第2話
「異なる世界… そんなことが… 」
「信じられないことかも知れませんが事実です。あなたの他にも少なくない人間がこちらに渡って来ています。あなたは日本人なのでしょう? 日本から来た方も何人もいるはずです 」
「俺以外にも日本人が… 元の世界に帰る方法はあるんでしょうか? 」
「……残念ですが帰る方法はないと聞き及んでいます。こちらに来た人間は皆、帰還を諦めてこちらで生きていくことを余儀なくされています 」
「そっ… そんな… 」
帰れないと聞いて衝撃を受ける。日本に戻ってやるべき事があったはずだ。両親や友人も自分がいなくなれば心配をするだろう。すべてを放り出してきたことに罪悪感を覚える。
それに加えてこちらで生活基盤を築いていくことにも不安がある。言葉は何故か通じるようだが文化も常識も異なる場所でやっていけるか自信が持てない。
外国に来たと思えば言葉が通じる分、簡単のようにも思えたがクローディアの言葉を信じるならばここは異世界だ。なにが飛び出てくるかわからない不透明さがある。
「しばらくはここで生活してこちらの常識などを学んでいかれるといいでしょう。どう生きていくのかはそれから考えても遅くはないと思います
手始めに今着ていらっしゃる服はこちらでは目立ちすぎるのでこちらの服に着替えるのがいいと思います。この家にいくつか用意がありますのであとで試してみてください 」
「……はい、そうですね。まだ整理はついていませんが早めに決断をしていきたいと思います 」
「ええ、生きてさえいればなんとかなります。自暴自棄にならずにこの世界と向き合って頂ければ何とかなるでしょう 」
「はい… 」
「私はこれから行くところがあるので失礼します。食事は人をやって運んで参りますので心配はいりません
あと、この家はキョウスケさんの自由に使って頂いて大丈夫です。役に立つ本などもあります。今後の生活に役立つと思いますので是非読んで頂けたらと思います 」
ここを離れるというクローディアを引き留めたい気持ちもあった。しかし、いい年をした大人が少女にすがる絵面を思い浮かべると情けない気持ちもありぐっと堪える。
「……何から何までありがとうございます 」
辛うじて礼を伝えることが出来た。そのまま出ていくのを見送るとクローディアはドアを閉める直前で止まる。何かあったのかと訝しがるキョウスケに彼女はひとつ忠告をする。
「そうでした… この街は今、あまり治安が良くありません。夜は出歩かないようにして戸締まりをしっかりとなさってください 」
「……忠告ありがとうございます 」
今度こそ見送ると家の中にひとりになる。早速、玄関の鍵を閉めるととりあえず服を探して着替えてみる。幸いサイズの合う物があった。
一人でいるのは不安だったが考えても見ればゆっくり落ち着いて考える時間は必要だと理解した。
まずはクローディアに勧められた本を読んでみようと決める。手に取って開いてみるとこちらの言語なのか日本語でも英語でもなかった。
なのに読める。
不思議な感覚を味わいつつページをめくっていった。
◇
キョウスケがこちらに来てから一週間が経った。
地球からこちらに来てしまった人間向けに書かれた異世界常識本は非常に役に立ったし、地理や歴史の本なんかは楽しく読めた。
クローディアはあまりキョウスケの元を訪れることはなかったが言葉の通り食事を届けてくれたし、たまにこの世界のお金をくれた。
外出して街を見て回るついでに買い物をしてみたりして相場感覚をおぼろげながら掴んでいき、こちらで生活していくイメージがなんとなく湧いてきた。
もうしばらくしたらクローディアに自分が出来る仕事がないか相談して見ようかとも思っていた。
懸念があるとすればクローディアも言っていたがこの街の治安があまり良くないと言うことだ。人が行き交う大通りから少し外れただけで浮浪者が道ばたで寝ていたりゴミが散乱していたりと危険な雰囲気を漂わせている地域が多い。
街全体がギスギスしているというかどこか鬱憤が溜まっているようにも感じる。
クローディアと初めて会った時、彼女は目深にフードを被っていた。何かから隠れるように。夜は出歩かずに家の鍵を閉めろとも言っていた。そのことを思い出した。
治安が悪いことはこの世界の標準なのかという危惧が生まれる。異世界ガイドブックにはそのような記述がなかったので深くは考えていなかったが嫌な現実が突きつけられたかたちだ。
(これはゆゆしき事態だ… )
急に平和な日本が懐かしくなった。割り切ろうと考えていたのに帰りたいという気持ちがふつふつと湧き上がる。帰る手段はないというのに。
今度クローディアと会った時に、この街についてもう少し詳しく聞いてみようと思った。
そんな時にキョウスケはクローディアに呼び出されることになる。
彼女の後に着いていくと大きめの建物に到着する。中に入っていき両開きの扉を開けて目的の場所と思われる部屋に入っていく。
天井が高くなっていて広めの、講堂と呼ぶのが適切と思われるような部屋だった。
中には多くの人々が集まっていた。女性もいるがその大半は男だ。男女問わず強そうな見た目をしている。率直に言うとガラの悪そうな連中と言えるだろう。
部屋の隅に並びキョウスケ達を囲むように遠巻きに見ている。
皆殺気立っているようだった。ギスギスした雰囲気を感じる。
鋭い視線でキョウスケを睨み付けているようでとても穏やかな人達には見えない。
