第4話 ぐちゃぐちゃカラフル〜私だけの伝え方を教えて〜

 最近頭の中が混沌として重い、と思う。理由は不明。まるで熱を出したような感覚に、気だるさとのぼせを感じる。


 ため息なんかを吐けば、絶対憂太が飛んでくる。そんな三日目の朝。憂太が絵の具やパソコンまで揃えて、私の暇つぶし道具は沢山ある。それでも、ただゴチャ付いた感情を、どう表現していいかわからないのは、腕のせいか、気持ちのせいか。


「どうだ、エビピラフ、美味しいか」


 保育士さんのように、憂太は穏やかに私を見た。なんか、理想のお母さんとも言えるような、暖かな眼差し。エビピラフはエビが大粒で美味しかった。調味料にこだわってるからか、本当に美味しい。


「うん、美味しいよ、憂太」


 美味しい憂太のご飯の味も、刺激にはならない。穏やかな気持ちにはなるけれど、なんだか安定剤のような存在。食べて、出して、寝て、その繰り返しの生きるサイクルに飽きてきた。刺激が欲しい、刺激が、刺激が!


 叫びたい。うめきたい。暴れたい。あああああああ!!


 絶望的にかかってしまっている理性を、壊したい。大人という立場はこういう時不

利だ。子供なら、脇目も振らずに狂ってる。


「おかわりする? 遙」

「大丈夫」

「なんか落ち着きないけど、出かけて大丈夫か」

「何しに行くの?」

「普通に、コンビニに買い出し。仕事先に送るのに使う封筒」

「なるほど」

「急に有給取ったから、送るべき書類もあって」

 ああ。なるほど、私のせいだ。急に怪我して、こんなふうに同居? させて。

「ごめんね」

「そこはお礼を言われたい」


 頬が少し膨らんだ憂太は子供っぽいな、と思う。


「ありがとう。憂太」


 いっそ投げキッスぐらいしてあげたいけれど、免疫のない憂太じゃややこしくなるだろう。出かけるのが遅くなるかもしれない、いや、なる。


「ん」


 目を細めて、ウットリと少し照れ気味な憂太は満足げだ。だけれど、どこか寂しげで、本当はついてきて欲しいのが察せる。でも、私はそれを汲み取った上で無視した。


 ひとりになりたかった。無理だった。人に気を使う余裕がなかった。『中身』がはみ出さないようにただ無理やり笑って誤魔化した。


「いってらっしゃい、憂太」


 私はヒラヒラと手を振って笑う。食べ終えたエビピラフを憂太が片付ける。そしてさっと洗ってくれた。


「おう」

「何かあったら、連絡するから安心してね」


 先回りして、憂太のセリフを奪うと、憂太がホッとした顔をした。大きめの黒い鞄を持って、憂太が部屋から出ていく。バイバイ、と心の中で私はそうにささやいた。そしてため息。正直疲れた。私は、無意識に「憂太のための遙」だったから。


 いつからだろう、周りが欲しい言葉がスッとわかるようになったのは。普段馬鹿なくせに「頼りない私なら、きっとこういうだろう」というピエロな自分だけが見えるようになった。


 私なら、私なら、私らしく、それって、一体誰の中の私だろう。


 誰かが助けなきゃ、やってけないのは事実で、そのためには誰かに媚びなければいけなくて、だから、私はピエロのまま生きるしかなくて。他の人みたいに、可愛くてあざとい小悪魔になんかなれない。そこまでは器用じゃない。


 人より要領が悪くて、ドジで、勉強も運動もできなくて、顔も可愛くなくて、どこか愛想だけ良くて間抜けで、だからこそ純粋で「あらねばいけなくて」、まっすぐで……まるで古臭い漫画の主人公でも私に重ねているのだろうか。


「もう、そんなの知らないよ」


 それじゃあこんな型、壊して見せようか。


 私は動く方の手に、アレを持った。


 ***


 むせ返すような匂いに、ドアを開ける。絵の具の足跡が、床について冷静になった。やばい、怒られる。そう思い、引き返す。そういえば、憂太はいつコンビニから帰ってくるんだろう? 遅すぎないだろうか。


「はあ……」


 床に敷いた紙。ちぎった紙。のり替わりに使ったアクリル絵の具。


 私は今、裸体で絵の具の海にいた。


 もちろん最低限の下着はつけているし、換気はしているから、頭がおかしくなったわけではない。プッツンはした気がするけれど、これぐらいきっと普通。よくある事。私は紙を拾い集め、乾かす。そしてシャワーを浴びようと服を脱いで、大事なとこだけ染まっていない裸体を見て、固まっているとそこに憂太が来た。


