第10話 来客
目が覚めると、焚火はまだ生きていた。
夜通し燃えていた大きな薪は、さすがに力尽きかけていたが、赤い芯だけはしぶとく残っている。
家だったら種火なんか気にしなくてもいいのにな…
いいや、これでいい!
認めたくない、自分自身の、若さゆえの過ちというものを。
「なんにせよ、お前、意外と根性あるな…」
誰に向かって言ったのか分からない独り言を呟きながら、俺は薪を継ぎ足した。
火は一気に息を吹き返し、昨日よりも堂々と燃え上がる。
「待てよ?ゾンビって視力あんのか?」
映画ではあるようだった。
音と目、そして匂いだと思う。
「焚き火ダメじゃん!ここにいますよーってサイレン鳴らしてるようなものじゃないか!
「いや、いい!今からいい!焚き火やめるのは死活問題だ、それはズルい、
なしなし。サイレンが鳴ったら外へ出てはならないんだからゾンビだって出てこないんだ。」
今から焚き火は安全になった。
今日は壁を作る。
ついに「家っぽさ」に手を出す段階だ。
床しかない拠点から、半歩進化である。
そのためには――
また伐採だ。
正直、昨日までは苦行だった。
チェーンソーは重いし、木は言うことを聞かないし、何より文明が恋しい。
だが不思議なことに、今日は少しだけ楽しみだった。
「……俺、今、山で木を切るの楽しいって思ったな?
社畜時代の俺が聞いたら、スリリングな世界にあこがれるとはねって言うだろうな」
ゾンビが出るかもしれない森の奥へ、俺はチェーンソー片手に入っていく。
周囲を警戒しながら、五感をフル稼働。
――その時だ。
「ぐはっ……がっ……がはっ……」
聞こえた。
聞こえちゃった。
「ゾ、ゾンビ……?ないないない、いや、そうであれ、でたら怖いけど」
心臓が一気に早鐘を打つ。
来た。
ついに。
俺のゾンビ対策人生、初の実戦か!
「落ち着け……走るな……映画じゃだいたいここで噛まれる……不運なめぐりあわせにしがみついてること自体不運なのさ、運てものは力づくで自分の方へ向かせるものさ。」
チェーンソーを構え、そろりそろりと声の方へ近づく。
足音すら大きく感じる。
「ぐ……が……」
近い。
かなり近い。
そして見えた。
――爺さんだった。
木にロープを掛け、首を吊っている。
足が地面から少し浮き、必死にもがいている。
「いやジジイかよ!」
俺は慌てて駆け寄り、ロープを切り、爺さんを地面に下ろした。
「だ、大丈夫ですか!」
爺さんは地面に倒れ込み、ゴホゴホと激しく咳き込む。
「……あの世行く前に、死ぬかと思ったわい……」
「マリリン・モンローが天国で歯ぎしりしてるよ」
しばらくして落ち着いた爺さんは、木の根元に座り込み、深いため息をついた。
「すまんな……脅かすつもりはなかったんじゃが……」
「いや、驚いたから。完全にゾンビだと思いましたよ」
「ゾンビ?」
「ええ、俺は世界が終わる前提で森で生きてます」
「……難儀な若者だな、やめとけ、給料安いんだろ」
爺さんは、ぽつりぽつりと話し始めた。
妻に先立たれ、子もおらず、親族もいない。
最近は何もする気が起きなくなった。
「……この山で死のうと思ってのう」
『俺の山で勝手に死ぬんじゃねぇよ』
「お前の山?」
『金で買ったんだよ』
『なんと!夢があって良いのう、私は生きる理由が、分からんようになってな』
その言葉が、胸に少し刺さった。
そう言えば俺も、理由を探して山に来たようなもんだ。
「……よかったら、うち来ます?」
「うち?」
「六畳しかないですけどね、あ、あと、屋根はないです」
「それは“外”じゃな」
俺は爺さんを拠点――土台だけの家に招いた。
焚火の前に座り、温かいお湯を出す。
「若いのに、ようやっとるな」
「ゾンビ対策です」
「さっきから言っとるゾンビって映画の、人を喰うアレじゃな?」
「映画観たら怖くなって…備えなきゃって思ったんです」
「わっはっはっはっは」
爺さんは笑った。
声を出して笑った。
「わしはな、もう何も楽しいことがないと思っとった」
「俺は、ゾンビが来たら困るなって思ってます」
「方向性は違うが、なんだか似とるな」
焚火が、二人の影を揺らす。
「……壁、作る途中だったんですよ」
「ああ。手伝おうかの」
「え、いいんですか」
「死に損なったから暇が出来た」
その日、俺と爺さんは並んで木を見上げた。
ゾンビは来なかった。
でも、ジジイが来た。
まじめになっちゃだめだ。そのほうがうまくいくんだ。
頭の中に、左手に精神銃を付けた宇宙海賊の言葉が浮かんだ。
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