第25話
「…………」
ナーナリアは、自室のベッドの上で、膝を抱えていた。
時刻は、もう、おやつの時間(ゴールデンタイム)をとうに過ぎている。
しかし、彼女の目の前には、パフェも、タルトも、愛犬ケルベロスすらなかった。
「(……北の、辺境)」
昨日、兄アレクシスから聞いた、衝撃の事実。
カイ・ランバートの、異動。
(……わたくしには、関係のないことですわ)
(そうですわ。あの氷人形が、雪山で凍えようが、魔獣に(間違えて)パフェのように食われようが)
(わたくしの『自由』には、何の関係もありません)
「……」
だが。
胸の奥が、昨日からずっと、冷たくて、重い。
大好きだった『オペラ』の味すら、思い出せない。
コンコン。
「お嬢様。入りますわよ」
侍女のアマンダが、心配そうに、顔を覗かせた。
手には、温かいミルクティーが乗ったトレー。
「アマンダ……わたくし、食欲がありませんの」
「(……!)」
アマンダは、トレーを落としそうになるほど、驚愕した。
「お、お嬢様が! 食欲が、ないと!?」
「(まさか、恋の病……!? いや、相手は、あのカイ様……?)」
「失礼な! アマンダ! 心の声が聞こえておりますわ!」
ナーナリアは、ベッドから、ガバッと起き上がった。
「わたくし、恋などしておりません! ただ……!」
「ただ?」
「……イライラしているだけですの!」
「イライラ、でございますか」
「そうですわ! あの、氷人形め!」
ナーナリアは、床を(無意味に)踏み鳴らした。
「わたくしに、あれだけ『職務だ』と、偉そうに、つきまとっておきながら!」
「(……お嬢様が、引き連れていたのでは)」
「わたくしが淹れた、あの特製ブレンドティーを! 『悪くない』などと、上から目線で評価しておきながら!」
「(……カイ様、満面の笑み(幻)でしたのに)」
「『オペラ』を横取りした借りも! まだ、返しておりませんのに!」
「(……そこが一番ですのね)」
「そうですわ!」
ナーナリアは、ついに、結論に達した(と、彼女は思った)。
「わたくし、あの男に『逃げられる』のが、許せないのですわ!」
「……はあ」
「北の辺境ですって? わたくしから、逃げるために? 笑わせますわ!」
(※カイは、まったく、逃げたつもりはない)
「アマンダ!」
「は、はい!」
「支度を! 王宮へ行きますわ!」
「ええええ!?」
アマンダは、今日、何度目かの驚愕に見舞われた。
「お、お嬢様! まさか、カイ様の異動を、阻止しに……!?」
「(ギクッ!)」
ナーナリアの肩が、一瞬、跳ねた。
「ち、違いますわ! そんな、個人的な感情(?)で、王家のご命令に、口出しなど!」
「では、何をしに……」
「決まっておりますわ!」
ナーナリアは、戦闘に行く騎士のような、勇ましい(?)顔つきで、宣言した。
「国王陛下に、抗議しに、行くのですわ!」
「(……それが、口出し、というのでは……?)」
---
王宮、国王執務室。
「(はあ……疲れた)」
国王アデルベルトは、リリアとエドワード王子が起こした、一連の騒動の後処理で、疲労困憊していた。
(ようやく、静かになった。これで、しばらくは、あの規格外令嬢(ナーナリア)の、顔も見なくて済むだろう)
(……カイ・ランバートも、北へやった。あれで、良かったのだ。あの二人が、これ以上、王都で噂になっても、面倒だ)
国王が、ようやく、一息つこうと、お気に入りの紅茶に口をつけた、その瞬間。
ダアアアアアン!!!
