第6話 天井の男 森山 昴(もりやますばる)

 じゃあ、まずは友人とスキーに行ったときの話、します。

 大学のときに毎年グループで行ってて、年一回の旅行なんで部屋はツインで豪勢に行ったんです。早めに行って、時間いっぱい滑ろうってことで一泊二日。

 着いてすぐ滑って、チェックインが午後三時ってことだったんでそれに合わせて一回ホテルに入って、それぞれ案内されて部屋に入ったんだけど、私は、野田って男と同室に割り当てられちゃったんですよ。

 これが、神経質な奴で。いやな奴ではないんだけど潔癖症っていうかなんていうか。普段つきあってる分にはいいんです。けど、飲んだり旅行行ったりなんかって時にはいろいろ、ちょっとうるさい。私は貧乏くじ引いたかなあと思っていたんです。部屋割りについては、実は。

 何事もなく二日間が過ぎることはないだろうと思ってましたけど、そいつ、ホテルの部屋に入ったとたんに早速騒ぎ出したんですよ。

 窓際の天井が少し汚れてただけだったのに。少しくすんだ白の壁紙だったんで目立っちゃってて、黒っぽい染みがとんとんとんとん、って四つ。拳(こぶし)大のがね、あったわけ。

 あんな変な染みあるか、ちゃんと掃除してねえんだろうって騒ぎだして、案内してくれたホテルの人が慌ててフロントに内線かけて。

 結局、すぐに部屋を替えてくれて。隣の隣に移ったんで仲間ともさして離れずにすむし、野田は満足そうでした。

 それからすぐまた滑りに出て、夕食に戻って来た時、ちょうど男女の二人組が同じ階に案内されるのに行きあったんですが、なんか案内の人が気まずそうにしてるなと思ったら、その二人、私らがイヤがって出た部屋に案内されて入ってっちゃったんですよ。

「名案だな、最初からそうすりゃよかったんだ」って、野田は言っていました。

 まあ、天井の染みなんかどうでもいいでしょうよ、確かに。

 夕飯食べてまた滑りに行って風呂入って仲間の部屋で飲んで、自分らの部屋に戻ったのが、十一時くらいだったかな。また翌朝早くから滑るつもりだったんで、早めに寝ようって。

さあ寝るかってそれぞれベッドに入って明かりを消した。

 途端ですよ。

「ぎゃーっっっっ!!!」って。

 絹を裂くような悲鳴ってよく言うけど、そんなキレイなもんじゃなくて。

 もう、野田と二人そろってベッドの上で跳ねちゃいましたよ、びっくりして。十センチくらい、もー跳んだ跳んだ。

 続けて、バターンてドア叩きつけて開ける音がして。

 廊下に出たせいか前より大きい声できゃーきゃーぎゃーぎゃー。

 悲鳴あげまくってたけど、現在進行形で襲われてる感じの悲鳴じゃなかったんで、私らも廊下に出て。まあ、そーっと扉の隙間からのぞいてからですけどね。

 いやあ、すっごいカッコで、二人とも。

 かろうじて浴衣一人分持ち出せたらしいんだけど。部屋に一人分余分に浴衣あったんで、しょうがないからすぐ渡してやりましたよ。

 その階の連中がみんな飛び出して来ちゃったし、まあ、浴衣に腕を通す間に落ち着いたみたいで。ホテルの人も来て、なんとか事情が聞けて。

 それが、男が飛びかかってきたって言うんですね。

 言われてすぐ部屋のぞいて見たんだけど、布団が落っこってるだけで誰もいない。

「誰もいないぞ」って言ったら、恐る恐る男の方が戻って来て。で、説明するところでは、急に女の人が窓の方を見て悲鳴を上げたんで、見たら、窓際の天井に人が四つん這いになっていたって言うんです。

 逆さまに、拳を握った手を天井について、足をついて、乱れた浴衣を着て、その下にはちゃんと白いシャツ着た四、五十歳くらいのおっさんが。

 浴衣も短い髪も重力に従って垂れ下がってたけど、しっかりと両手両足を天井についてて。

 ありもしない牙を剥くようにして、声もなく唸っている感じの顔してたって。

 眼も獲物を狙っている猛獣みたいで、それが、二人を見ていたんですって。多分、部屋は真っ暗だったと思うんですけどね。見えたんですって。

 自分らの見ているものが信じられなくて、すぐには二人とも動けなくて。なのに、視線が合ってすぐ、天井のおっさんが上体を低くした。飛びかかろうって姿勢ですね。それでも、二人は動けなかったんだと。まだ、これは幻覚だ夢だと思おうとしていた、のかな。

 けど、さすがに天井のおっさんがばっとベッドに向かって跳んだのを確認するやいなや、もう、無我夢中で逃げたって。いやあ、この辺はもう、本能のなせる技だよね。飛び起きた枕元に、おっさんが突っ込んでバウンドした間にベッドから転がり落ちつつベッドにかけてあった浴衣を一枚ひっつかんで。多分このタイミングの悲鳴が最初の悲鳴だったんじゃないかな、隣の隣まで聞こえた絶叫。

 女の方は悲鳴を上げながら一目散に廊下への扉を目指して、男の方はかろうじてもう一回跳ねて向かって来たおっさんを伏せて避けてから浴衣持って追いついて、鍵開けて廊下に飛び出した。

 男の方は悲鳴上げていた自覚もなかったらしい。充分落ち着いて行動したつもりみたいでしたね。まあ、浴衣とって来ただけ、落ち着いてたよね、確かに。

 おっさんがいた場所っていうのが、野田がケチをつけた汚れのとこで。ちょうど、四つ足の足跡って感じだったんですね、確かに。

 次の日、帰りのバスに乗る時にその騒ぎのことしゃべってる奴らがいましてね。毎年来てる連中らしくて。あそこは去年心中があった部屋だろうって。

 不倫カップルが心中を図って、男だけ死んで女は助かった。おっさんと、二十代の若い女。妻子のいるおっさんと、会社の部下だった独身女性との不倫の末の心中。

 独身男、余ってんのにねえ。

 まあ、こんときばかりは野田に感謝しましたよ。男同士だったら出なかったのかも知れないけどね。


 語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。


『百物語が終わるまで』

https://kakuyomu.jp/works/822139841307342761

の作中話は800字程度に縮小させました。よろしければ本作もお読みいただけますと幸いです。

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