第7話

「……ふう。満足ですわ」


ナーナリアは、綺麗に空になったパフェグラスを眺め、ご満悦にため息をついた。


「わたくし、決めましたわ。この店のパフェ、全種類制覇いたします」


「……そうか」


向かいの席で、氷(と水)だけを摂取していたカイが、短く答える。


「あら、貴方も一口いかがでしたのに。『氷の騎士』様も、甘いものを召し上がれば、少しは表情筋が緩むかもしれませんわよ?」


「不要だ」


「(ちっ。鉄壁ですわね)」


ナーナリアは、会計を済ませて席を立った。


「さあ、ケルベロス! お待たせいたしましたわ! 次は貴方のおやつ(骨ガム)を買いに行きますわよ!」


「(キュウウン!)」


柱に繋がれていたケルベロスが、嬉しそうに三つの尻尾を振る。

その勢いで、テラス席のテーブルが少しずれた。


「こら、暴れないの」


「…………」


カイは、黙って立ち上がり、再びナーナリアの三歩後ろについた。


「(……本当に、影のようですわ。気配がなさすぎて逆に怖いですわよ)」


ナーナリアは、カイの存在を(なるべく)無視して、大通りを歩き始めた。


ケルベロスを連れているため、人々はモーセの海割りのように道を空けてくれる。


「快適ですわね、ケルベロス」


「(グルル)」


「次はどこのお店に……」


ナーナリアが、通りの向かいにあるペット用品店に目を向けた、その時。


「……あら」


非常に、見たくない人影が、視界の端に入った。


「……ナーナリア?」


聞き間違いようのない、苛立ちを含んだ声。


振り向くと、そこには、第二王子エドワードと、その腕に寄り添うリリアの姿があった。


「(うわ……最悪のタイミングですわ)」


ナーナリアは、露骨に顔をしかめた。


「ごきげんよう、エドワード殿下。リリア様」


「な……!」


エドワード王子は、ナーナリアの顔を見るなり、みるみる表情を険しくした。


「貴様、なぜ、こんな場所をうろついている!」


「うろつく、とは失礼ですわね。わたくし、愛犬のお散歩と、パフェを嗜みにまいりましたの」


「パフェだと!?」


王子は、信じられない、という顔で声を荒げた。


「私に婚約破棄されて、二日と経っていないのだぞ! それなのに、おめおめと街に出て、パフェを!」


「(この方、わたくしが泣きながら修道院にでも入るとお思いでしたの?)」


「王子……おやめくださいまし……」


リリアが、王子の袖を引く。


「ナーナリア様も、きっと……無理に明るく振る舞って……」


「(無理になど、一度たりとも振る舞っておりませんわ)」


「そうだ、リリア! なんて優しいんだ!」


王子は、リリアの言葉でさらに怒りを増幅させたようだ。


「ナーナリア! 貴様、まだ反省していないのか!」


エドワード王子が、ナーナリアに一歩詰め寄る。


「リリアへの謝罪も! 私への謝罪もまだだろう!」


「(グルルルルルウウウウ!)」


ナーナリアが何か言う前に、彼女の足元で巨大な影が動いた。

ケルベロスが、三つの頭の牙を剥き出しにし、王子に向かって低い唸り声を上げている。


「ひいっ! な、なんだ、この魔獣は!」


リリアが、王子の背中に隠れた。


「こら、ケルベロス。『待て』ですわ」


「貴様! そんな危険なものを連れて!」


「危険ではございませんわ。わたくしの可愛い『愛犬』です。……それより殿下」


ナーナリアは、冷ややかに王子を見据えた。


「わたくし、これ以上貴方方とお話しすることなど、何もございませんの」


「な、なんだと! この私を、ないがしろにする気か!」


「もう、わたくしたちは他人ですもの。違います?」


「き、貴様ああああ!」


エドワード王子が、カッとなって手を振り上げた。

ナーナリアを、殴ろうとしたわけではないだろう。

ただ、脅しのように、指を突きつけようとした、その瞬間。


スッ、と。


音もなく、黒い影がナーナリアの前に割り込んだ。


「……!」


ナーナリアの鼻先に、カイ・ランバートの背中があった。


「な、なんだ、貴様は!」


王子は、いきなり現れた騎士に動揺する。


「……カイ・ランバート」


カイは、振り返りもせず、低い声で名乗った。


「カイ……? まさか、『氷の騎士』か!?」


エドワード王子が、一歩たじろぐ。

王宮騎士団の中でも、カイ・ランバートは別格だ。

王族であっても、軽々しく扱える相手ではない。


「な、なぜ貴様が、こんな女と一緒にいる!」


「……」


カイは、答えない。

ただ、その氷のような青い瞳で、エドワード王子を(まるで虫けらでも見るように)見下ろしている。


「(……こ、怖いですわ、この人)」


ナーナリアは、自分の護衛(監視役)の冷徹さに、少しだけ引いていた。


「……殿下」


カイの唇が、わずかに動いた。


「なんだ!」


「職務の、邪魔です」


「……は?」


王子が、固まった。


「私の職務は、ナーナリア・フォン・グランツ様の『護衛』及び『監視』。それを、貴方が妨げている」


「なっ……ご、護衛だと!? 父上は、何を考えて……!」


「理由はどうあれ、これ以上、ナーナリア様に近づくことは許可しない」


「き、貴様……! 私が王族だとわかって……!」


「わかっている。だから、手出しはしない」


カイは、ゆっくりと王子からナーナリアへと視線を移した。


「……行くぞ」


「え? あ、はい」


「(グルル?)」


カイは、ナーナリアとケルベロスを背中に庇うようにして、再び歩き出した。


残されたのは、怒りに震える王子と、計算外の事態に焦るリリア。


「な……なんなのだ、アイツは!」


エドワード王子が、誰もいなくなった空間に向かって叫ぶ。


「王子……わ、私、怖かったです……」


リリアが、王子の腕にしがみつく。


「ああ、リリア……! すまない! だが、許せん! あのナーナリアのふてぶてしい態度と! あの氷騎士の無礼な態度!」


「(……カイ・ランバート……あの人がナーナリア様の側に……?)」


リリアは、王子の胸に顔をうずめながら、ナーナリアたちが去っていった方向を、鋭い目つきで見つめていた。


「(……面白くなってきじゃない)」


一方、少し離れた通りを歩きながら。


「……あの」


ナーナリアは、三歩前を歩く(いつの間にか立ち位置が変わっていた)黒い背中に、恐る恐る声をかけた。


「なんですの、急に。わたくし、まだ骨ガムを買っておりませんわ」


「……」


カイは、立ち止まらない。


「(……まあ、いいですわ)」


ナーナリアは、ほんの少しだけ、この氷の騎士を見る目が変わった。


「(職務の邪魔、でしたっけ)」


(あの王子の慌てた顔。少しだけ、ほんの少しだけ、スッとしましたわ)


ナーナリアは、誰にも気づかれないように、小さく口の端を上げた。

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