第23話

リリア嬢の『自爆お茶会』事件から、数日。

王都は、その話題で持ちきりだった。


曰く、『悪役令嬢、実はただの被害者(ただし口は悪い)』。

曰く、『氷の騎士、甘党だった』。

曰く、『グランツ侯爵家の魔犬(ケルベロス)、名探偵だった』。


「……平和ですわ」


ナーナリア・フォン・グランツは、グランツ侯爵邸の自室で、完璧な毛並みになった愛犬ケルベロス(三つの頭すべてにリボン装着済)を眺めながら、呟いた。


「お嬢様。本日は、買い食いにお出かけには?」


「あら、アマンダ。そうね……」


ナーナリアは、窓の外を見た。

そこには、今日も今日とて、中庭の隅に、黒い置物(カイ・ランバート)が立っている。


「(……あの氷人形。わたくしが、いつ『パフェですわ!』と叫ぶか、待ち構えているようですわね)」


「……まあ、行きましょうか」


ナーナリアが、重い腰を上げた、その時。


コンコン。


「失礼いたします、お嬢様」


老執事のセバスチャンが、昨日とは違う、真剣な(?)面持ちで入室してきた。


「どうしたのセバスチャン。またゴシップ新聞の記者が、ケルベロスの取材に来たのですか? あの子、もう『お手』以外、芸はありませんわよ」


「いえ、お嬢様。王宮より、再び『召喚状』にございます」


「……はあ?」


ナーナリアは、露骨に顔をしかめた。


「またですの? 今度は、何ですの。わたくし、もう、あの庭園のビュッフェには、何の期待もしておりませんわよ」


「それが……国王陛下より、ナーナリア様と、カイ様、お二人ご一緒に、と」


「(……わたくしと、あの氷人形が?)」


ナーナリアは、非常に、面倒くさそうな顔で、立ち上がった。


---


王宮、謁見の間。

数週間前、カイを「監視役」として紹介された、あの場所。


「ナーナリア・フォン・グランツ」


「カイ・ランバート」


「「参上いたしました」」


二人の声が、珍しく(ずれて)重なる。

玉座の国王アデルベルトは、前回とは打って変わって、穏やかな(疲れたような)顔で、二人を見下ろしていた。


「うむ。面を上げよ」


「陛下。本日は、どのような御用件でしょうか。わたくし、新作タルトの焼き上がり時間が、少々気になりまして」


「(……相変わらずだな、君は)」


国王は、苦笑いを浮かべた。


「ナーナリア嬢。まずは、先日のリリア嬢の件。……ご苦労であった」


「いえ。わたくしは、ただ、パフェを……いえ、お茶会を楽しんでいただけですので」


「(君の『楽しみ方』が、結果的に、王家を揺るがすスキャンダルを暴いたのだがな……)」


国王は、咳払いをした。


「リリア嬢、及び、男爵家への処分は、決定した。そして、エドワードの謹慎もだ」


「(ああ、あの土下座王子ですわね。まだ、立ち直れておりませんの?)」


「それと、同時に。ナーナリア・フォン・グランツ嬢」


「はい」


「君に関する、一切の『お咎めなし』も、正式に決定した」


「(……お咎め? ああ、最初の、ケルベロス騒動の件ですわね。やっとですの)」


「そなたは、もはや、王家が監視すべき対象ではない。完全に、自由の身だ」


「……それは、ようございましたわ」


(まあ、最初から、自由でしたけれど)

ナーナリアが、そう付け加えようとした時。


「よって」


国王は、カイ・ランバートに、視線を移した。


「カイ・ランバート」


「はっ」


「君の、ナーナリア・フォン・グランツ嬢への『護衛』及び『監視』任務は」


「…………」


「本日、この時をもって、終了とする」


シーン……。


謁見の間に、静寂が落ちる。


「……え?」


ナーナリアは、思わず、素の声を漏らした。


(……終了? 今、終了と?)


「長きにわたり、面倒な任務、ご苦労であった、カイ」


「……御意」


カイは。

いつも通り、完璧な無表情で。

完璧な一礼を、国王に捧げた。


(……いや、あの、ちょっと)


ナーナリアは、混乱した。


(終了? 終わり? ですの?)


(あの氷人形が? わたくしの、買い食いのお供(という名の壁)が? パフェ横取り係(大問題)が?)


(……いなくなる?)