「遙、何してんの!? なんで絵の具ぶちまけてるわけ?」


 まあ、それはごめんだけれど。大体は拭いたら取れる絵の具だから、本当にごめんなさいだけれど、許して。毒になるようなものもないし。


「急に絵を描きたくなって」


 というか吐き出したくなって、呼吸が苦しくなって。


「そんな事するから天才扱いされるんだってわかってる?」


 憂太の嫌味のような言い方に、私はムッとする。何それ、と思いつつ、よくある発想すぎて返事もすぐに浮かんだ。


「変なことすれば天才って発想がもう凡人すぎるんだよ。天才はね、奇行をとれば誰

でもなれるわけじゃなくて、結果が全て」


 私は冷静な言葉を述べてシャワーを浴び出す。綺麗だった胸たちが、いろんな色の混じった水で汚れ出す。


「風変わりだったり、頭がおかしい事を天才っていうのは、違うんだよ。理解できなければ天才、なんて、それはただの言い訳。私からすればこうすれば変に見えるってわかった上でやってるから、おかしくもなんともないし」

「屁理屈はいいから! 水圧考えろ。こっちにかかるんだけど!? 俺まで濡れるだろ?」

「まず扉閉めたら? 憂太。私の裸体ガン見してないで」


 呆れつつ、シャワーを浴びる私。なんかもう、結構抜けてるよね、憂太。


「はっ!? なんで俺、風呂場を開けっぱなし」

「変態だからじゃない?」


 私はすん、とした気持ちで風呂場を閉めてシャワーを浴びた。気持ち良いような、気持ち悪いような、むず痒い感情と、何というか、情緒不安定な心が揺れるように動いてしんどかった。


 だけれど、乾いた後の絵は、たいしたものじゃなくて。


 描いていた最中のテンションだけが上がっていて、結局私は凡才なのだといつも通り思い知らされる。どんなに楽しんでも、自分の世界に入っても、作られる世界は、周りに理解不能なだけで魅力的ではない、いらないものだ。


 それ結局は文字の世界でも同じだった。書く速さだけは凄くても、知能指数が高いわけでもない、特別知識があるわけでもない私の物語なんか、誰も読みたがらなかった。むしろ、悪口すら来た。それでも、量が書けるからこそ、たまに結果も出た。


 実力に合わない結果は、僻みとやっかみと攻撃の餌になった。それは私のやる気を削ぐには十分だった。だけれど、それ以外にやれることはなくて泣いて、吐いて、ひたすら書いてを繰り返すしかなかった。


 他のものに興味を持つのは許せなかった。澪に勝つには、何かを創作するしかなかった。


 私には、私にしかできない何かを作らねければ『生きる価値などない』のだとわかっていたから、私は縋り付くように創作をしたし、生まれつき創作をして育ったことで『創作する事以外の吐き出し方』を知らなかった。


 もうすでに『野生の創作動物』か何かのようだと、自分でも惨めな気持ちになった。溢れ出さんばかりの承認欲求なのか、自己肯定感なのか、そもそもが消えたい、という強い意志の反転からくる暴れたい気持ちなのか。


 買ってもらった白い柔らかなタオルで体を拭く。流し残した絵の具が白いタオルを染めていく。フワフワで優しくて、なんだか気持ちよさすぎてそのまま寝そうな感覚。結構な値段だったはずだ。憂太は本当に私に甘い。なんかタンポポの綿毛の中にいるみたい。


 ぼんやりした気持ちでパジャマに手を通す。何だかなあ。疲れた。どうして私は創作してしまうんだろう。知らなくていいのなら、楽なのに。普通になりたい、と思う。何も作らなくても生きてければ、楽だと思う。作りたいものがない人生って、どんなに時間が余って、やりたいことを選べて有意義だろうか。

「このパジャマかわいいな。クマちゃん」


 白い布にベージュのクマちゃんは、ゆるいデザインで可愛い。

 でも、鏡に映る私は、全然笑ってない。むしろ目の下クマちゃん。


 悲しいぐらい、疲れ切った顔をしていた。どうして、私は『半端者』だったんだろう。『何もかもできない』のか『天才』かどちらかじゃなかったんだろうって、何度も、何度も考えてしまうのは、贅沢なのだろうか。


 どうして。


 どうして。どうして。どうして。


「おい、夕飯パスタなんだけど、いつ茹でればいい?」

「あ、憂太。ごめん」

「ミートソースでいいか?」

「何でも大丈夫、憂太の料理は美味しいから」

「ひき肉いっぱい入れといたから!」

「ありがとう!」


 ドア越しに話しながら、慌てて飛び出す。憂太のドアップがあった。


「キャ」

「ひっ」

「ちょっと、ひって何」


 私はお化けじゃないんだけれど? 失礼じゃない?


