第9話 妄想
六畳の土台の上に寝袋を敷き、俺は横になった。
屋根はない。壁もない。あるのは床と焚火だけだ。
焚火はやけに元気で、パチパチと音を立てながら燃えている。
火が大きいのは安心感のため……というより、単純に遮蔽物無しで暗いのが怖いからだ。
「……よし、寝よう」
そう言って目を閉じた瞬間、世界が一気に静かになった。
音が、ない。
風の音もほとんどない。
虫の声も聞こえない。
焚火の音だけが、やけに大きく感じる。
――こういう時、人は余計なことを考える。
ゾンビだ。
「……そろそろ考えとくか」
まず、ゾンビの歩く速度。
これは重要だ。
映画によって違うが、だいたい二種類ある。
ノロノロ型と全力疾走型。
全力疾走型は論外だ。
あれはゾンビじゃない、ただの理不尽だ。
「死んでるくせに走るなよ」
マナー違反である。
だからあいつらはゾンビではなく、感染者の部類だ。
俺の希望としては、ノロノロ型。
時速にして……せいぜい1〜2キロ。
人間の徒歩以下。
つまり、俺が本気出さなくても勝てる速度。
「出会う度に疲れたくないもんな」
次に、ゾンビの習性。
これは簡単だ。
人を襲う。
理由は不明だが本能みたいなものだろう。
そこは深堀りしちゃダメなやつ。
「生きてる方が少数派になったら、ゾンビ側が正義なのでは?」
そんな哲学的疑問が浮かぶが、今は置いておく。
問題は、どこまで賢いか。
ドアを開けるか。
階段を登るか。
高床式を理解するか。
「……理解されたら嫌だな」
俺の高床式、頑張った意味がなくなる。
できれば、段差の前で立ち尽くして
「まいったぁ……ムリ〜」とか言ってほしい。
ま、単純な道具を使う程度だろう。
次に、音への反応。
これは重要度Sランク。
映画では、だいたい音に敏感だ。
瓶を割ると集まる。
銃声で大量発生。
ということはだ。
「……俺、めちゃくちゃ不利じゃない?」
焚火、パチパチ言ってる。
俺、寝袋でゴソゴソ動く。
腹が鳴る。
「ゾンビ、腹の音でも来る説あるな……」
ここで、俺は一つの仮説に辿り着いた。
ゾンビは――
・歩くのが遅い
・音に反応する
・考えない
つまり――
「……ラジオ体操してる人間みたいなもんか?」
いや、違う。
例えが違う。
だが、単純な刺激に反応する存在であることは間違いない。指でキツネを作ると、高く掲げて「ウイー!」と叫んじゃうみたいな感じだな。
ならば、対策は簡単だ。
音を出さなければいい。
だがここで直ぐに問題が発生する。
静かに生きるのは無理だ。
くしゃみをする。
独り言を言うし、ツッコミを入れる。
「……俺、常にうるさいからな」
そこで、結論に至る。
「音を出さなきゃいいんじゃない……
音を分散させればいいんじゃないか?」
「そうだよ!考えるんじゃない、
感じるんだと似たようなものだよ!」
焚火を大きくして、常に一定の音を出す。
川の音がある場所に住む。
風鈴を大量に吊るす。
「……風鈴ゾンビ避け説、どうだ?」
チリンチリン鳴りっぱなしなら、
どこに人がいるか分からなくなる。
最終的にゾンビもこうなる。
「わかんない……うるさい……もういいや……」
そして帰る。
「……勝ったな」
俺は焚火を見つめながら、満足げに頷いた。
「風鈴?風がない日はどうすんだ?」
寝袋の中で、少し笑った。
ゾンビはまだ来ない。
だが、来てもなんとかなる気がしてきた。
土台しか無いのに。
根拠はない。
だが、今の俺は妙に前向きだった。
前向きは強さの象徴だ。
倒れる時は前に!人生、前回りさ!
焚火の音を子守唄に、俺は目を閉じた。
ゾンビのいない夜は、
静かで、少しだけ、贅沢だった。
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