第3話 伐採

正直に言うと、俺はまだ拠点をほとんど作っていない。

いやちゃんと言おう、全く作ってない。


どどんっ!!


想像では三回ほど完成しているのだが、現実では車で一夜を過ごしただけだった。

エンジンを切ると静かすぎて、つけるとうるさい。

ゾンビが来たらどうするんだ、という以前に、普通に居心地が悪い。


「……明日から本気出そう」


ゾンビ対策として最も危険な言葉を呟きつつ、俺は朝を迎えた。

ただそれだけだ、誰にも迷惑をかけていない。


今日は土台を作る日だ。

土台がなければ拠点は建たない。

そして拠点がなければ、俺の脳内会議資料がすべて無駄になる。


まず考えたのは「木の上」だった。

ゾンビは木に登れない。はずだ。

映画ではあまり登っていなかった気がする。

つまり、ツリーハウス最強説である。


早速、山の中を歩き、良さそうな木を探す。

太い。

高い。

安い。

安いはいらない。

いかにも「拠点にしてください」と言わんばかりだ。


「ここだな……」


ロープを持ち、梯子代わりに枝を掴み、登ろうとして気づいた。


「……俺、建築の知識ゼロじゃない?」


木の上に床を作る方法が、まったく分からない。


落下=骨折。

骨折=詰み。

ゾンビが来る前に自滅する未来が見えた。


「木の上はやめよう」


判断は早かった。

生存率を下げる選択は切り捨てる。

それが俺の流儀だ。


次に出た案が、高床式。

地面から浮かせれば、ゾンビの手が届きにくい。

強烈な腕力のゾンビがいたら終わるが、その時はその時だ。

床にかけた指を踏んでやる。


問題は、まず木を切らなければならないことだった。


金にモノを言わせて買ったチェーンソーを構え、深呼吸する。

ゾンビが出たらこの音は致命的だが、今はいない。


「今のうちだ……」


ブォォォンという音が山に響く。

鹿が逃げる。

鳥が飛ぶ。

ゾンビはいない。


木が倒れた瞬間、俺は少しだけ達成感を覚えた。

ゾンビを一体も倒していないが、木は倒した。


伐採しながら、考える。


もし今、ゾンビが来たらどうする?

チェーンソーを武器にする?

映画ではだいたいそれは危険だ。

燃料切れもあるし、重いし、何より返り血が最悪だ。

腐ってるんだから血は臭いだろう、肉片も臭いに違いない。

臭いのは嫌だ。


「……逃げよう、うん、それがいい」


これも即座に結論が出た。


今の俺は、高床式未完成、逃走経路未整備、体力普通。

勝てる要素が一つもない。


だから、木を切る向きも考えた。

倒木をバリケード代わりに使える方向に倒す。

ゾンビが来たら、俺はその向こう側に逃げる。

頭の中では完璧な動線だ。


現実では、木は思った方向に倒れなかった。


「……ゾンビ関係なく難易度高いじゃんか」


そうして夕方。

土台はまだ途中。

高床式の「高」の字もない。


だが、俺は満足していた。

今日は前進した。

想像ではなく、仕事した。


夜はまた車で過ごす。

だって出来てないんだもん。


今日もゾンビは来なかった。

たぶん明日も来ない。


だが俺は、

「来なかった一日」を積み重ねることで、

いつか来るかもしれない一日に備えている。


なお、今夜の最大の敵は、

伐採した木が風でギシギシ鳴る音だった。


「こえぇええ」

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