執務室の、重厚な扉が、まるで、魔獣の体当たりでも受けたかのように、凄まじい音を立てて、開かれた。
「(ブーーーッ!)」
国王は、熱い紅茶を、盛大に、噴き出した。
「陛下あああああ!」
そこに立っていたのは。
国王が、今、一番、会いたくなかった人物。
「ご無礼を! 承知の上で! 申し上げますわ!」
鬼の形相の、ナーナリア・フォン・グランツ。
「(……げっ! なぜ、君が、ここに!)」
「衛兵! 衛兵は何をしておる!」
「(わたくしの『気迫』に、全員、道を開けましたわ!)」
「な、なんだ! ナーナリア嬢! 今日は、何の用だ!」
国王は、紅茶(と威厳)まみれの顔で、叫び返した。
「新作パフェの、税率についてか!?」
「違いますわ!」
ナーナリアは、国王の机(高価な執務机)を、両手で、バンッ! と、叩いた。
その衝撃で、積み上がっていた書類の山が、バサバサと崩れ落ちる。
「(ああ! アレクシスの報告書が……!)」
「陛下!」
「な、なんだ!」
「これ! これについて、ご説明願いますわ!」
ナーナリアは、机の上に散らばった書類の中から、一枚の紙(昨日、国王がサインしたばかりの)を、ひったくった。
それは、カイ・ランバートの『北の砦への異動辞令書(控え)』だった。
「ああ、それか」
国王は、ナーナリアの剣幕に、一瞬、たじろいだ。
「カイ・ランバートのことだな。彼は、優秀な騎士だ。北の守りは、彼にしか任せられん」
「(……やっぱり、本当ですのね)」
ナーナリアは、その辞令書を、握りつぶしそうになるのを、必死でこらえた。
「違います! わたくしが、申し上げたいのは、そういうことでは、ございません!」
「では、なんだ!?」
(まさか、この娘……本当に、あの氷人形に、惚れたのか!?)
(それは、面倒だぞ! グランツ侯爵家(主に兄と父)が、黙っていない!)
国王が、最悪の事態(グランツ家による王宮襲撃)を、想定した、その時。
ナーナリアは、深呼吸を一つすると。
人生で、最も、悲痛な(?)声で、叫んだ。
「わたくしの! 監視役は! どうしたのですか!」
「…………」
シーン……。
国王は、噴き出した紅茶が、鼻から逆流しそうになった。
「…………は?」
国王は、自分の耳を、疑った。
「え……き、君……今、なんと言った?」
「ですから! わたくしの、監視役ですわ!」
「(しまった! 思っていた言葉と、違う言葉が、口から滑り出ましたわ!)」
ナーナリアは、顔が、カッと熱くなるのを感じた。
「い、いや! そうではございません! そうではなくて!」
「(いや、でも、もう、引き返せませんわ!)」
ナーナリアは、開き直った。
「そ、そうですわ! わたくしという、こんなに『規格外』で、いつ、何をしでかすか、わからない危険人物(主にパフェ的な意味で)を!」
「(……パフェ?)」
「監視もなしに、野に放って! よろしいのですか!?」
「……」
「王都の、平和が! 秩序が! 乱れたら、どうしてくださいますの!」
「……なあ、ナーナリア嬢」
国王は、こめかみを、ぐりぐりと押さえながら、尋ねた。
「君は、監視されている間、カイ・ランバートと、何をしていた?」
「(……!)」
「パフェを、食べていたな?」
「(うっ……!)」
「タルトも、食べていたな?」
「(くっ……!)」
「紅茶研究(という名の味音痴いびり)も、していたな?」
「(な、なぜ、そこまで、ご存知で……!)」
「君は、もう『自由』だ、と。そう、言ったはずだ」
国王は、心底、疲れた顔で、ため息をついた。
「君は……もしかして」
「…………」
「……監視、されたいのか?」
「(……!)」
ナーナリアは、国王の、その、あまりにも、核心を突きすぎた(?)質問に。
「(そ、そんなわけ……!)」
(わたくしは、ただ、あの氷人形が、寒い場所で、マズい草の茶を飲んでいるのが、許せないだけで……!)
(わたくしが、いなければ、あの人の、食生活が、心配で……!)
「(…………あれ?)」
ナーナリアは、自分が、一体、何を言いに来たのか。
そして、自分が、本当に、何を望んでいるのか。
まったく、わからなくなってしまい。
王の執務室の、ど真ん中で。
完璧に、フリーズしてしまった。
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