第13話 茸鍋
扉はない。
だが屋根はある。
それだけで、もう拠点は立派な俺の城だった。
いや、訂正しよう。
俺の城――じゃない。
俺たちの城だ。
「……城って言っても、戸締まり無しだけどな」
「夜這いし放題じゃ、たまらんだろ」
「ゾンビの夜這いは勘弁してください」
「いい城になりそうじゃな」
「川も近いからジャブローと名付けよう」
「なんでもええわい」
丸太を切って作った即席の椅子に、俺とGは並んで腰を下ろした。
背もたれはない。
だが、疲れた腰にはそれで十分だった。
鍋を挟んで、二人。
火は安定して燃え、湯気が立ち上って暗い空に消えた。
「いただきます」
「いただきます」
スープを一口すする。
「……あ」
声が漏れた。
優しい。
とにかく、優しい。
塩の味が、派手に主張しない。
ただ、疲れ切った体の隙間という隙間に、じわじわと染み込んでくる。
「……生き返るな、これ」
「塩はな、生きる源じゃ」
「死のうとしたくせに」
「死んでないわい」
「俺が助けたからだろ」
「忘れたわい」
魚の身は淡白だが、噛めば噛むほど味が出る。
そして、問題のキノコ。
「……いきます」
恐る恐る口に入れる。
――もちっ。
「……あれ?」
噛む。
――しゃきっ。
「……え、コレうまくない?」
もちもちしているのに、エノキみたいなシャキシャキ感。
しかもスープを吸って、明らかにデカくなっている。
「G!このキノコ、当たりです!」
「ほう……」
Gも一口食べる。
「……味はせんな」
「ですね。でも……」
「……食っとる感はあるな」
そう、それだ。
シイタケみたいな主張も、マツタケみたいな色気もない。
だが、“食べてる”という満足感がある。
「鍋の具としては、最強では?」
「生き延びるには十分じゃ」
「死のうとしたくせに」
「しつこいのう!」
気づけば、二人とも無言で食べていた。
火の音。
鍋の音。
夕暮れの空。
「……なあG」
「なんじゃ」
「俺、ここまで来てよかった気がします」
「そうか」
「ゾンビ来なくても」
「きっと来るさ…ゾンビってやつ」
Gは鍋を置き、少し遠くを見る。
「……人はな、一人で生きるのが一番難しい」
「……ですね」
その時だった。
「……ぐ」
Gが、喉を押さえた。
「……G?」
次の瞬間、Gは前のめりに咳き込み――
盛大に、吐いた。
「え!?G!?」
「……ぅ、ぐ……」
様子がおかしい。
明らかにおかしい。
「ちょ、ちょっと待ってください!今、水――」
立ち上がろうとした瞬間、
俺の腹が、内側から掴まれた。
「……っ!?」
胃袋を、誰かが雑巾みたいに絞っている。
力いっぱい。
「な、なんだこれ……!」
次の瞬間、俺も吐いた。
「う゛ぉぇぇぇぇ……!!」
地面に膝をつき、
視界がぐにゃりと歪む。
「……G……キノ……コ……」
「……すま……小僧……」
Gの声が、遠い。
「……わしの……鑑定……外れ……た……」
「外すなよ!そこは!…G…G…!死なすもんかー!!!」
ツッコミを入れ、カッコよく叫んだところで、俺の意識は急降下した。
暗転。
――――
目が覚めた。
「……う」
頭が重い。
口の中が苦い。
「……G……?」
嫌な予感が、全身を駆け巡る。
体を起こし、隣を見る。
Gは、そこに座ったままだった。
鍋の前で、少し背中を丸めて。
「……G?」
返事はない。
肩に触れる。
――冷たい。
「……は?」
一瞬、理解できなかった。
「……いやいや……」
動揺する。
「G!起きてくださいよ!
まだ屋根、途中じゃないですか!」
返事はない。
呼吸もない。
「……嘘だろ」
さっきまで、笑っていた。
鍋を食っていた。
城だって言った。
「……キノコか……」
「……ふざけんなよ」
思わず、笑ってしまった。
「……ゾンビより先に、キノコで死ぬとか……」
Gは、動かない。
「……なあG」
独り言みたいに、声が出た。
「ジャブロー、もう少しじゃないですか」
途中だけど屋根がある。
壁がある。
「……屋根の下に寝て良いからさ、扉もないけど…」
返事はない。
火は、まだ燃えている。
鍋は、空だ。
俺は、その場に座り込み、
しばらく動けなかった。
「……生き残るって、難しいな」
ゾンビはいない。
だが、ジャブローは一人、主を失った。
俺は、笑うしかなかった。
「……明日から、キノコ図鑑、作ろう」
そう決めた。
泣くより、先に。
この山で生きるには、
まず食べ物を疑うところから始めないといけないらしい。
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