……」


 金魚のように口をパクパクする憂太。


「私も、多分憂太が好きだから」


 こんなに心許して、信頼できる男性は憂太だけだ。異性として、見れていたかは自信はない。そばにいて当たり前だったし、いない方が違和感だった。


 時々独占力も湧いたことあるし、何よりなんか可愛いし。


「好きだよ、憂太」


 囁くように、憂太の耳元で私は言った。


「嘘、だ」


 憂太さあ、そんな犯人を見つけた探偵みたいな表情をしないで欲しいんだけれど。


「多分本気。他の人は興味ないし。男の人で一番好きだと思う」


 私は真面目にそう伝えた。


「嘘だあああああああ」


 キュウウウ、と風船が萎んでくような音が聞こえたような気がした。ソファに憂太がぶつかったらしい。


「あ、あ、ああああああ」

「大丈夫? 憂太」


 オロオロするばかりの私。どうしよう、どうしよう。あわわ。冷や汗をかきながら、ウロウロする。


「う、あ」


 もうすでに錯乱状態の憂太。なんかそのまま天まで登っていきそうな感じ。

 えっと、もしかして聞こえてない?


 よし、もう一度!


「憂太、好き!」


 ドンガラガッシャン!! なんかもう、何もかもが崩壊していく感覚がした。常識なんか飛び聞こえて、奇行に走る感覚。


「うわあああああああ!?」


 憂太はビックリしてそのまま腰を抜かした。私はそのまま憂太に向かってダイブして憂太は鈍い悲鳴を上げた。ピシリ。


「今の音、何、憂太」


 凄い嫌な予感。なんか、チクチクするような? え、なんか鏡でも割った? 怖いんだけれど……。立ち上がりたくない。でも、そっと立つ。


「え? うわあああああ」


 その時、偶然私がお尻に敷いていた、憂太のスマホの画面が割れた。


 残念ながら、強制機種買い換えだった。痛い出費だった。それでも憂太はわたしぃに文句ひとつ言わず、お金も請求しない神だった。むしろ、私との会話データが消えてないかばかりずっと気にしていて、ちょっとその気迫が怖かった。

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