第26話
「…………」
国王執務室。
ナーナリア・フォン・グランツは、固まっていた。
国王アデルベルトも、固まっている。
『君は……もしかして。監視、されたいのか?』
国王の、その、あまりにも核心を突きすぎた(と、ナーナリアは一瞬思った)問い。
空気が、奇妙に張り詰めている。
「(ち、違いますわ!)」
ナーナリアは、カッと熱くなった顔を隠すように、叫び返した。
「そ、そういう意味では、ございませんわ!」
「では、どういう意味だ」
国王は、心底、疲れたという顔で、崩れた書類の山(ナーナリアが叩いたせい)に、視線を落とした。
「わたくしは! 陛下の! その、人材管理(?)と申しますか……アフターケア(?)と申しますか!」
「(……何を言っているんだ、この娘は)」
「そ、そうですわ!」
ナーナリアは、ようやく、着地点(と、彼女が信じる、完璧な論理)を見つけた。
「わたくしは、陛下の、その、あまりにも『無責任』な采配に、抗議しに来たのです!」
「……無責任?」
国王の、眉が、ピクリと動いた。
(この娘、とうとう、王(わたし)を『無責任』呼ばわりし始めたぞ)
「そうですわ! あの、氷人形! カイ・ランバートのことですの!」
「ほう。彼が、どうかしたか」
「あの人! わたくしが、この数週間! 手塩にかけて!」
「(……手塩?)」
「『草の味』しかしない、不幸な人生から! 『パフェ』の素晴らしさ! 『オペラ』の奥深さ! 『紅茶(わたくしブレンド)』の癒やしを!」
「(……君は、一体、何を、していたんだ)」
「教えて差し上げたのですわ!」
ナーナリアは、机を、再び(今度は軽く)叩いた。
「それなのに! 北の辺境ですって!?」
「う、うむ。北の砦は、重要な拠点でな。彼の武勇は……」
「食べ物! 食べ物は、どうなりますの!」
「……は?」
「あそこには! オペラも! クレープも! マロンパフェも! ありませんのよ!」
「(……知らんがな)」
国王は、本気で、頭痛がしてきた。
「あの人! また、『草』を食べる人生に、逆戻りですわ!」
「…………」
「わたくしが、いなければ! 誰が、あの人の、偏った食生活(主に甘味不足)を、管理するというのですか!」
「……ナーナリア嬢」
「はい!」
「君は、あの氷の騎士の、母親か、何かか?」
「(……!)」
ナーナリアは、ぐっと、言葉に詰まった。
「い、いえ! そうでは、ありませんが! 監視役(カイ)が、監視対象(わたくし)のせいで、味覚がおかしくなった(?)のなら! それはもう、陛下の『職務』の、範疇ではございませんか!」
「(……意味が、わからん)」
国王は、ついに、こめかみを押さえるのを、やめた。
(……ああ、そうか。そういうことか)
国王は、この、あまりにも「規格外」で、あまりにも「不器用」な令嬢が、必死で、何を訴えようとしているのか。
その、本当の、核心に。
(たぶん、本人以外で、初めて)
気づいてしまった。
(……惚れた、か。あの、氷人形に)
(しかも、自覚、ゼロ、か)
(……面倒くさい……!)
国王は、笑いをこらえる(というより、疲労で笑えてきた)のを、必死で、堪えた。
「……わかった、ナーナリア嬢」
「(……! わかってくださいましたの!?)」
「君の、言いたいことは、よくわかった。君は、つまり……」
国王が、からかい半分、呆れ半分で、彼女の『本音』を、代弁してやろうとした、その時。
「わたくし!」
ナーナリアは、国王の言葉を、遮った。
彼女は、もう、自分の感情の、行き場が、わからなくなっていた。
(イライラする! なぜ、わたくしが、あの氷人形(パフェ泥棒)の、食生活の心配など!)
(でも、嫌ですわ!)
(あの人が、わたくしの知らない、寒い場所で、マズい『草』を飲んでいるなんて!)
(あの『悪くない』と言った顔を! わたくし以外の、誰かに、見せるかもしれないなんて!)
「わたくし!」
ナーナリアは、自分が、何を言っているのか、もはや、わかっていなかった。
「監視役(カイ)がいないと! わたくしが、誰と! 新作パフェの、味について、喧嘩すれば、いいのですか!」
「(……喧嘩、なのか)」
「陛下! わたくしは、あの『護衛』が、必要ですの!」
「…………」
「わたくしには、あの、氷人形で、味音痴で、頑固で、でも、紅茶の味は、わかる(わたくしのだけ)、あの人が!」
「…………」
「必要、ですの!」
ナーナリアは、国王の机に、身を乗り出した。
その瞳は、涙目(怒りと混乱)で、潤んでいる。
「わたくしの! 人生の! 護衛として!」
「(…………)」
シーン……。
国王は、今度こそ、完璧に、固まった。
(……『人生の、護衛』)
(……それ、プロポーズ、では?)
(しかも、王(わたし)に、許可を、求めている、のか?)
(いや、それ以前に、本人(カイ)は、どこにいる!?)
国王が、この、前代未聞の「勘違い告白(in 王の執務室)」に、どう、ツッコミを入れるべきか、真剣に悩んだ、その瞬間。
コンコン。
控えめな、ノック。
「……失礼いたします」
低い、抑揚のない声。
「辞令の件、最終確認に……」
ギィ……。
扉が、開いた。
そこに立っていたのは。
「…………」
完璧な、騎士服姿の。
カイ・ランバート、本人だった。
「…………」
「…………」
「…………」
カイは、固まった。
ナーナリアは、固まった。(顔から、血の気が引いていく)
国王は、固まった。((……最悪の(最高の)タイミングで、来やがった……!))
「……ナーナリア、様?」
カイの、氷の瞳が、なぜ、ここに、いるはずのない女が、王の執務室で、真っ赤な顔で、自分(カイ)を、指差しているのか、理解できず、わずかに、見開かれた。
「(……!)」
「(……き、き、き、聞かれましたわああああああああ!)」
ナーナリアは、人生、最大の、絶体絶命のピンチに、陥ったことを、悟った。
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