第2話いつまで私は天才である事を願われたらいいでしょうか?

 中学一年生になった頃。私はすでに孤立した日々を過ごしていた。


 コミュニュケーションは下手だし、ずっと絵を描いてるし、憂太は別のクラスで、そもそも憂太も思春期で、人前で私に声をかけにくいのか、露骨に避けるようになっていた。


「すごい、中学生でこんなに描けるの?」


 私は留学生の子にカタコトな言葉で語りかけられていた。


「あ、うん」

「いいなーすごいなー」

「ありがとう」


 キラキラした目で、見てくる彼女の方が留学もできて、美少女で、私から見れば輝いて見えた。私なんか、ブスだし、パッとしないし、何も他にできる事がない。


 暇つぶしに描いた漫画の一ページ。ペン入れしてトーンを貼ってはあるけれど、それがそんなにも珍しいのか。まあ、留学生だからかもしれないけれど、私は作り笑いでの場を凌いだ。留学生に似顔絵を描いてあげると、喜び勇んでその場から消えたので、今度からこの手を使おうと思った。


 世界は狭い、特に田舎だから、横に繋がってるし、怖い。だからこそ、下手な事はできなくて、コミュニケーションが下手であればあるほど何もできない。一度失敗すれば、全てが終わるのは、小学校でいじめられていなくなった子を見てればわかる。


 だから私は愚痴を絵にぶつける。絵なら誰にもわからないし。読み取られても、誤魔化しが効く。


 すると。


「四組の憂太って生意気じゃね?」


 なんか嫌な言葉が聞こえてきた。


「姉が歌手で、兄がモデルで、父親が政治家で、母が料理研究家だろ? 調子乗ってんじゃね? あの顔だし」

「でも本人凡人じゃん」


 聞きたくないな、と思った。


「しかも、顔がすこぶるいいからモテるのがムカつく」

「クールぶって気取ってるしな」


 いや、あれは多分ただの人見知り。私と同族。反論しに行きたいけれど、それをすると憂太の場合、本気で私にキレるので、前に出れない。でも、無理、無理ほっとけない。


 私は悠太を呼び出した。


「俺は、そう言われてるの、知ってるけど」

「いくらなんでも酷い。憂太悪くないじゃん!」

「じゃあ、遙がなんか俺にしてくれんの?」


 え?


 お金でもせびる気? 私、財布持ってきてないけれど?


「は?」


 首を傾げて私は誤魔化す。今月お小遣いピンチなんだけれど。


「俺、遙好きだよ」


 唐突なる、憂太からの告白に私はポカンとする。

 脈略なさすぎない?


「はああああ?」

「他の女子苦手だけど、遙は好き。知らないんだ」

「消去法?」


 まあ、いいけれど。好きならば。


「そう言う解釈するとことか」

「意味わかんない」


 本当に。ぼんやりとした目で私は憂太を見つめる。


「守りたくなる」


 酷く潤んだ目で見ないでほしい。なんか、深刻そうに見えるから。


 でも、実際深刻だとは思う。悪口言われて、きっと好きでもない人に追いかけ回されたりもしたのだろう。それはきっと苦しくて、ツライ事だ。


「そうですか」

「だからさ、人よけに付き合ってよ。何もしないから」


 人よけ。……なるほど、うーん。その理由なら、まあ、いいかな。何もしないらしいし。


 真面目で誠実な性格の憂太なら信頼できる。そもそも私も好きな人いないし、デメリットはひとつもない。


「いいよ、私、憂太。フリで付き合おう」

「本当!?」


 ぱああ。と子供のような、無邪気で花が咲いたような笑顔だった。


「え?」


 何、今の笑顔。


「あ、うん、ありがとう」


 急に落ち着いた表情に戻る憂太。なんだったんだろう、今の。見間違い? 

