第23話 静かな個室 岩田知世

 えー、数少ない、自分の体験話しますね。怖かったなー、あれは。って、先にこのセリフ言っちゃあいかんですね。中学三年かな、その辺の頃に経験した話です。

 まだ、明るい時間でした。

 明かりをつけるには早い。けど、細かい作業をするならつけないと、ってくらいの時間。

 三者面談で、うちは両親共働きだったから、結構遅い時間にやったんです。クラスではその日の一番最後。

 友達もみんな帰っちゃってたし、学校中で三者面談やってたけど、もうほとんどのクラスは終わってたな。

 三者面談はねぇ、別に野望あったわけでもないし、問題児だったわけでもないし、ちょっと話をしただけで、後は二者面談とか言って私は追い出されちゃってね。

 親と一緒に帰る予定だったから、まあ、そんなに待たされないだろうしトイレくらいは行けるかなーと、トイレに行ったわけです。

 私が通ってた中学校のトイレは、女子トイレは入って右側に個室が三つあって。左側に洗面台が三つあって。で、突き当りの奥が窓になってるっていう、よくある構造でした。

 個室の数は少ないは、扉を開けるとギーッて派手な音はするはで、すこぶる不評だったねぇ。昔なんで、当然全部和式だしね。

 で、いつも使っている教室のある、三階のトイレに入ったら、三つのうち真ん中の扉が閉まってたわけ。空いてると内側に押し込まれるようにして開いてる構造だから、トイレ入ればすぐ空いてるかどうかわかるんだけどね。

 よりによって真ん中に入るかー? とか思いながらも、私は一番奥に入ったんです。私は、急いでる人のためにできるだけ奥から入れって親にたたき込まれていたのでね。

 で・・・・・・、まあ、用を足して。

 あれ? と思ったわけ。静かなんですよ、後ろが。っつーか先客がいるはずの隣が。妙に。

 これは、誰かいたずらしたなあ、と思いました。中から閉めて、よじ登って出るっていたずらをする男子グループがいたのね、そのころ。女子トイレや職員用トイレにも入り込んで、先生方が最後に点検するときに発見して、翌日朝礼でやめましょうってお触れが回るの。自分が急いでる時そんなのあったら腹立つだろうになんでやるかなーと思いながらも、私は個室を出たわけですよ。

 そしたら、開いてたんだわ、隣の戸が。なんと。

 我が目を疑いましたよ。確かに、私が奥に入る時は閉まってたんだもの。

 なのに、衣擦れの音というか、まあ、そういう音も、水流す音も、戸を開ける音も、手を洗う音も、廊下に出る扉の音もしなかったんだから。

 ちょっとのぞいて見ても、真ん中のトイレ、水の流れなんかなかったし、もちろん流し忘れてもいなかった。くるっと振り返って窓みても、曇りガラスが夕陽で赤く染まりはじめていただけで、鍵はちゃんとかかってた。

 手を洗ってから、念のために恐る恐る掃除用具入れまで開けてみたわよ、私は。

 もちろん、バケツだのモップだのカポッてヤツだのがあるだけで、人は隠れてなかったですよ。

 あれ~?? と思いながらも、最初見間違えたとしか思えないから、おとなしくトイレ出て教室の前まで戻って、戸の窓からのぞいてみたら、なんだか先生と親が盛り上がって話してるのね、これが。二者面談で何を盛り上がるネタがあるのか、いまだに理解不能なんだけど。

 しょうがないから、普段行かない他の学年の階でも行ってみようかと思ってね。階段を一階分下がって、二年生の階を歩いて、鍵がかかってる教室の戸の窓から後ろの方に貼ってある絵をのぞいたりしてねー。

 で、その階のトイレの前を通りかかって。

 さっきのことがあったから、なんとなく、つい手が出てね、開けてみたわけ、女子トイレの扉を。

 ギーッて音がして、うるさいなあと思いつつ大きくあけて、中には入らずのぞいてみた。

 どきっとしたねぇ。

 真ん中の戸だけ、閉まってるんだもの。

 その階は、少なくともそこまでの半分の教室は、誰もいなかったんですよ。階段は各階の両脇で、トイレは各階の真ん中だったからね。なのに、ですよ?