とても居心地の悪い思いをしている。今すぐにでも引き返したいところだったがクローディアに連れられている手前逃げ出すわけにはいかない。
何のために連れてこられたのか、これから何が起きるのか事前には知らされていない。騙されているのではないかという考えがよぎったが彼女を最後まで信頼しようと覚悟を決める。
クローディアに助けられなければおそらく数日で野垂れ死んでいた。今さら疑ったところでどうにもならないのだ。
決意をしたためているとクローディアはフードを脱いで部屋の奥にある長机を挟み、キョウスケに向き直るように席に着く。
キョウスケもフードを脱いで顔を露わにする。視線の鋭さが増したような気がした。
(日本人が珍しいんだろうか? )
なんとなくここに連れてこられた理由は自分が異世界人であることと関係しているような気がした。
直ぐにお手伝いさんのような恰好をした女性が部屋に入ってきた。ソフトボール大の水晶玉を運んできてクローディアの前に置く。女性はそのまま隣に控えて姿勢良く立っている。
水晶玉は青色のクッションの上に鎮座して怪しく輝いていた。ガイドブックによってこの世界には魔法など不思議な力があることはキョウスケも知っている。
この玉がそれに関係していると思った。
そう思うとこれから始まることに理解の
「それではキョウスケさん、この玉に掌を乗せて頂いてよろしいでしょうか? 」
「あっ、ああ 」
特に説明はないが聞いたところで理解は出来ないのだろうとも思う。だからこそ何も説明がないのだろうとも思った。
今は言われた通りにするしかないと手を乗せてみた。
すると体の奥底が熱くなるような感覚があった。
「こっ、これは? 」
「異世界の方はこの世界に来る時に例外なく何らかの力に目覚めると聞きます。この玉は触れた者に自身の能力を自覚させる働きを持つんです。そのまま意識を玉に集中してください 」
クローディアの言葉を聞きながら自分の中にある熱と水晶玉との繋がりを意識する。
そのまま十秒ほどが経っただろうか、キョウスケの頭の中に能力についての詳細が流れ込んでくる。同時に水晶がぼんやりと輝きだした。
(こっ、この能力は… )
自分に備わった能力が大したものではないことが直ぐにわかった。そればかりか期待外れを通り越してこんなしょうもない能力が存在することに呆れてしまう。
(何でこんな能力なんだ… )
失望に打ちひしがれているところにクローディアから能力について問われる。それはキョウスケにとってはあまりされたくない質問だった。
「どんな能力でしたか? 」
「え… いや… あ~、大した能力じゃなかったよ、、、」
答えたくなかったから、曖昧に答えてはぐらかそうとした。
そんな態度が気に入らなかったのか周囲を取り囲む人垣の中から屈強な男が進み出てキョウスケを怒鳴りつける。
「おいっ、お前! 戦いたくないからって嘘を言ってるんじゃないだろうな? 正直に答えろよっ! 」
(えっ… 戦うってどういうことだ!? )
その内容はキョウスケにとって意外なものだった。魔法のある世界だから魔王とかいるんだろうか? そう思ったがガイドブックにそれらしいことは載っていなかった。
転移者はそこまで珍しい存在でもないという話だし自分が率先して戦わなければいけない理由も思いつかない。
「なあ、どうなんだ? 」
固まっているキョウスケに男はなおも食い下がる。
「おやめなさいっ!! 」
そんな男にクローディアの一喝が飛ぶ。男は気圧されるとそのまますごすごと引き下がる。キョウスケも初めて見る彼女の剣幕に自分が叱責されたわけでもないのに心臓が跳ね上がる。
「強力な力を示す場合、玉は力強く輝きます。それは皆も知っての通りでしょう。今見た通り輝きは弱かった。嘘は言っていません 」
クローディアの言葉に納得したのかしていないのか、特に異論を挟むものはいなかった。場に沈黙が流れる。
それを破るように彼女は言葉を続けた。
「関係がないものを巻き込むのは本意ではありません。自分たちのことは自分たちでけじめを付けるべきです。助けがなくてもやるべき事は変わりません。私はかえって良かったと思っています 」
その言葉にこの場に居合わせたものは皆納得する。力強く頷いているものまでいる。皆の目には力があった。
キョウスケには何が何やらわからなかったが自分だけが蚊帳の外に置かれているようで淋しさのようなものを感じていた。
そこで会合は終わったようで集まった人達はポツポツとその場を後にしていく。
やがてその場にはキョウスケとクローディアだけが残された。二人だけの空間でなんとも言えない重苦しい空気が流れる。
何か話しかけて欲しいと思ったが彼女はずっとだんまりを続けている。仕方なくキョウスケは自分の方から話しかけることにした。
「あ、あの… 戦うって言ってたけどそれについて聞かせてもらってもいいですか? 」
「聞いてどうしようと言うのですか? 」
「えっ… いや… どうするって言われても… 」
思いのほか鋭い言葉が返ってきて困惑する。聞くべきじゃなかったかと思ったが後の祭りだ。
「お、俺もたたか… 」
戦うと言おうとしてはたと気付く。
(戦う? 俺がか? 戦えるのか? )
ここに集まっていた人達は本気で戦う気でいるのだろう。それは雰囲気から察せられた。何の能力も覚悟もない自分が肩を並べて戦えるとは思えなかった。喧嘩すらまともにしたことがないのだ。
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