「ナーナリア嬢。君も、これまで、堅苦しい護衛がついて、難儀だったろう」


国王が、労うように、ナーナリアに笑いかける。


「あ、は、はい。まあ……その……」


(堅苦しい、というか、味音痴で、頑固で、時々、幻のように笑う、面倒な氷人形でしたけれど……)


「これからは、ケルベロス卿(?)と、存分に、王都の平和を(買い食いで)楽しんでくれたまえ」


「(……わたくしと、ケルベロス、二人きりで?)」


ナーナリアは、なぜか、その言葉に、胸が「ズン」と重くなるのを感じた。


---


グランツ侯爵邸へ戻る、馬車の中。


「…………」


「…………」


(((し、静かすぎますわあああああ!)))


ナーナリアは、心の中で、絶叫していた。


いつもなら。

この馬車の中は、ナーナリアが「あの店の新作が!」と騒ぎ、カイが「(無言)」で聞き流し、ナーナリアが「貴方も食べたいのでしょう!」と絡み、カイが「不要だ」と返し……

そんな、不毛な(?)やり取りが、繰り広げられる場所だった。


だが、今は。

無音。

カイは、もはや「監視役」ではない。

ただの「同乗者(ナーナリアの屋敷に、自分の荷物(上着とか)を取りに戻るだけ)」だ。


「……ふん」


ナーナリアは、耐えきれず、腕組みをして、わざとらしく、窓の外を向いた。


「やっっっと、ですわね!」


「……」


「わたくし、これで、ようやく、本当の自由を手にいれましたわ!」


「……そうか」


「(……! 相変わらず、その返事ですのね!)」


「もう、貴方のような、氷人形(兼、味音痴)に、いちいち、買い食いの行き先を報告(?)する必要もありませんのよ!」


「ああ」


「ケルベロスと、二人きりで! 存分に、クレープも、タルトも、パフェも、食べ放題ですわ!」


「……(ピクッ)」


カイの眉が、わずかに「パフェ」の単語に反応した。


「(……そこだけ、反応するのですか!)」


ナーナリアは、なぜか、無性に、腹が立ってきた。

(いや、腹が立つ、というより、胸が、モヤモヤする……?)


やがて、馬車が、グランツ侯爵邸に到着した。


「……では」


ナーナリアが、馬車を降りる。

カイも、音もなく、それに続いた。


カイは、屋敷の玄関ホールで、セバスチャンから、預けていた(洗濯済みの)騎士団の上着を受け取ると。


そのまま、ナーナリアに、無言で、一礼した。


「(……え?)」


そして。

くるりと、背中を向け。

玄関の扉に向かって、さっさと、歩き出した。


「(…………)」


(あっさりしすぎですわ!)


(な、なにか、こう……あるでしょう!?)


(『世話になった』とか! 『お前のせいで、甘党がバレた』とか! 『あの紅茶は、悪くなかった』とか!)


「あ、あの!」


ナーナリアは、自分でも、信じられないことに。

その、氷の背中を、呼び止めていた。


「……?」


カイが、立ち止まる。

ゆっくりと、振り返る。

その顔は、もちろん、完璧な、無表情。


「……なんだ」


「(うっ……! 呼び止めて、どうしますの、わたくし!)」


ナーナリアは、頭をフル回転させた。


「あ、明日から!」


「……ああ」


「……ずいぶんと……!」


「…………」


「……暇に、なりますわね!」


「……?」


カイが、わずかに、首を傾げた。

(この女が? 暇に?)


「(ち、違いますわ!)」


ナーナリアは、慌てて付け加えた。


「わたくしが、ではなくて! 貴方が! ですわ!」


「俺が?」


「そ、そうですわ! わたくしという、最高に『規格外』な監視対象がいなくなって! 貴方、明日から、退屈で、死んでしまうかもしれませんわよ!」


「…………」


カイは、ナーナリアの(必死すぎる)強がりを、じっと、見つめた。


そして。

(ナーナリアには、そう見えただけかもしれないが)

ほんの、一瞬。


あの、幻の「笑顔」が、また、よぎった気がした。


「……ああ」


カイは、それだけを言うと。


今度こそ、振り返らず、屋敷の扉を開け、出て行ってしまった。


「…………」


一人、玄関ホールに、取り残される、ナーナリア。


「(なんなのですか、あの、氷人形……!)」


(最後の最後まで、わたくしを、振り回して……!)


ナーナリアは、玄関の、重い扉を、睨みつけた。


「(……明日から)」


(わたくし、明日から、誰と、新作パフェのことで、喧嘩すれば……よろしいのよ……!)


元悪役令嬢は。

手に入れたはずの「完璧な自由」に。

初めて、ほんの少しだけ、「退屈」という名の、スパイスが足りないかもしれない、という予感に、襲われるのだった。

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