未熟な15
川下さな
未熟な15
中学最後の春の話。
「暑い…」
5月なのにジャケットを着てきたせいで、額に汗が流れる。
昨今の夏は5月から始まるというのか。
坂を登りながらどうでもいいことを考える。
自転車の音が聞こえる。
同じ坂道を通る僕と同じ中3の
僕は彼女のことを何も知らなかった。
友達と何を話しているのか、誰のことが好きなのか、
僕には関係の無いことだった。
つまらない授業。それを終わらせるチャイム。
その繰り返し。いつも通りの毎日だった。
「ねーえー、三須くーん。今日ちょっと部活の準備しなくちゃだからさ、
水やりお願いできる?」
「うん、分かっ…」
「ありがとー!」
そう言って足早に教室を出ていったのは、同じ水やり係の井田さんだ。
結構な頻度で部活と言って係の仕事を休んでいるが、
本当に忙しそうなので何も言えないでいた。
弁当を食べたあと、靴を履き替え、
壁に掛かっていた緑のジョウロに水を入れていく。
パンジー。
この学校の花壇にはそれしか植えていないから、
花に興味のない僕でも覚えてしまった。
いろんな色の花全部が、同じパンジーという名を持つのは面白い。
そんなことを考えながら水をやり続ける。
玄関の前の大きい花壇と少し離れた後門の近くにも小さな花壇がある。
そこに植えているのもパンジーだ。
大きい花壇の水やりが終わったので、後門の花壇に向かう。
「ごめん、無理」
いきなり声が聞こえたので反射的にその方向を見てしまった。
体育倉庫と花壇の間に、2人の生徒が立っていた。
1人は背の高い男で、少し驚いた顔をして、僕のことを見た。
もう1人は背中しか見えなかったが、はっきりと分かった。
木下さんだった。
すぐに立ち去ろうとしたが、彼女が振り返るほうが、ずっと速かった。
彼女は真っ赤な顔で目に涙を溜めながら、こっちを見た。
男は僕の方に向かって歩き出した。
僕とすれ違うと、小さく舌打ちをしたように感じた。
昼休みの終わりを告げるチャイムがなる。
木下さんも僕とすれ違い、校舎の方に歩いていった。
僕はただ、立ちすくんでいた。
午後の授業。僕の頭には何も入って来なかった。
昼休みの出来事のことを考えてしまっていたから。
木下さんと一緒にいた男は、たぶん中1のとき同じクラスだった坂本だ。
なぜ2人は一緒にいたのか。告白…?。
僕は頭をぶんぶん振った。そんなことを考えるのは失礼だ。
たぶん…あれだ、部活とかの何かなんだろう。
そうだ、そういう事だ、もう何も考えないようにしよう。
教科書に目を向け、授業に集中する。
木下さんのさっきの顔を思い出して、叫びそうになりながらも、
授業に集中する。
告白だったら、木下さん、恥ずかしいだろうな。
告白して振られ、それを他人に見られる。
僕が同じような状況になったら、本当に耐えられないだろう。
いや、そもそも告白する勇気がないから、そんな状況にはならない。
校内で付き合っているという人は、ぼちぼちいるが、
羨ましいとは感じない。ただ、尊敬。
その人を好きだとはっきり思えて、それを相手に伝える。
僕は、付き合うとか、告白とかは
もっと大人になってからの事だと思っていた。
それを中学生でするんだ。
なんだか僕だけが子供のように感じた。
木下さんは、僕のことをどう思ったんだろう。
僕がいた事は、忘れて欲しい。
帰る準備をしようとすると、隣の席の河合に声をかけられた。
「あれ、今日8班掃除当番じゃなかったっけ」
「あ、そうだったかも」
そう返事をして、黒板の隣の掃除当番表を見た。
6班と8班。僕たちは8班だから、今日は掃除当番らしい。
6班と8班。6班。木下さん。
「おーい、早く机全部下げるぞー」
こうしている間にも、6班と8班の生徒が集まって、話が進んでいる。
「みんな集まった?」
「結実すぐ来るって」
「もう先に決めちゃお」
結実というのは木下さんのことだ。
絶対に同じ掃除場所にはなりたくない。
「俺廊下」
「じゃあ私もー」
「階段は私がやるよ」
「三須くんは?」
急に名前を呼ばれたので固まってしまった。
「えっと…教室で」
「じゃあ木下も教室でいいよね」
は?
「そうだね、帰って来たときすぐに分かるし」
急な展開に頭が真っ白になった。いやいやいや、それは困る。
「あ、木下さんは…」
「ん?どうしたの」
「早く行こーぜ」
急かされたせいで上手く話せずに、
結局木下さんと同じ教室担当になってしまった。
1人残された教室で、そのままでは駄目だと箒を取る。
無心で箒を振り続ける。誰かが歩いてくる音がして、扉が開いた。
木下さんだった。
「木下さんも、教室…」
「知ってる、さっき聞いた」
「拭き掃除するね」
教室の外の水道の音が聞こえる。
木下さんは、水に濡れた雑巾を持って机の前に立った。
べちゃ。
少し水を含みすぎた雑巾は、そんな音がした。
「ねえ、わざと?」
それが誰に対する質問なのか、すぐには分からなかった。
「誰にも、言ってないよね」
「えっと」
「今日の昼休み、見たでしょ」
木下さんの声は、だんだんと大きくなっていく。
「ねえ、誰にも言ってないよね」
「言ってません!」
はっきりと声を響かせる。
あのことを誰かに言いふらすなんて、考えもしなかった。
掃除の場所が一緒になったのもたまたまで、
見てしまったのも、たまたまで。
そんな言い訳を考えながら、次の言葉を探す。
黙ってしまった木下さんは、
泣いていた。表情を変えず、ただ涙を流していた。
「ほんと恥ずかし」
「ずっと、好き、だったのにな…」
僕は何も言えないでいた。
「振られたんだ、私」
「僕…は、」
「かっこいいと思います」
「木下さんは、かっこいいと思います」
誰にも言えないでいた、正直な言葉。
「僕は、自分の気持ちを、きちんと分かってあげられてなくて、
失敗したらどうしようとか、勘違いかもとか
好きだって思ってるのか、思ってないのか、それも分からなくなって
だから、自分の気持ちをちゃんと分かって、
それどころか、伝えられるなんて」
「本当にかっこいいと思う」
木下さんの顔が少し和らいだ気がした。
「ありがとう」
そう言って顔を上げた。笑顔だった。
その後、掃除の時間が終わるまで、木下さんの話を聞いた。
ずっと、ずっと好きだった。
そう言って彼女は何度も泣きそうになったりしたけど、
最後にもう一度「ありがとう」と言って、
その日は解散した。
明日もきっと君に会うんだろう。
僕たちはまだ15歳。
まだまだ未熟な15歳。
未熟な15 川下さな @kawasita_sana
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