第3話

そんなキョウスケを見透かしたかのようにクローディアは言葉を投げかける。


「気にしなくても大丈夫です。元からあなたを戦いに巻き込むつもりはありませんでした。キョウスケさんが戦える人間でないことはわかっています。異世界の人は大抵そう言うものです。気にしないでください 」


「そう、、、ですね。でも事情だけは聞かせてもらっていいかな? もうだいぶ巻き込まれてるみたいだし 」


「ふふっ、、、そう、ですね。本当は何も伝えないつもりでしたが納得出来ないですよね。いいでしょう。差し障りのないところまではお伝えします 」


クローディアはキョウスケに事情を話し出した。話をしている彼女は出来るだけ感情を押し殺そうとしているのか終始無表情を貫こうとしていることが見て取れた。


キョウスケには何故か悲しんでいるような苦しんでいるような顔に見えて苦しくなった。聞いたことを直ぐに後悔しそうになったが自分から聞くと決めたことだ。黙ったまま、顔を背ける事なく最後までしっかりと話を聞くことができた。


彼女の父親は元々この街を治めていたらしい。といっても領主である上位貴族から任命された代官のような立場だったらしい。


彼女の父親が治めていた時はこの街も今より豊かで活気のある街だったという。


それがある日、突如として解任され新しい代官が赴任することになった。それが今の代官だそうだ。


そうなってから不当に重税を課され、役職は代官の身内で固められた。不正な取引が横行して街の政治に異を唱えた者達は暴力で弾圧されるようになる。


領主にこのことを訴えに行っても話を聞いてくれることはなかったそうだ。それどころか逆に処罰される始末。


そんな状態が続き街はどんどん荒廃が進んでいく。もはや限界を迎えて暴力による解決しか残されていないという状態にまでなった。


ここに集まっていた人達は言わばレジスタンスだったようだ。


クローディアは前の代官の娘だそうだ。彼女が旗印になって抵抗運動を行っているという。


「キョウスケさんを発見した時は代官の乗る馬車を見張っていたんです。そうしたら突然人が現れたのでびっくりしました。まさか異世界人が現れる現場に立ち会うなんて思ってもいませんでした

 放っておけばそのまま代官に殺されると思ったので直ぐにあの場から連れ出させて頂きました 」


「そうだったのか… 俺は運が良かったんだな。ありがとう 」


彼女の父親はもう亡くなっていると聞いたが死因までは教えてくれなかった。口には出さなかったがおそらくそう言うことなのだろう。


「明日の昼過ぎ、日が高く昇ったときに戦いが始まるでしょう。この街にいては危険です。夜明け前に安全なところまで送ります。別の街で生活されるのがいいでしょう 」


キョウスケはそんなクローディアの言葉に黙って頷くより他なかった。



薄暗い中を馬車が走っていく。客室にはキョウスケとクローディアの姿がある。


二人とも何を話すでもなく重苦しい空気が立ちこめている。あるいはそれはキョウスケが感じていただけかも知れないが、彼が見ることが出来ないでいるクローディアの表情も暗い。


だいぶ時間が経ち周囲はすっかり明るくなってきた。それからしばらく馬車は走り平坦な道が続く場所に出る。


そこで馬車は止まった。


二人は馬車から降りて向かいある。いよいよ別れの時となる。


「この道を真っ直ぐ進めばそこまでかかることなく街に辿り着くことができるでしょう。別の領に入るので私との関係に気を使う必要はないと思います。ここからなら魔物の心配もいらないはずです 」


この世界には魔物がいる。通常の生命とは異なる異形の存在だ。本にも書かれていたがそれらを駆除する専門職もいたりする。良く管理されている範囲なら滅多に遭遇することはないという。


「何から何まですまない。君の方は大丈夫なのか? 」


「、、、あの能力測定の玉のことは覚えていますか? あれはそもそもこちらの世界の人間の力を測るためのものです

 異世界から来た人達は特殊な力を得ることが出来ますがこちらの人間もまた自身の力を鍛えることによって能力を身につける事が出来ます

 私はこう見えて結構強いんですよ? 心配ご無用です 」


「、、、そうか 」


「、、、正直に言うと、あなたの能力が強力なものでないとわかった時、ちょっとがっかりしてしまったんです、私、、、」


「すまない… 」


「でも、それで良かったんだと思います。残念ではありましたが同時にホッとしてもいたんです。もしもあなたが強い能力を手に入れていたら一緒に戦って欲しいと口に出していたでしょう…

 キョウスケさんは不快に思われるかも知れませんがあなたが強くなくて良かった… 」


クローディアは努めて明るく笑っているようにキョウスケには見えた。それが悲しい。お前は役立たずだと罵ってくれた方がずっと気が楽だっただろう。


キョウスケが何も言えないで居ると彼女は小さめの巾着袋を渡してきた。


「これは…? 」


「いくらかばかりの路銀が入っています。これでしばらくは生活に困ることがないでしょう 」


「何から何までありがとう。大切に使わせてもらうよ… 」


「それではもう行きますね。見知らぬ世界で誰も頼る人が居なくても諦めなければ何とかなると思います。希望を捨てずに生きていてください 」


そう言うと踵を返して馬車に乗る。クローディアを乗せて馬車は去る。その姿を見えなくなるまで黙って見つめていた。親に置いていかれた子供のような顔で。


完全に一人きりになると諦めがつく。後ろを振り返り、とぼとぼと歩き出した。その足取りは重い。


歩いていてふと路銀だと言って渡された袋が気になった。とても重さがあるような気がしたのだ。袋の口を広げて中身を見てみる。


(こんなに… )


