第22話
「(……もぐ、もぐ)」
「…………」
「(……んんー! 美味ですわ! このマロンクリームの濃厚なこと!)」
「…………」
「(……もぐ、もぐ、もぐ)」
「……あの、お嬢様」
侍女のアマンダが、耐えきれないという顔で、主人の耳元に囁いた。
「はい? 何ですの、アマンダ。今、わたくし、この栗の『山(モンブラン)』を攻略するのに忙しいのですが」
「あの……皆様、ご覧になっておりますわ……」
「あら、そうでしょうとも。こんなに見事なパフェですもの。皆様、羨望の眼差しですわね」
「(……そうではございません!)」
アマンダが、必死で視線で訴える先。
王宮の庭園は、未だ、カオスのまっただ中だった。
隅では、リリアが「いやああ! 離して! わたくしは、王子と……!」と、最後まで見苦しく叫びながら、アレクシス兄様(と、ケルベロス)によって、衛兵に引き渡されている。
中央では、エドワード王子が、土下座の体勢のまま、白い灰になって、完全にフリーズしている。
そして、周囲の令嬢たちは、そんな「世紀の断罪劇」と。
その惨状を、まるで『対岸の火事』のように眺めながら、優雅にパフェを頬張るナーナリア(と、無表情で付き合うカイ)を、交互に、信じられないものを見る目で、見つめていた。
「(……鋼のメンタル、というより、もはや異次元ですわ、お嬢様!)」
「カイ様」
ナーナリアは、周囲の視線など、一切気にせず、向かいの席の氷人形に話しかけた。
「貴方も、いつまでわたくしのオペラ(の残骸)を見つめておりますの。早く、ご自分のマロンパフェを召し上がらないと、溶けてしまいますわよ」
「……(コクリ)」
カイは、ナーナリアの言葉に、ようやく我に返ったように、自分の手元(しっかり確保済みのマロンパフェ)に視線を戻し、スプーンを入れた。
「(……うまい)」
「(でしょうとも!)」
こうして。
リリアと王子の、壮大な『自爆劇』は。
元悪役令嬢が、ちゃっかり新作パフェを堪能するという、なんとも締まらない(ナーナリアにとっては最高に締まった)形で、幕を閉じた。
---
それから、数日後。
「はー、平和ですわ」
ナーナリアは、グランツ侯爵邸の自室のテラスで、愛犬ケルベロス(の三つの頭)に、同時に「お手」「おかわり」「伏せ」をさせるという、高度な訓練(遊び)に興じていた。
「お嬢様! 大変でございます!」
侍女のアマンダが、最新の『王宮ゴシップ新聞(号外)』を手に、息を切らして飛び込んできた。
「あら、アマンダ。そんなに慌てて。……まさか、また、あそこのカフェが新作パフェを出しましたの!?」
「違います! それどころではございません! ほら!」
アマンダが、新聞を広げる。
そこには、踊るような見出しが並んでいた。
『悲劇のヒロイン(笑)リリア嬢、北の修道院へ!』
『男爵家、爵位剥奪! 王家詐称の罪!』
『エドワード王子、三ヶ月の謹慎処分! 王位継承権も危うし!?』
「……まあ」
ナーナリアは、その記事を、まるで、明日の天気予報でも見るかのように、淡々と眺めた。
「リリア様、修道院ですって。北の国境、今から、雪深くなりますわね」
「お嬢様! もっと、こう……『当然の報いですわ!』とか……」
「あら、なぜですの? 彼女がどこで何をしようと、わたくしには、もう関係のないことですわ」
「(……うわあ、バッサリ)」
アマンダは、自分の主人の『無関係』という言葉の、本当の恐ろしさを、今、改めて知った。
「それより、この記事」
ナーナリアは、新聞の、隅にある小さな記事を指差した。
「『氷の騎士カイ・ランバート様、護衛任務中。元悪役令嬢(ナーナリア様)のパフェ代で、給料の三分の二が消滅か!?』」
「…………」
「……アマンダ」
「は、はい」
「これ書いた記者、どこのどいつですの!?」
ナーナリアは、新聞を(物理的に)握りつぶした。
「わたくしが、あの氷人形に、パフェを奢らせていると!? 逆ですわ! わたくしが、いつも、あの人の分まで払ってあげている(たまに)のに!」
「(……そこですの!? お怒りのポイントは!)」
「(ガウ?)」
ケルベロスが、主人の怒りに反応し、とりあえず新聞紙の残骸に、三つの頭で噛み付いた。
「ああ、もう! くだらないですわ!」
ナーナリアは、立ち上がった。
「修道院ですって? 謹慎ですって? そんな、暗い話」
「…………」
「まあ、わたくしには、関係ありませんが」
ナーナリアは、アマンダが止めるのも聞かず、テラスから、中庭にいる(今日も置物のように立っている)黒い影に向かって、叫んだ。
「カイ様ー!」
「(……(ピクッ))」
中庭のカイが、ゆっくりと顔を上げる。
「これから、買い食いに行きますわよ! あの、くだらない新聞記事(ゴシップ)の、訂正(という名の、新しいパフェの開拓)に、付き合っていただきますわ!」
「…………」
カイは、無言で、一礼した。
(それは、「御意」なのか、「職務だ」なのか、それとも「パフェか」なのか、誰にもわからなかった)
「(……本当に、関係ないと思ってらっしゃるのね)」
アマンダは、どこまでもマイペースな主人と、それに(なぜか)付き合っている氷の騎士を見比べ、深いため息をつくのだった。
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