 私は、しばらく呆然としちゃいましたよ、ドアを開けたまま。

個室から音は何も聞こえない。カラスの鳴き声は聞こえた。窓は夕陽で染まってた。

 これは、ヤバイって。

 そう思って、そうっと身を引いて手を離したら、派手なきしみ音たててねえ、トイレの扉が。

 けどまあ、それだけで。私は、残る廊下と階段を走って自分の教室に戻りました。

 残り半分のどの教室も薄暗くて、ざっと見たけど戸はちゃんと閉まってて、人気はなくて机に残された鞄もなかった。うぎゃあと内心思いながら、教室へダッシュしたわー。

 教室に戻ると、まだ先生と親が話してる。

 あーあ、と思ったんだけど、教室の窓の向こうにある、特別教室の棟が明るいのが見えてね。職員室がある二階だけ、廊下に明かりがついてるのが見えたんです。

 だから、私は、更なる時間つぶしに特別教室棟に向かいました。H型に校舎が建っていて、トイレの近くの真ん中に渡り廊下があるのね。トイレ無視して渡り廊下渡って、渡った先で二階におりました。

 職員室には先生方がいたし、出入りしてる先生に「まだいるのかー?」って声をかけられたりしました。けど、うろうろしてるのも変で、だからって職員室に入り込むわけにもいかないし。

 で、職員室の前も完全に通り過ぎようって頃になって、急にまた、トイレ行きたくなっちゃったんだな、これが。

 あるでしょ? 行ったばっかなのになんで~って感じに、すぐ行きたくなること。よりにもよって、その時そうなっちゃったんですよね。

 けど、さっきのトイレには行きたくない。職員室がある階の職員用トイレは生徒は使用禁止。しかも、先生方がうろついてる。

 私は何喰わぬ顔で歩きながら、頭を働かせたわよ。教室棟はイヤだ。この棟の上は特別教室が並んでる。注意されないけど人気のないとこもイヤだ。じゃあどうする? って。

 で、結局、私は更に階段をおりて、事務室とかがある一階で用を足すことにしたんです。

 ホントはそこも生徒は使用禁止なんだけど、先生方いないし、事務の人達は数少ないからみつからないだろうと思ってね。

 きょろきょろと誰も廊下にいないのを確認して、事務室には明かりがついているのを確認してから、私はそっとトイレの扉を押した。

 そしたらまた、ギーッて音がした。勘弁して~とか思いながら恐る恐るのぞくと、中はもう薄暗かった。

 けど、個室が全部空いてるのはわかったんで、安心して中入って明かりをつけて。ま、これで安心かなと。それでも手早く済まそうと思って、私は奥の個室に小走りに駆け込んだんです。