 呆然としている私を見て、耳が赤い憂太が私をじっと見る。


「これ、期限は俺が言うまでだから」

「別にいいよ」

「永遠に、俺。遙を離さないかも知れないよ?」

「でも、私が好きな人できたら、別に別れていいんでしょ?」


 さすがに、それが駄目ならお断りだ。


「えっ」


 動揺する憂太。なんか顔が青白い。え、違うんだろうか。

 私、なんかおかしな発言しただろうか……。


 うっすらと涙目になった憂太に違和感を持ちながら、私はため息をつく。


「それは、もちろん、いいけど」

「なら約束する。いいよ。彼女役」

「即答」


 どこか遠い目をする憂太に首を傾げる私。何が言いたいのだろうか。


 これで普段面倒見てくれている憂太が楽になるなら、いいか。別段好きな男子もいないし。これが、私達が付き合った理由で、始まりだ。デートも何十回も形だけはしたし、色々な相談もしたけれど、してきた事はほぼ親友そのものだと私は思っている。


「澪ちゃんまたでかい賞に入賞したんだって? 大学も国立。美術系」

「すごいよね。学費が安いからだって」


 いつだって入り浸るのは憂太の一人暮らしの部屋。誰にも聞かれずに愚痴れて、リラックスできるその部屋には私専用のコップや私の好きな飲み物のストックが常にあって、とても良かった。


「で、絵を描くのもうやめたの? 遥」

「今は小説。一応入賞はしてる。デビューは今回もしなかったけどさ」

「さすが」

「何が。デビューしてないんだけど」

「みんなほとんどがしてないよ、入賞も」


 苦笑いを浮かべる憂太。中途半端な順位だけれどね。


 それでも、取れない人がいるのはわかっている。だけれど、上には上がいて、私はその上が欲しかった。それを、余裕で取ってく人間が世の中にはいて、それが澪みたいに、なんでもこなす人間の事もあると、私は誰よりもよく知っていた。


 誰もが苦しんで努力して、結果を出しているわけじゃないのだ。横取りするように、誰かの努力を盗んで、器用にやれる人間だって存在する。


「書籍化したかったな……」


 それを人は天才だと言うのだろう。そして、それを、「私にも」望まれていたのだろう。だって私は他の能力があまりにも低く、周りが想定する「テンプレート的な天才像」に当てはまったから。


 ある種の見下しのようなその思い込みからの押し付けは、惨めで悔しく、鬱陶しい。


 そうであれ、そうでなければ、なんでこんなに私は無能なのか? そんな風に見られてるようで息苦しい。やっと続けているアルバイト、ほぼいない友達、冴えないルックス、ないに等しい生活能力……。


 ただ羨ましがられるのは、憂太という偽物の輝かしい顔立ちの彼氏の存在。それも、偽物であり、利用されているだけでしかないのに、と自分でも情けなく思う。


 ねぇ、誰か、私と代わってくれないですか? そう問いかけたら、きっとみーんな逃げていく。憂太の手だけ引っ張って、消えていくに決まってる。


「憂太?」


 なんか、じっと私の唇を見ているけれど。


「そんな、吐きそうな切羽詰まった顔しないで、遥」

「え、そんな顔してた?」


 苦しそうに見えて、心配されてしまった……。


 吐き気なんか、全然ないのだけれど、鬱々して頭は痛い。


「してた」

「手はある程度動くし、本当大丈夫。絵とかは描けないけど、トイレとかは平気だし」

「それでも、実家には澪ちゃんもいるんだろ?」

「いるけどさ」


 まだ貯金を貯めてる最中だからね、澪。

 お金が貯まったら一人暮らしする予定だけれど。


「俺が遙を澪ちゃんや、親父さんのそばに居させたくない」

「憂太」

「何もできないけど、何もできないからこそ、せめて、彼氏らしいことさせてよ」

「彼氏じゃないでしょ」

「黙れよ」


 あまりにも強い言い切り口調にビクと身がすくむ私。ちょっと怖くて、でもドキン

としてしまっている自分に罪悪感を感じた。


「え」

「そんなの今どうでもいいだろ。嘘でも立場上彼氏なんだよ。俺が一番はるかに近くてずっと一緒にいたのは変わらないだろ」


 確かにずっと寄り添ってくれたのは、間違いなく憂太だ。


「俺を信じてくれよ。今のお前は限界なんだよ。実家にいるべきじゃない。休め。わがままがどうとか考えるな、俺に甘えろ」

「憂太」

「好きなだけ甘やかしてやるから、お前は頑張ってきた。自分を褒められないのはわかってるから、その分俺が褒め称えてやる。お前は偉い、尊い、誰より頑張った。だから、休め!」