 少し膨れて見せると、憂太が嬉しそうに笑う。


「よかった。元気そうだ」

「心配かけてごめんね」

「絵、描いてスッキリしたか」

「うん」

「汚れてたところ綺麗にしたから」


 そういえば、あちこちが綺麗になっていた。凄い助かる。


 時間が経つほどとれにくくなる汚れもあるしね。


「本当にありがとう」

 優しいなあ。さすが、憂太。

「で、何で描いたんだ? 左手?」

「足」


 え? 今聞く?


「は?」

「足で描いたの」


 何を今更。

 気づいてなかったの? この手で絵の具使えるわけないじゃん? 無理だよ。


「はあ」

「何?」


 私は首を傾げる。不思議な事を聞くね。


「まあ、いいけど」

「何か言いたそうだけど? まあ、いいけど、早く食べたい、ミートパスタ!」


 お腹がすいた。美味しいんだよ、やっぱり、憂太のミートソースが!


 レトルトじゃなく手作りで、ウィンナーも入ってて……。しかも、焼き具合もいい感じなの。パスタもプリプリに茹でてる。本当に料理のセンスがいいんだよ。


「出来たよ、遙。あったかいうちに食べて?」


 トマトの入ったサラダとミートパスタをテーブルに置く憂太。いつも通り麦茶を置いてくれる。


「今日は向かいに座るんだね」


 触っていたスマホから手を離し、私は憂太をみる。何、その顔。ちょっとカッコいいじゃん? キリッとしているし、何かあったの? ってぐらい、気合が入っていて俳優さんみたいだ。


「お前に大事な話があるからな」


 力のこもった、でも優しい声だった。私はフォークを持とうとしていた手を止める。憂太は頷く。


「え? 私に大事な話?」

「遙の全てを俺にください」

「はい?」

「付き合う、付き合わないの急な話の後、速攻これで悪いんだけど、結婚しよう。遙。お前の人生は俺が背負う。どこまででも守る。煌びやかなものは見せてやれないけど、人並みの人生は歩ませてやれると思うから、俺を選んで欲しい」

「えっと、コンビニに行ってきていたんじゃ?」


 だから帰りが遅かったの? 嘘でしょ?


「遙のご両親を説得してきた。婚約の話。許可はもらった。今度、話に行こう」

「え」

「返事は、この一週間が終わる時でいい」

 何も頭を下げなくても。

「あ、うん」


 なら、いいかな……。


 すぐ断るのもなんだし。


 利用するようで悪いけれど、さすがに結婚を考えるのはまだちょっと、でもまだって思うって事は私って、ってグルグルする思考回路。スパークしそう。ただ憂太が相変わらず泣きそうな声で、すぐ跳ね除けれる雰囲気じゃない。


「俺が絶対幸せにするから、真剣に考えて欲しい」

「憂太」

「誰にも渡したくない」

「どうせ変わりはいないよ」

「なら俺を選んで」

「その誘導尋問は卑怯だよ」

「ごめん、でもそれぐらい、欲しい」

「冷めちゃうよ、パスタ」


 自分でも、自分の方が卑怯な誘導をしてると思う。


 でも、いい加減話題を切り上げたかった。

 真剣に向き合えば向き合うほど心臓がドキドキした。


 パスタの味なんかわかりやしないのに、あえてゆっくりパスタを食べた。


「美味しいね、憂太。さすがだよ、このパスタ」

「当たり前だろ、お前の好きな味付けなんだから」


 きっと憂太は私を見つめているのだろうけれど、私は顔を上げずにパスタだけを食べ続ける。


「俺はお前向けに味付けされてるって、知ってたか?」

「何の話?」

「別に」

「教えてよ」

「お前は『普通』が好きだろ」

「何で知ってるの」

「『王道』とか『平均』とかそういうのも好きだろ」

「そうだけど」

「別に、確認したかっただけ」


 ホッとした顔の憂太が、少し怖い。なんていうかとろけた病んだ目で私を見つめないで欲しいんだけれど。白い歯が刃物みたいで、怖い。


 口元に少しついたミートソースが血みたいで、正直さらに怖い。


「俺じゃ、お前の『愛情を注いだ作品のひとつ』にはなれないか」

「何を意味不明なことを、憂太は人間だよ」

「そうだな、お前もな」

「私は人間以下だよ」


 みんなの『当たり前』が出来ないのに、『変な事』ばかりが出来てしまうから。


 望まれる姿が、それで、次第にその方が楽で、それにそれに思考も染まっていき、どんどん何が自分かわからなくなっていく。壊れていったのだ、と気づいたのは、いつ頃だったか。


