第19話

「…………は?」


リリアの甲高い悲鳴でも、エドワード王子の怒声でもない。

その場にいた、誰かの、間の抜けた声が漏れた。


「新品……? 何がですの、カイ様?」


ナーナリアが、わけがわからない、という顔で、自分の護衛(氷人形)を見上げる。


カイは、ナーナリアの問いには答えず、その氷の視線を、リリア(と、彼女を庇うエドワード王子)に固定したまま、口を開いた。


「……リリア嬢」


「は、はい……?(なんなのですの、この人……!)」


リリアは、カイの、底が見えない瞳に見つめられ、本能的な恐怖を感じていた。


「貴女は、ナーナリア様が、どこから石を投げたと?」


「そ、そこですわ! あちらの、ビュッフェ台のあたりから!」


リリアは、ナーナリアを、ビシッと指差した。


「(四十メートルの精密投擲……わたくし、いつから暗殺者に?)」


ナーナリアは、呆れてため息をついた。


「……王子殿下」


カイが、今度はエドワードに視線を移す。


「な、なんだ! カイ・ランバート!」


「この庭園の石畳は、三日前に、王家の予算で張り替えられたばかりです」


「そ、それが、どうしたというのだ! ナーナリアの悪行とは、何の関係も……!」


「関係、ありますわ」


カイの言葉を遮って、声が響いた。

声の主は、ナーナリアだった。


「(……!)」


カイが、わずかに目を見開いて、ナーナリアを見る。


「(……そういうこと、ですのね)」


ナーナリアは、カイの言いたいことを、即座に理解していた。


「殿下」


ナーナリアは、エドワード王子に向かって、一歩、前に出た。


「この庭園の石畳は、最新の魔術工法で『接着』されておりますの」


「……なっ!?」


「つまり。わたくしが投げたとされる『石』そのものが、この庭園には、一つも、転がっていないはずですわ」


シーン……。


庭園の空気が、凍りついた。

令嬢たちが、ざわめき始める。


((え? 石がない……?))

((じゃあ、リリア様は、何に躓いて……?))

((ナーナリア様、四十メートル先から……何を投げたの?))


「う……!」


リリアの顔が、サッと青ざめる。

(し、しまった……! この庭園が、改装中だったなんて……!)


「そ、そ、そんなこと……!」


リリアは、必死で次の言い訳を探した。


「わ、わたくしは、確かに、石が……! そうですわ! きっと、ナーナリア様が、どこからか、持ち込んだ石を……!」


「ほう。持ち込んだ石、ですか」


ナーナリアは、面白そうに目を細めた。


「では、その『石』は、今、どこに?」


「そ、それは……わたくし、驚いて……池に、蹴り落としてしまいましたわ!」


「まあ!」


リリアは、完璧な「動転したヒロイン」の演技で、池を指差した。


「(……出ましたわ。証拠隠滅)」


ナーナリアが、肩をすくめた、その時。


「……靴を」


カイが、再び、短く呟いた。


「靴? ですって?」


「リリア嬢。石を蹴ったのなら、貴女のその、繊細なサテンの靴に、傷か、泥がついているはずだ」


「「「(……!)」」」


全員の視線が、リリアの足元に集中する。

そこには、レースの縁取りが美しい、真っ白で、無傷の、ピカピカな靴があった。


「…………」


リリアは、血の気が引くのを感じた。

王子の顔も、こわばっている。


「リリア……まさか、君は……」


エドワード王子が、信じられない、という目で、リリアを見始めた。


「ち、違います! 王子! わたくしは!」


(どうしよう! どうしよう! こうなったら……!)


リリアが、最後の手段(気絶するフリ)に出ようとした、その瞬間。


「「「待ったあああああああ!!」」」


地響きのような、野太い声が、庭園の入り口から響き渡った。


「(……え? この声……)」


ナーナリアは、非常に、嫌な予感を覚えた。


全員が振り向くと、そこには。

王宮騎士団の制服を、はち切れんばかりに着こなした、筋肉隆々の男。


「お、お兄様!?」


「ナーナリア! 我が愛する妹よ!」


兄、アレクシス・フォン・グランツが、そこに立っていた。


そして。

アレクシスの隣には、ナーナリアの身長ほどもある、黒曜石の魔獣。


「(ブオオオオオオン!!!)」


三つの頭を持つ、愛犬ケルベロスが、盛大な雄叫びを上げた。


「「「(((ひいあああああ! 魔犬!!!)))」」」


令嬢たちが、一斉にパニックを起こし、テーブルの後ろに隠れる。


「な、なんだ! 衛兵! 衛兵を呼べ!」


エドワード王子が、腰を抜かしそうになりながら叫ぶ。


「お静かに、王子殿下!」


アレクシスが、ケルベロスの(一番真ん中の)頭を、わしわしと撫でながら前に進み出る。


「我が妹、ナーナリアの潔白を証明する! 最強の証人を、連れてまいりました!」


「証人!? この、魔犬が!?」


「そうだ!」


「(お兄様……! なぜ、ケルベロスを王宮に……!)」


ナーナリアは、別の意味で、頭が痛くなってきた。


「ケルベロス! 『あれ』を、皆様にお見せしろ!」


「(グルル……? アレ、デスカ?)」


ケルベロスは、心底面倒くさそうに、三つの頭の一つを傾げると。


「(オエーーーッ)」


その、巨大な口から、何か(よだれまみれ)を、リリアの目の前に吐き出した。


ベチャ。


それは、リリアが今履いているものと、まったく同じデザインの、白いサテンの靴。

ただし、片方だけで、しかも、泥と草で、ぐっしょりと汚れていた。


「「「(((…………)))」」」


庭園が、三度、静まり返る。


「り、リリア嬢」


アレクシスが、ニヤリと(悪役のように)笑った。


「貴様、さっき、あそこの茂みの裏で、侍女と二人で、コソコソと、これ(泥だらけの靴)に履き替える相談をしていたな!」


「(((…………えええええええ!?)))」


「なっ……! み、見て……!?」


リリアは、今度こそ、本当に、顔面が真っ白になった。


「『もし、靴を見せろと言われたら、こっち(泥靴)に履き替えて、石を蹴った証拠になさい』と! そう、侍女に指示しているのを!」


アレクシスは、ケルベロスを指差した。


「この、ケルベロスが! 全部、聞いていたのだ!」


「(ガウ!)」


ケルベロスが、威圧的に吠える。

(※実際は、茂みにいたウサギを追いかけていただけだったが、偶然、アレクシスがその会話を盗み聞きしていた)


「…………」


リリアは、その場に、へなへなと座り込んだ。

カイの「石畳(物理)」と、兄&愛犬の「汚れた靴(状況証拠)」の、二段構えのコンボ。


リリアの、古典的で、詰めが甘い罠は。

規格外の兄妹と、氷の騎士と、最強の魔犬によって、木っ端微塵に、粉砕されたのだった。

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