第24話 中庭 森山 昴

 昔、家に遊びに来たじいちゃんの友達に聞いた話です。

 若い頃に旅行先で交通事故に遭って、入院しちゃったんだそうです。幸い、足の骨折だけですんだんですけど、家が遠いものだから家族も休みにしか来れなくて、もちろん知人もいないしで、すっごい暇だったんだそうです。

 で、昔のことだからスマホもないし、テレビ見るか、売店で新聞や雑誌買って読むか、しかやることなくて。これに飽きちゃうともう、柄にもなくぼーっと外の景色眺めてるか寝てるかしかなかったそうで。元々、夜型人間だったんで、ついつい昼寝しすぎて、夜になって目がさえちゃって眠れない、なんてことがたびたびあったんだそうです。

 で、見ちゃった、ということで。

 眠れなくて困ったある晩のことです。

 夜中にテレビ見てるわけにいかないし、消灯時間過ぎてちゃ明かり点けて雑誌読むわけにいかないし。で、彼、窓際のベッドから車椅子に移って、カーテンの下に潜ってぼーっと外を見ていたんだそうです。

 向かいの病棟が見えて、その上に月と星が見えるだけ。病棟が明るいから星はちょっとしか見えなかったそうです。下は薄暗い中庭。でも、他に見るものもないんで、ぼーっと、上見て飽きたら下を見て、って感じでいたわけです。

 ふと気づいたら、中庭のベンチに人影があった。

 彼がいたのは二階だったので、斜め頭上から見下ろしている具合になったんですが、まあ、結構近くて。どうも、人影は若そうに見えた。

 だから、誰か自分と似たような不良患者が中庭に出ているのかと思って、更に目を凝らしてみたら、患者がみんな着ている、病衣っていうんですかね、あれを着ていると思ったのに、どうやらスカート姿らしいことがわかった。患者さんが夜中にスカート履いて中庭に座っているわけないですよね。

 じゃあ、つきそいの家族かな? とも思ったんですが、中庭は外に通じていないものの、夜は施錠されていて立入禁止って、 入院の心得に書いてあったんだそうです。各病棟各階に、ちゃんとくつろげるスペースは一応あって、わざわざ消灯とともに照明も消される。

 夜中に中庭に出るのは、不自然なんです。まあ、ありえないことではないけれど、彼は不審に思ったわけです。

 とはいえ、夜中ですから、時々看護師さんの足音が聞こえる他は静かなわけですよ。

 窓開けて声をかけたら病院中に聞こえてしまいそうだった。

 それで、彼はただ、見ていたんだそうです。

 でも、相手はじーっとうつむき加減に座っているだけで、彼も、十分としないうちに飽きてきた。同室の患者がいびきをかきだしたのを機に、見るのをやめて大人しくベッドに戻ったのだそうです。

 翌日、彼は中庭の女性について、検温の記録にきた看護師さんに話したんだそうです。すると、一瞬目を見開いて、テンポ遅れで昼寝しすぎないように注意されて、たとえ眠れなくてもベッドを抜け出すなと怒られてしまった。どうにも様子がおかしかったんで、これは何かあるな、と思った彼は、夜勤の看護師さんを捕まえて同じ話をしてみたんだそうです。

 その看護師さんは年配の方で、多少のことで動じるタイプじゃないと彼は踏んでいたんです。案の定、彼女は彼の話に思い当たることがあった。そして、 朝の看護師さんと同じく、夜中にベッドを抜け出してそれを見てはいけない、と、忠告してくれたわけです。ただし、事情もちゃんと教えてくれた。

 その女性に気づいても、見てはいけない。

 気づかれると、彼女が病室にやってくる。

 そうして、連れて行ってしまうから。

 彼は、数晩は我慢したんだそうです。

 眠れなくても大人しくベッドから出なかった。怖かったからじゃなくて、忠告に従ったわけです。面白がって藪から蛇を出すようなマネをするべきではないと、ちゃんとわかっていたわけです。けど、あまりに暇で、彼は以前と同じように車椅子に移って、カーテンにもぐって外を眺め始めました。最初に中庭に誰もいないことを確認してから、あとはぼーっと、向かいの病棟を見たり、月や星を見たり。

 病棟のナースステーションの照明で、ぼんやりと明るい中庭には、意識して目を向けないよう気をつけてね。

 以前よりも長い時間、彼はそうしていたそうです。おかげで、ちょっと眠くなってきた。

 それで、そろそろやめよう、と、最後に向かいの病棟を眺めて引っ込もうとしたんだそうです。そうしたら、三階の病室の窓に、人影をみつけた。

 中庭を見下ろす、男性の姿があった。

 慌てて彼が下を見ると、いたんです。

 彼女が、うつむいて。

 いえ、彼女はゆっくりと、首を持ち上げていくところだったそうです。

 彼女の横顔を、彼は見たそうです。

 小学生か、中学生になったばかりか。そんな年頃の女の子だったそうです。

 彼女は向かいの病棟の、見下ろす彼を見上げて。見ながらベンチを立って、音もなく、さーっと中庭を抜けて行った。

 彼女が病棟に入るところは見えなかったけれど、彼の視界からは消えた。向かいを見ると、窓の男が慌てた様子でカーテンの向こうに消えるところだったそうです。どうも、変な消え方をしたのを目撃したようだったと、彼は言っていました。

 これはヤバイな、と、彼は思ったわけです。幸い、その晩の夜勤の看護師さんは、彼に例の話を教えてくれた人だったので、彼は 車椅子でナースステーションに駆けつけました。三階の左からみっつめの病室の男と中庭の女の子が目を合わせて、女の子が走って行った、と、看護師さんに報告したわけです。

 二人いた看護師さんは顔を見合わせて。で、すぐ、彼に話をした看護師さんが内線電話をかけて、こっちの患者さんがそちらの病棟で窓際に立っていた患者さんが倒れるのを見たそうだから確認してくれ、って連絡したんだそうです。

 あとは、もう外を見ずに寝て下さいって追い帰されて。彼は、眠れぬ一夜を過ごしたそうです。

 そうして、翌朝、例の看護師さんに聞いてみたわけです。どうなったか。

 彼女はただ「もう、絶対、夜、窓の外を見ないと、約束して下さい」とだけ。

 彼が了解すると、それ以上は何も言わず、彼もそれ以降は何も訊かず、夜眠れなくても、窓の外を見ることはやめたそうです。

 最初の晩、彼女が自分を振り返らなくて本当に良かった、て。

 でも、時々、中庭でうつむく彼女を夢に見てしまうんだ、と言っていました。

 ゆっくりと、首をねじって、自分を見上げる。

 その過程をみつめ続けて、そのまま、彼女の目を見てしまう。

 そんな夢を、見てしまうんだそうです。


 語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。


『百物語が終わるまで』

https://kakuyomu.jp/works/822139841307342761

の作中話は800字程度に縮小させました。よろしければ本作もお読みいただけますと幸いです。

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