「俺にとってはお前は唯一無二の大切な宝物だよ」

「自分を気持ち良く引き立てるための?」


 食べ残してしまった美味しかったはずのパスタはもうすでに、固く伸び切っていた。


「何で、そう考えるんだよ」

「常にそうだったから」


 悲しいけれど、それが現実だ。私は、所詮普通にはなれないからこそ、周りに必要なのだ。奇抜な額縁にはなれても、綺麗な写真にはなれない。結局は、メインにはなれないのだ。


「自分をやる気に、守りたいと思わせるための、道具なら、それは起爆剤だろ。少なくとも、俺はそう思ってお前を見ている」

「憂太」


 そんな真っ直ぐに私を見ないでほしい。泣きそうになる。


 すがりついて、弱音を吐き出しそうになる。でも誰だ、依存し過ぎたら重すぎて捨てられてしまう。逃げられたら、もう代わりの人はいない。


 この干からびたパスタみたいに、ゴミ箱に捨てられてしまう。


「何かを作る事は別に悪い事じゃないって受け入れて欲しい。でも、別に強制でもない事も受け入れて欲しい」

「でも、私、それをしないと」


 無価値になってしまうから。


 頭の中の私が、いらない子だと、集団で罵声を浴びせてくるから。


「むしろ、人間みんな視点を変えれば無価値だよ。で、開き直って生きてるよ」

「そうなの?」

「付加価値は、自力でつけて頑張る人もいる、自由に生きる人もいる。けれど、強制じゃないから」

「だけど」

「明確な価値がないと、生きづらい人もいるよな、遙みたいに」

「うん」

「何かを楽しく感じればいいんじゃないか? 例えば、生きる事自体を楽しめれば、

一番いいと思う。ありきたりだけど、趣味とか……恋とか」

「恋」

「……それは強制できないけど」


 恥ずかしそうに、憂太は目を伏せた。いつも通り耳まで赤い。


 申し訳ない気持ちで、わたしは黙りこくる。否定も肯定も気楽にはできない。そして、多分それを憂太も望んでいない。


「俺。このパスタ、片付けてくる。好きなテレビ番組でも探したら。アプリとか使えば過去の放送見れたりするし、それだけでも娯楽として楽しいから」


 そう立ち上がった後、憂太は。


「後視点を変えれば、人は誰からからかなら価値あるって意味でもある事を忘れないでね。俺にとってだけじゃなく、他の誰かからも、遙は価値があるよ」

「そうかな」

「綺麗事じゃなく、一部の人からはかなり嫌われてると思うし、逆も然りだから」

「憂太はそうでもないんじゃ」


 顔も綺麗だし、見た目は人に好かれるだろうし。ああ、でも嫉妬とかはあるのかな?


「俺でもそうだから、安心しとけ」


 意外。普通の人って、敵が少なそうなのに。


 目立たない人ってその分没個性だから突かれないし、いいなって思う。わたしは努力してもどこか変だ。むしろ、歪というか。偽物の人間が、人間の中に生きてる気持ち。


「じゃないとアイドルグループとか、崩壊だろ。何で人気あんなにバラけてるんだよ」

「あ、確かに。憂太、頭いい」

「いや、何でそこすらわからないんだよ」

「バカだから」


 わたしは自虐気味に笑った。頭、悪いんだよね、私。


 本当に勉強できないし、思考だって小説書ける程度にはできるけど、グルグルしがち。自分の中でこれだって思ったら疑わない、小さな世界で生きている。精神年齢が子供だから。自覚あるのに治せないし、しんどい。