「ゆ、うた」


 私は赤ちゃんのように泣いた。溢れた涙を、憂太は抱きしめてくれて、珍しく奮発して高かったと自慢していたはずのシャツで受け止めてくれた。鼻水でグシャグシャになっているのに、突き放すこともせずに、無言で撫でてくれて、ただ嗚咽を漏らす私をひたすらに受け入れてくれた。


「あれ……朝?」


 この景色は、憂太のマンションかな? 全体的に黒い家具が特徴的だし。基本モノトーンで揃えた落ち着いた部屋で、殺風景なんだよね。本は別室に沢山あるけれど、私物はそれぐらい。服もあんまり数を持たない性格だし。趣味らしい趣味もないはずだ。


「寝てたの? 私」


 気がついたら私が気絶するように眠っていたらしい。顔は綺麗に拭われていて、憂太のベッドの上で眠らされていた。一方の憂太はソファで丸まって眠っていた。テーブルには私のために朝食の袋入りパンと、私の好きなペットボトルジュースが置いてあった。


「焼きそばパン……」


 多分このパンは、憂太の分だ。憂太の好きなメーカーだし、きっと憂太が食べるものがなくなっているのでは……。服を見た感じ、憂太はシャワーも浴びてない。ずっと私の様子を見ていて、眠ったのだろう。


 小さな頃からこうだった。いつだって私のそばに居て、面倒を見てくれた。


 幼稚園の頃に、私よりひどい憂太がくっついてたってのもあるけれど。憂太は顔立ちや口調の割には内向的で、年少期はほぼ私の隣にいる子だった。でも、次第に男女でそばにいると冷やかされるので、離れていくようになった。


「憂太くんカッコいいよねー」

「背も高いし」

「声も低くていいよね」

「わかるーハスキーで甘ったるくて声優さんみたいな感じ」


 スクールカースト高めの女子がいつも憂太を遠巻きに見ていた。


 私自身は人の見た目に興味なくても、周りの反応で、嫌でもゆうたが美形なのだとわかった。私は、日本人形や石膏像を眺めている方が好きだ。なんていうか時間によって少しずつ劣化していくところが、無限に見える有限美な感がするし。


 人間のビジュアルは雑というか、なんかもう、塗って洗えば別人になるところが好きじゃない。だから私は、メイクも好きじゃない。最低限のメイクはするけれど、学生時代の就活の時に定番のやり方を暗記して、それ以降何も変えてない。TPOさえ守ってればいい。そういう意識だ。


 変人や天才と言われても、私はそれぐらならば意識できる。


 まあ、勉強はからっきしで、就職活動は全滅。アルバイトはそこそこの大手のところにつけて、運良く今もずっと続いているけれど。


 そんな時に、澪の才能がわかって、絶望して小説に方向転換して、すぐ一作かけたからプロから声がかかって弟子入りを一時的にして、少し結果出て、コミュニケーション力なくて門弟抜けて今に至る。先生は悪い人ではなかったけれど、別に好きな作家でもなくって、その辺が揉めた理由でもあったんだと思う。


 リスペクトする感情がなかった。知名度あっても知り合うまで、作品を読んだことがないレベルじゃ、執着も湧かない。


 そもそも私にとって創作は代償行為なのだと思う。感情表現の代償行為。


 みんなみたいに綺麗に言葉を吐き出せないから、描いたり書いたりしていくだけの事。ただの事実で、空想ではない。


 それに夢はなく、現実で、可愛いもカッコイイもない。夢も希望もない。


「憂太はさ、ずっと私のそばにいるけど、それでいいの」


 私は現実に戻って憂太を見た。身長が伸びるのは止まったけれど、平均より明らかに高くて細身のスラリとした体型。影のある容姿は、まあ、整っているのだろう、という事実だけしか私にはわからない。