中には紙幣の束に金貨まで入っていた。重いはずだ。


これ程の金銭を入れることが出来る理由、それは彼女にとって、もう必要がないものだからだろう。


それがわかっていて尚、お前は何もしないんだな、、、


自分を責め立てる自分自身の心の声が聞こえたような気がした。それに対して言い訳のような思いが咄嗟に出てくる。


(しょうがないだろっ! 俺には戦う力なんて無いっ! )


クローディアは死ぬ気なのだろう。


レジスタンスが集まったところで相手になるのは正規の治安組織だ。まともにぶつかったところで勝ち目はない。よしんば勝てたところでその後は絶望的だ。


どれほど悪辣な代官だろうと領主から任命された正式な代官なのだ。力で排除すればそれは領主に逆らったことになる。死罪は免れないだろう。


この世界の、少なくともこの国の法に基づくならば彼女たちの方が悪なのだ。


愚かな行為だと人は言うのかも知れない。しかし、それだけ彼女たちは追い詰められているのだろう。すべて覚悟の上の行為だ。


キョウスケには批判することも止めることも出来ない。その資格がない。


振り返ってみて自分はどうだっただろうか?


あの日、会議室で席を立ったのは不正を持ちかけられるのだという予感があったからだ。それに荷担するわけにはいかないと思ったのだ。


人はそれを立派な行為だと見るだろう。キョウスケを正義の人と評するかも知れない。


だが、実際は違う。少なくともキョウスケはそう捉えている。


自分が席を立ったのは単に不正を行うことに意味を感じなかったからだ。不正を行って上場を果たしたとしてもその後に不正が発覚すれば上場は廃止になるだろう。


そうなれば自分達が頑張って作り上げてきた会社は苦境に立たされることになる。最悪、倒産することになるだろう。それは避けなければならなかった。


要するに自分のためにそうしたにしか過ぎない。


クローディアは自分の事を度外視して皆のために先頭に立とうとしている。キョウスケの眼にはそう写る。そうでなければ例え役に立たなくとも自分を巻き込んだはずだ。肉壁ぐらいには使えただろう。


自分とは違う。


本当に会社のためを思うならあの時席を立つべきではなかったと今は思う。迎合したフリをして裏でしっかりと売り上げを確保出来るように動くのが良かったのではないか。そんな思いがあった。


それは普通に考えれば難しい事だろう。必死で頑張ったとしても無理だった可能性が高い。だが、それでも何もしないよりはましだ。


そこまでしないまでも兵頭に詰め寄って役職を解かれた時に会社を潔く辞めるべきだっただろう。


会社にしがみついて、ただただ無意味に時間を過ごしていた。


『お前は椅子を暖めているだけでいい 』


兵頭の言葉が脳裏に再生される。


その時は悔しさもあった。反発心もあった。しかし、この期に及んで何もしていない自分にはまさしくその通りの言葉のように思える。


自分に目覚めた能力も皮肉なことにそれを裏付けているように感じた。


【熱ケツ:尻が熱くなる】


これがキョウスケに目覚めた能力だ。椅子を暖めるには効率の良さそうな能力だと半ば自嘲気味に捉えている。


(これ以上ふさわしい能力もないな… )


諦めにも似た感情が胸中を支配する。


だが、消えかかっていた灯火を辛うじて保たせているものがある。


変身ヒーロー。ここ最近動画の中でずっと見ていた。自らを省みず敵へと立ち向かう姿が脳裏に浮かんだ。


それはクローディアの姿とも重なる。


(あんな少女が命を懸けて… なのに、俺は… )


自分の不甲斐なさに自然と涙が溢れてきた。全身が震える。震えを抑えようと手を握りしめ歯を食いしばる。だが、震えが収まることはない。


弾かれるように振り返るとキョウスケは走り出した。


走りながら自問自答を繰り返す。


今さら向かったところで間に合うのだろうか?


よしんば間に合ったところで自分に何が出来る?


何も出来ないだろう… しかし、一度ぐらいは彼女の盾になって死ぬことが出来るなら自分の生にも意味が有るような気がした。それこそ自分がこの世界にやって来た理由なのではないかと思う。


走っているといつしかキョウスケは何も考えられなくなった。


無我夢中で走る。


焼け付くように喉が、肺が痛い。脇腹がズキズキと痛む。両足には千切れるような痛みが走る。


だが、かまわずに走る。


やがて痛みを感じなくなった。ただ、熱だけがある。


全身が熱い。吐く息が熱い。汗が噴き出してくる。


そしてなにより…


ケツが、、、熱い


キョウスケは気がついていないが彼の尻は赤い輝きを放っていた。


ケツの熱さと輝きの強さに比例して力がみなぎってくる。


足が地面を蹴ると体はグンと前に出る。


景色が高速で後ろに流れていく。


風のように、空を駆けるように街道を恐ろしい速さで進む。


やがて尻が一際強く輝くとキョウスケの姿は光の中に消える。


その光が収まった時、赤き戦士が姿を現した。


体にぴったと張り付くような赤いスーツを全身に纏う。それを更に赤い鎧で覆っている。面防付きの兜を被りその表情は見えない。


キョウスケが思い描いていた変身ヒーローの姿がそこにあった。


クローディアのいる街へと疾風のように進んでいく。


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