「責めるような言い方して悪かった。別にわからなかった事は悪くない」

「あ、ごめんフォローさせて」

「そこも悪くない」


 やっぱ憂太は優しいな。私は思わずニコニコする。


「こういう時、いつも作っていたんだよね。でも、人と話すとか、そういう手段を選ばなくて」

「それはどうして」

「相手に負担をかけたくないし、トラブル起きるし、疲れて」

「紙に書くとか、まとめてから話すとか」

「理屈はわかるんだけど、それなら作る方が早いんだ」


 それが逆に苦しくて、でも作っても伝わらなくて、悪循環で。


 どこにどう吐き出せば最速なのか。


「ねぇ、どうすれば思いは伝わるの?」

「思いなんか、伝わんねぇよ。努力したって、愛したって、一生懸命でも、伝わんねんぇよ」

「え?」

「時々、通じればいいって思ってろ。その方が気楽。以上俺からの説教」


 パスタをバサバサとゴミ箱に捨てる憂太。ゴミ箱に蓋を閉めてため息。


「結局、どんな人間も他人だから」


 い、言い切った!? ゴミ箱、軽く蹴った!? そしてくるりとこっちを向いて歩いてくる。なんか嬉しそうだ。


「憂太」

「それは家族にもだ、期待すればするほどしんどくなる」


 何だか、憂太の場合は自分の事も言っているような? まあ、いえ複雑と言えば複雑だしね……。みんなハイスペックだからこそ、忙しそうで噛み合わなそう。でも、憂太も昔は結構できていた気がするんだけれどな。何でだろう。気がつけば今みたいな感じになっていた、何でかな。はっきりとした記憶はないけれど。


「でも、俺には期待しろ。他の奴らよりは返してく。絶対に、他には負けない、勝たせない」


 憂太、顔を近づけないでください。手を握らないでください。息が熱いです。目がウルウルで唇も艶やかですね。ファン(職場にいそう)なら鼻血を吹き出しそうです。


「まあ、とりあえず、遙はゆっくり考えてくれ。俺は死ぬまでお前しか選ばない」

「私がいらないって言っても?」

「お前の気が変わったり、旦那と死別したら俺が介護するために、独り身でいる。お前の最後は俺が看取る」

「お、重い」


 一周回って薄く笑うぐらいには。何が憂太をそうさせるの。……私か。


 それでも憂太に対しては全くもって、不愉快に感じないぐらいの好感度があるんだから、積み重ねた信頼度って宇宙よりも大きいんだろうな。顔補正は、私にはあまり効果がないはずだし。


 私から返せるものなんか、何もないっていうのに。何だか申し訳ないな、と思うけれど、空っぽな私の手から生み出せるものは大したお金にはならない。けれども澪は、お金を生み出す絵を描ける。


 その違いは天と地の差だ。


 澪には彼氏がいるかは知らないけれど友達は多く社交的だから。顔も私より可愛いし、痩せていて小さいし。勉強も運動もできて、挙動不審さもないし。


「いいなぁ、何でもある人は」

「あったら嫌われるだろ」

「やっかみじゃん」

「そんな理由で嫌われたくない」

「さっきから何の話?」


 まるで会話になってない。ああ。暇だな。


 気分転換したいな。出かけたい。


「ねぇ、どこか行かない? 憂太」

「どこに。怪我でもしたらどうする? あ、俺がいるか。守るしいいか」

「守られなくても大丈夫」

「俺にぐらい、甘えろよ、全てを委ねて守らせろよ」


 雄の声だな、と思った。自分で自分の唾液を飲み込む音が、自分でもはっきり聞こえて嫌だった。


「自分を守れるのは自分だけだよ」


 言っている自分に痛いぐらい刺さる言葉が、冷たくて、吐きそうだった。


 両親でさえ護れきれない自分を、恋人如きに何ができるというのか。


 そういう私に、憂太は悲しそうな目を向けた。ごめん、と思う。憂太とは住む世界が違うと言えば、自分に酔ってるように聞こえるだろうけれど、これはただの自虐だ。私は天才でも何でもない、平均以下なのに、平均以下すぎるからこそ、無理やり天才にされただけのクズだから。


