第18話

「…………」


ナーナリアは、目の前に置かれた、やたらと豪華な(悪趣味な)招待状を、指先で(ゴミでもつまむかのように)つついていた。


差出人は、リリア。

内容は「エドワード王子との親睦を深めるためのお茶会」。

そして、ご丁寧にも、招待客リストの筆頭には「ナーナリア・フォン・グランツ様 & 護衛騎士カイ・ランバート様」と書き連ねてある。


「(……喧嘩を売っておりますのね、あの女)」


「お嬢様、いかがなさいますか。当然、ご欠席なさいますよね?」


侍女のアマンダが、ナーナリアの機嫌を伺いながら尋ねる。


「いいえ、アマンダ」


ナーナリアは、不敵な笑みを浮かべた。


「行きますわ」


「ええ!?」


「こんな、わかりやすい『罠』の招待状。受けて立たない手はありませんわ」


「しかし、お嬢様!」


「(それに、あの女が、どんな『甘味』を用意しているか、少し興味がありますし)」


「……お嬢様。本音がダダ漏れでございます」


「ちっ」


「それと、カイ様」


ナーナリアは、自室の隅で(今日も)壁と一体化していた氷の騎士に声をかけた。


「貴方も、もちろん、お付き合いいただきますわよ。わたくしの『護衛』として」


「…………」


カイは、無言で頷いた。

その視線が、招待状に描かれた『最高級パティシエによる特製スイーツビュッフェ』の文字に、一瞬だけ留まったのを、ナーナリアは見逃さなかった。


「(……貴方も、それが目当てですのね)」


---


王宮の、最も日当たりの良い庭園。

リリア主催のお茶会は、これ見よがしなほどの華やかさでセッティングされていた。


「まあ! ナーナリア様! カイ様まで! よくお越しくださいました!」


主役のリリアが、天使の笑顔で二人を出迎える。


「ご招待、痛み入りますわ、リリア様」


ナーナリアも、完璧な悪役令嬢(の笑み)で応戦する。


「どうぞ、あちらのお席へ! エドワード王子も、お待ちかねですわ!」


リリアに促された先には、すでに多くの令嬢たちが集まっていた。

そして、その中心には。


「……(むすう)」


エドワード王子が、非常に、不機嫌そうな顔で座っていた。

(ナーナリアとカイが、二人揃って現れたのが、面白くないらしい)


「(うわあ……すでに空気が最悪ですわ)」


ナーナリアは、ため息をついた。


「さあ、王子! ナーナリア様たちがいらっしゃいましたわ!」


リリアが、甲高い声で王子の腕に絡みつく。


「あ、ああ。来たか、ナーナリア。……と、カイ・ランバート」


「ごきげんよう、殿下」


ナーナリアとカイが、淡々と礼をする。


「ふん」


王子は、鼻を鳴らした。


お茶会は、始まった瞬間から、異様な緊張感に包まれていた。

リリアと王子が、わざとらしい「仲良しアピール」を展開し。

ナーナリアが、それを「(下品ですわ)」と一蹴し。

カイが、ひたすら「(ビュッフェのケーキを無表情で凝視)」している。


「あら、カイ様。あちらの『七色のマカロンタワー』、お好きそうですわね」


「……(ピクッ)」


「あらあら、まあまあ」


周囲の令嬢たちが、その(公然の)やり取りに、生暖かい視線を送る。


「き、貴様ら……!」


エドワード王子が、机を叩きそうになるのを、リリアが慌てて制した。


「王子! お忘れですの? わたくしたちの『視察』を」


「(……!)そ、そうだったな」


リリアは、エドワード王子にしか聞こえない声で囁くと、すっと立ち上がった。


(……いよいよ、ですわね)


ナーナリアは、ビュッフェ台に向かおうとした足を止め、リリアの動きを警戒した。


リリアは、ナーナリアには目もくれず、エドワード王子の前に立った。


「王子。わたくし、あちらの池に咲いている、白い睡蓮が、どうしても見たいのですけれど……ご一緒してくださいませんか?」


「睡蓮? ああ、構わんが」


「(……?)」


ナーナリアは、拍子抜けした。

(わたくしに、何か仕掛けてくるのではなかったのですの?)