 すばやくすばやくと思いながら中にいたら、・・・・・・パタン、て。

 音がしたの。すぐ後ろで。

 隣の個室の閉まる音。

 あのうるさいトイレの扉が開く音は、しなかったのに・・・・・・。

 一瞬、貧血起こしたかと思ったね。頭が真っ白になって、全身硬直して。けど、途中で動けるわけもなくて。

 耳を澄ましても、隣の音はもう何も聞こえない。

 衣擦れの音も、用を足す音もなんにも。

 とにかく、こっちも静かにしようと思ったんだ、そん時は。気づかれちゃいけない。自分がここにいることを気づかれちゃいけない。

 正体もわからず、とにかく静かに静かにと。

 トイレットペーパー引っ張るのも慎重に、身を縮めたまま服を整えて、鍵に手をかけながら足をレバーにのばして、いざ出ようと身を起こした、ら。

 戸に額をつけるようにして上げた頭に、重いものが当たった。

 私は、とっさにギャッて悲鳴上げて、奥の壁にへばりついたよ。

 そうしたら、目の前に、白い細いものがぶら下がっててね。

 それは、むき出しの女の腕だったんだ・・・・・・。

 見たくない。そう思ったけど、狭い個室だって壁に張り付いてればそれなりに視界は広いわけです。

 女の手。血の気のない白い爪。蝋のような手。青く細くのびる血管・・・・・・。

 今でも、はっきり覚えてます。

 肘の内側には影がおりて、二の腕には照明に反射する産毛まで見えた。

 そして、肩口を覆うように垂れた光沢のない真っ黒くて豊かな髪の毛。

 私は、それを見ながら、そうっとレバーに足をのばした。

 レバーを踏むと同時に、身をかがめて鍵にとっついて。

 女の指先が頭に触れた。髪をつかまれたらどうしようと焦りながらも内側に開く戸を引いて。

 そしたら、ゴンッて音がして私の髪を弾いて腕が戸にはねとばされて。

 私は急いで戸の隙間を抜けてね。見たら、隣の個室の戸は閉まってた。腕が戻ってきて空を切る音がすぐ後ろでしたよ。

 これまた内開きの廊下に出るトイレの扉を引く時に、どさって音がしてねー。心の中で、もう悲鳴あげまくってたね。よくぞ声を漏らさなかったもんだと、我ながら感心するわ。

 とにかく、しゃべっちゃいけない、静かにしなきゃって、なんでか思いこんでたんですよねぇ。

 で、扉を抜ける時、ちょっとだけ振り返ったんだ。

 私のいた奥の個室に、腕が落ちてた。

 中に人が倒れてるみたいに、肘から先が落ちて見えた。

 私は、照明も消さずにトイレを飛び出して、廊下を走って昇降口前を駆け抜けて、教室棟の階段を一段とばしにのぼって、自分の教室に戻った。無事に。

 教室の前で先生と立ち話をしながら、親が私の鞄を持って待っていた。

 どこ行ってたのとかって怒られたけど、やっぱし、このことは誰にも話しちゃいけないと思いこんでてね。ただ校内を散歩してただけだって言って。怒られたけど、この話、するの今日が初めてだわ。

 ずっと後にね、二十歳過ぎてから中学校の同窓会があったんです。

 先生が、昔、あの中学校で起きた殺人事件の話を教えてくれました。

 当時は宿直ってのがあったそうで、その宿直の先生が、女の人を殺して、トイレの床下点検口に死体を隠したことがあったんだって。

 トイレって、だいたい上にも下にも点検口ってあるはずなんですよね。横の壁のこともあるけど。電気配線とかが天井で、上下水の配管が壁とか床下。天井は軽い配線だから人間なんて重みには耐えられない。

 先生も、犯人本人は最初天井に隠そうと頑張ったけど、床下点検口に気づいたので変更してそっちに遺体を投げ込んだと自供していたって話でした。

 トイレの戸が長く閉まっていたのは本当らしいです。隠し場所変更して遺体を戸の外側に落として、自分も上から降りちゃって、そのままにしちゃったと自供した。そうして、床下に投げ込んだ。でも、閉まったままだったのは、天井の点検口がある奥だったそうです。

 それに、私が経験したのは、上から降ってきた女です。まあ、伝聞過程でいろいろ変わっちゃっただけかもですけど。天井裏には隠せなかったと思うんですけどねえ。 

 ちなみに、宿直室は一階の事務室の近くにあったから、私が女の人を見た、あのトイレの下に遺体は隠されていたんだと思います。

 とにかく、しばらくはトイレが怖くて怖くて、卒業するまで夕暮れ時以降は学校のトイレには行きませんでした。普通に幽霊話になるのかもしれませんけどね、私にとっては呪いですよ、呪い。この話は。

 あれ? そういえば、私、あの後、手を洗うの忘れてるなあ・・・・・・。まあ、関係ないやね。二十年も前の話だもんね。終わり。


 語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。


短編『トイレになんか、隠さなければよかった。』

https://kakuyomu.jp/my/works/822139841537022204


『百物語が終わるまで』

https://kakuyomu.jp/works/822139841307342761

の作中話は800字程度に縮小させました。よろしければ本作もお読みいただけますと幸いです。

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