「たとえそうであっても、俺お前の盾になりたい。漫画のセリフみたいだと思うけれど、表現がそれしか浮かばない。物理的でも、精神的でも、いっそ金銭的でもいい」

「何でそんなに私にこだわるの」

「俺を、はじめに特別な目で見たのはお前だったって、覚えてないのか」

「わかんないよ、どういう事?」


 記憶にないんだれど……、お隣の顔の綺麗な憂太くん。それ程度の印象。少し人よりできるかできないかの、普通の男の子。


「周りほど器用じゃなくても、それを羨んで、そこで腐らなかっただけで俺をまっすぐな目で見て、だから俺はグレなかった。できる範囲で努力はしたけれど」

「グレ?」

「絡まれないと思うか? 芸能人の家族がいて」

「ああ……」


 なるほどね。それは確かにあり得る。


「英語や数学とか、暗記系は俺も満点レベルにできる。でも結局は所詮『そういう』器だった。クリエイティブな才能はなかった。兄や姉はそういうのがって、お前にもあった」

「私はお金にすらならないよ」


 ヘラリと笑って、私は話を終わらせようとした。もう、いいよね? この話題。


 プロと一緒にしないでよ。無理あるよ。


「でも俺が支えながらなら」


 なぜか掠れるような声の憂太に、私は眉間皺を寄せて拒絶する顔を浮かべる。


「……何言ってんの?」


 今、何て言った? さすがに今のは妄言すぎない?


「結局、ダメな人間を支えて天才に育てた特別みる目のある支えてあげた俺になりたいの?」


 私は冷淡な声で言った。

 それなら、もう憂太の手は借りない。


 まだ二日目だけど、もう出てく。


「憂太は天才にこだわりすぎ」

「普通にこだわってるのは遥だろ!? 何で、言われたくても言われない俺からしたら、お世辞でも言われたい」

「で? だから私に夢を託すの? 自分の能力上げれば?」


 なんかもう嫌気がさしてきた。重い。

 と思っていたら、憂太が抱きついてきた。


「全然違う。普通になっても天才になっても、いい。遙にはただ悩みきってでも、やり切ってでもいいから、俺とでいいから頭にある事と向き合って、スッキリして欲しいんだよ!」

「憂太」

「お前の愚痴書きノートにすら、俺はなれないのか?」


 涙声の憂太に、憂太の性格思い出す。私は憂太に、酷い言葉を吐いた。最低過ぎる。


「ごめん、憂太。言い過ぎた」

「俺も言葉足らずだった。ごめん。重かった。わかってるよ。俺が頑張れないのは…でもそれは、努力できないとかじゃなく、しないんだ。純粋に、底が見えてるから。それなら満遍なくできた方がいいって思ってて」

「何でまた」


 極めたほうが結果が早く出る気がするけれど?「すると憂太はモジモジして私を見つめ始めた。何でだか知らないけれど、とても恥ずかしそうだ。


「だ! か! ら! 遙は普通が好きだろ」

「そうだけど」


 今更何を。


「何でも普通にできたら遙ウケがいいかなって」

「すごいぶっ飛んだ行動力と思考」


 それってある意味万能というのでは? 凄いのでは?

 思わず吹き出す私に、真っ赤に憂太。


「憂太って一芸に絞ってれば、お兄さんお姉さんみたいになれてたと思うよ?」

「そしたら、遙と付き合えなかった」

「何をそんなに私が好きなんだか」


 全く意味がわかんないんだけれど。


 でも、リラックスした気持ちになってきた。

 なんだ淡い気持ちになってきて、穏やかな感じ。


「少なくとも! 才能じゃないのは確かだ! そのズレてるとこは好きだけど。何でも普通にできるからか何でも俺に教えてってひよこみたいに後ろくっ付いてきて、聞いてくるから、俺も頑張って成績なんでも平均以上キープして、努力してきたんだからな」

「部活帰宅部だったのはなんで?」


 ある意味どこでもうまくやれる程度にはできるはずなのに。レギュラーもギリギリ入れたのでは? コミュ力はあんまりないけれど。


「お前が自活できそうにないから、料理教室通ってたんだよ!」


 もう叫ぶように、憂太は言った。ああ、これも私のためですね、わかります。言わせてごめんなさい。


「だから今料理うまいんだ」

「全部お前の笑顔が見たかったんだよ! 会社だってお前の家から近いところで給料いいところにしたんだよ。料理、お前の好きそうなもの全部できるだろ?」

「うん、美味しい。お店みたい。調理師免許がないのがビックリなぐらい」


 納得。趣味じゃないのだと聞くと調味料からのこだわりがいかにもだ。


「お前と一緒にお店やってもいいかもな」


 確かに、小さなお店をやってもロマン。


 洋食屋さんかな。オムライス屋やパスタ屋さん。レンガ造りの、ロマンティックなお店、いいな。いつも通りエプロンつけた憂太と、それとお揃いのエプロンを私もつけて。でも、つまりは私って……。


「皿割り係? 私」

「……自動的にそうなるな、やめとくか」


 そこは否定して欲しいんだけれど? 悲しい。


 掃除係は憂太でお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る