 それが、見慣れているからだという事実を最近理解し始めてきた。私にとっての普通の男の姿は「憂太」なんだろう。


「俺がそばにいたいんだから、文句を言うな」

「せっかくの有給、行きたいとこないの」

「お金をもらってゴロゴロしたい。通販で何か買いはする」


 憂太っぽいと言えば、っぽいけれど。結構というか、元々憂太は隠キャ気質だから。


「お昼、私、何か料理するよ。カレーとか、シチューとか! てか朝は?」

「大切な鍋が焦げるからいい。朝は冷凍食品があるからそれでいい」

「すみませんでした」


 昔、憂太の家で新品のフライパンで、やらかした事実があったっけ。あれって確か、結構いいブランドのやつで、でも憂太は怒らなくて……むしろ私の火傷の心配してくれて、優しかったな。本当申し訳ない。


「お前は何が食べたいんだ、俺はなんでも作れる」

「オムライス」


 私、即答。その様子を見て嬉し気な憂太。憂太はオムライスを作るのが得意だ。昔、初めて私に作ってくれたのも、オムライスだったっけ。


「わかった。ソースは? デミグラス?」

「ケチャップで」


 憂太のオムライスは世界一。半熟卵が最高なんだよね。具材もいっぱいで、甘めのケチャップを特別なスーパーでいつも買い置きしているのを、私は知っているんだ。ゆうたって、料理好きだから、結構調味料にはこだわっている。


 食材は日々食べるものだから、そこらへんで目利きして買うけれど、調理器具と調味料と洗剤だけは、ってのがポリシーだって私に昔熱く話していた。エプロンも常に料理中はしっかりしていて、洗っているみたい。偉いよね。


「野菜いっぱい入れるぞ」


 細かく切り刻んで、火が通りやすくして、でも具沢山で、出来上がりも早くて、うーん。よき。


「はーい。鶏肉もね! グリーンピースも玉ねぎもにんじんも多めで!」


 きっと玉ねぎはトロトロなんだろうなー。ケチャップライスも絶対美味しい。あー今からお腹が減ってきた。


「うん、それはよろしい。……なんか新婚みたいだな」


 なんでか幸せそうな声で憂太。


「そう?」


 別にそうでもないと思うけど。


「……キョトンとするなよ、そこは照れるとか」

「冗談でしょ? なんで照れるの?」


 時々憂太のツボがわからない。


「はあ」


 よくわかんないボケだね。でも憂太がボケるかな?


 私は冷蔵庫から麦茶を出して飲む。憂太のいるソファで隣にもたれかかると、憂太が飛び起きた。


「料理作ってくる」


 エプロンを取ると、憂太は言った。


「ありがとう」

「何か困ったら呼べよ」


 淡々と言う憂太はなんか落ち着きがない。私はテレビリモコンを拾い上げてテレビのスイッチを入れる。あ、この番組面白そう。可愛い動物番組。


「うん、それまでテレビ見てるね? 面白いのないかなー?」


 後ろから抱きついてきそうな勢いで、ガン見してくる憂太を、私は目であしらう。どこか物足りなさそうに、憂太は冷蔵庫から卵を取り出し、ため息を吐いて私を見た。


「ん。なあ。卵はふたつでいいな?」


 卵をふたつ手に持って憂太が尋ねた。


「うん。トロトロのふわふわのやつがいいから」


 薄焼き卵より、ふんわりが好きなのを理解してくれているのはさすが幼馴染だ。


「この会話、まるで夫婦なのに」


 なぜか気だるげな声でゆうたは言った。しかも少し艶っぽい。



「親子だよ」


 何を言っているの、憂太は。結婚なんかした記憶はない。


「こんなでかい娘、持った覚えはない」


 ツン、とした突き放すような声で憂太は言う。何だか悲しそう?


「なんで私が娘なの」


 さすがにムカつく私。何様のつもりなの。同じ年じゃん。


「しーらない。ふんっ」


 私は現実逃避にテレビを見て、憂太は隣に座っていて。


 美味しいねってオムライスを食べて……お皿も当然のように憂太は、片付けてくれて、気がつけばふたりで楽しく笑っていた。やっぱり、ふたりでいるのって最高に楽しい。


 幸せだ。

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