リリアは、エドワード王子と腕を組み、楽しそうに池のほとりへと歩いていく。

その姿は、まさに「幸せな婚約者候補(仮)」そのものだ。


「……カイ様」


「なんだ」


「……あのヒロイン、何を企んでいるのでしょう」


「……わからん。だが、あそこの『オペラ(ケーキ)』が、なくなりそうだ」


「(貴方はそれだけですのね!?)」


ナーナリアが、カイの味覚音痴(ただし甘味に限る)に、再び苛立ちを覚えた、その時。


「キャアアアアアア!」


庭園に、甲高い悲鳴が響き渡った。

声の主は、もちろん。


「リリア!」


エドワード王子の、焦った声。


ナーナリアたちが振り向くと、そこには。

池のほとりで、盛大に、足首をくじいた(ように見える)体勢で、泣き崩れるリリアの姿があった。


「うぅ……! ひっ……!」


「リリア! どうした! 大丈夫か!」


王子が、慌ててリリアの肩を抱き起こす。


「(……出ましたわ。古典的な、ヒロインムーブ)」


ナーナリアは、冷めた目で、遠巻きにその茶番を眺めた。


「い、いえ……わたくしは……それより、ナーナリア様……!」


「……は?」


なぜ、ここで、わたくしの名前が?


リリアは、涙に濡れた瞳で、まっすぐ(四十メートルは離れている)ナーナリアを指差した。


「なぜ……! なぜ、あんな、ひどいことを……!」


「…………はあ!?」


ナーナリアは、さすがに、素っ頓狂な声を上げた。

(わたくし、今、ケーキを見ようとしていただけですわよ!?)


「エドワード王子!」


リリアが、王子の胸に、顔をうずめて泣き叫ぶ。


「ナーナリア様が……! わたくしが、王子と仲良くしているのを、妬んで……!」


「(……無理がありすぎますわ! テレポートでも使えと!?)」


「あそこに、石を……! わたくしの足元に、石を投げて……!」


「な、なんだと!?」


エドワード王子が、リリアの言葉に、カッと目を見開いた。


「ナーナリアアアアア!」


王子が、怒りに燃える形相で、ナーナリアを睨みつける。


「貴様! またしてもリリアに! しかも、この私の目の前で!」


「(……いや、殿下。わたくし、ずっと貴方の目の前(四十メートル先)におりましたが)」


「まあ! ひどいわ!」


「やっぱり、悪役令嬢だったのね!」


「カイ様がいても、本性は変わらないんだわ!」


周囲の令嬢たちも、リリアの(迫真の)演技に、すっかり騙されている。


「……カイ様」


「なんだ」


「……わたくし、今、魔術(石投げ)を使ったことになっておりますわ」


「……お前は、魔術は使えんだろう」


「(そうですわね!)」


ナーナリアは、この、あまりにも古典的で、雑な「罠」に、怒りを通り越して、呆れていた。


「リリア様」


ナーナリアは、騒ぎの中心に向かって、ゆっくりと歩き出した。


「うぅ……来ないでくださいまし……!」


リリアが、怯えた(フリ)をする。


「ナーナリア! リリアに近づくな!」


王子が、リリアを庇うように、立ちはだかった。


「殿下。少々、よろしいですかしら」


「なんだ! 言い訳か!」


「わたくし、一歩たりとも、このビュッフェ台の前から動いておりませんわ」


「嘘をつくな! この場の全員が見ていた!」


「(いえ、誰も見ておりませんわよ……)」


「証拠があるのですか! 証拠が!」


ナーナリアが、そう言い放った、その時。


「……証拠なら、ある」


静かな、しかし、よく通る低い声が、響いた。


「(え?)」


ナーナリアが振り向くと、そこには、いつの間にかビュッフェ台から移動してきた、カイ・ランバートが立っていた。


「か、カイ……?」


カイは、ナーナリアでも、王子でもなく。

リリアが転んだ、池のほとりを、じっと見つめていた。


「……リリア嬢」


「は、はい……?(カイ様?)」


「貴女が転んだ場所。そこの、石畳」


「……?」


「新品だ」


「…………は?」


庭園中の人間が、カイの、突拍子もない言葉に、固まった。

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