第三巡 人ではないもの

第13話 卵 神谷冬季

 知り合いの、警察関係者に聞いた話です。

 去年、この近くであったバラバラ殺人事件、覚えてますか?

 若い女性の部屋で、男のバラバラ死体がみつかったってやつ。その話です。

 その女性、仮に英子えいこさんとしておきます、と、男の人は、一樹かずきさんということで話進めますね。

 二人はそれぞれの母親が幼なじみだったので、やっぱり幼なじみってことになりますかね。

 小中高と学校が同じで、高校一年の時、一樹さんの友人の坂木さんと彼女がつきあいはじめました。

 そうして、三人そろって同じ大学に進学して半年目に、坂木さんが亡くなりました。

 デートに出かけた先で、ダムから遺体がみつかったそうです。

 二人きりの時で、目撃者もいなかったんですが、それは結局事故として扱われました。

 英子さんが、ショックでかなり精神的にやられてしまって、事情聴取とかできなかったせいもあったようですけど。

 彼女は家から一歩も出なくなって、大学も休学。

 風呂とかトイレとか食事とか、最低限の日常生活に支障はないけど、会話は成り立たないし、無理に何かさせようとすると大声をあげて暴れ出したりする。

 父親は病院にかかることを許さず、それでいて英子さんのいる二階へは近づこうとしない。

 出歩かないせいか体格が良くなっていく英子さんに母親の細腕だけでは無理なことも出てきて、一樹さんが世話を手伝うようになりました。

 英子さんは、以前から手先が器用で細かい手芸を得意としていたそうで、家に閉じこもるようになってからは、いつも卵細工をつくっていたそうです。

 卵に穴をあけて中身を抜いてよく洗って、細かい布きれをボンドで貼り付ける。それに紐をつけて、カーテンレールに吊す。

 最初のうちは、流しに卵の中身が捨てられていたり、飾っている卵から悪臭がしたりしてたそうですが、お母さんが卵に穴を空けて中身を出した殻を洗って綺麗にしてから、卵入れに入れておくようにして、解決したそうです。

 生地は、元気な頃に収集していた端切れと着なくなった自分の服を細かくしていた。

 あとは、カーテンが閉められなくなるので、それをお母さんが毎日、部屋の天井に移して画鋲で留める。

 部屋の天井が、いろんな柄の卵に埋め尽くされていきました。

 そんなある日、お母さんは英子さんの妊娠に気づきました。

 そして、一樹さんのお母さんに真っ先に相談しました。

 お母さんから話を聞いた一樹さんは、家を飛び出して友人の家を泊まり歩くようになりました。

 英子さんを妊娠させたのは、一樹さんだったんです。

 ある日、友人の一人がたびたび泊まりに来る一樹さんからその話を聞き出しました。

 彼は、その話をしてすぐ、やっぱりちゃんと責任をとらなくてはいけない、けじめをつける、と言い置いて、友人宅を出て行きました。

 けれど、それが、生きている彼を見た最後の証言となったのです。

 翌日、彼は英子さんの部屋で、バラバラにされてみつかりました。

 みつけたのは、英子さんのお母さんでした。はじめ、それが何かわからなかったそうです。

 部屋の隅では、英子さんが眠っていました。

 そして、部屋中に、天井にぶら下げていたはずの卵が落ちていたんです。

 ひどい臭いがしていたそうです。けれど、英子さんはすやすやと眠っていたし、臭いの元も見あたらなかった。

 お母さんは、英子さんに女性の毎月の行事が始まったためだろうと見当をつけました。部屋いっぱいの悪臭でしたけど、間が長く空いたからだろうと。

 妊娠じゃなかったんだとほっとして、とりあえず空気を入れ替えようと思っても、床には一面、落下の衝撃で形が崩れた丸い殻。布にくるまれた何百もの卵。

 お母さんは窓への道をつくろうと足で卵をよけようとして、その異様な重さに驚きました。

 動かした拍子に強くなった異臭。その重さの妙な感じ。

 恐る恐るしゃがみこんで近くのそれらを観察して、彼女はそのうちの一つの布切れの間からのぞく赤黒いモノに気づきました。

 昔、大怪我をした時に見た開いた傷口そっくりの色。

 お母さんは悲鳴を上げて、でも、お父さんは一階にいたけれど、声もかけてきませんでした。

 お母さんは気持ち悪いのを我慢して足で重たい卵をよけて英子さんのところまで行き、無理矢理起こして部屋から連れ出しました。

 英子さんは嫌がって卵を踏みつぶしたりしましたが、火事場の馬鹿力が作用したのか、小柄なお母さんが英子さんを部屋から引きずり出し、一階へ下ろしました

 英子さんの姿に、お父さんはそっぽを向いて寝室に引っ込んでしまいました。

 お母さんは一人でやっとのこと英子さんを居間に落ち着かせ、それから、警察に電話をかけました。

 もちろん、お母さんは卵の中身が何かわかっていませんでした。けれど、近所の人が蛇が出たと行って一一〇番しておまわりさんを呼んだことがあったので、それよりは重大時だと思ってかけたのだそうです。ちなみに、普通の蛇で呼ばないでほしいなあって、話してくれた人は言ってました。

 やってきたおまわりさんは、英子さんに踏みつぶされた卵の中に、人間の目玉をみつけました。そこから、大騒ぎになったのです。

 もうおわかりだと思いますが、卵の中身は一樹さんでした。

 彼が、数百に細かくバラバラにされて、卵の殻の中に納められていたのです。

 DNA鑑定で、彼だと確認されました。遺体の多くに、生体反応が認められました。

 彼は、生きたままバラバラにされたのです。しかも、刃物を使われた痕跡は見あたらない。引きちぎられ、折られ粉々にされていたんです。

 そのバラバラのかけらが、ご丁寧にも卵の殻の中に納められ、布切れで飾られていたんです。

 英子さんからはなんの証言も得られませんでした。ご両親もなんの物音も聞いていませんでした。

 結局、英子さんが無理矢理妊娠させられたことを恨んで一樹さんを殺したのだろうということになりました。英子さんの部屋以外に血痕などが一切みつからなかったからです。

 荷物や衣服は、卵に埋もれて室内からみつかりました。

 けれど、不可解な点が多くあります。警察も未だその謎を解いていません。というより、解く気もありません。

 卵の殻にあけられた穴より大きな骨片が、どうやって中に納められたのか。

 どれも穴を布でふさがれていたのに、前日の晩に彼が目撃されている。たった一晩の作業ではとうてい無理です。

 そして、粉々に引き裂かれた現場が、どこにもみつからなかったこと。

 道具を使った痕跡がないこと。握りつぶしたような跡はあったそうですけどね。

 道具なしに人力で人を引き裂くことができるのか。それも粉々に。できるわけがない。

 英子さんも、部屋から引きずり出された時に足やらについた血痕以外汚れていなかったし、風呂場や洗面所にも血液反応はなかった。

 英子さんは、結局不起訴になりました。今は精神科の病院にいるそうです。

 おなかの子供がその後どうなったのかは聞いていません。

 一樹さんが何にどのようにして殺され、いかなる方法で卵の中に入れられたのか。

 解答はありません。


 語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。


短編『真夜中に、卵は満たされる。』

https://kakuyomu.jp/my/works/822139841531564535


『百物語が終わるまで』

https://kakuyomu.jp/works/822139841307342761

の作中話は800字程度に縮小させました。よろしければ本作もお読みいただけますと幸いです。

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