第6話

翌朝。


ナーナリアは、昨日とは打って変わって不機嫌な顔で目を覚ました。


「(……最悪の目覚めですわ)」


窓の外は快晴。

小鳥たちは楽しそうに歌っている。


「アマンダ! 支度を!」


「はい、お嬢様。本日はどちらへ?」


「決まっておりますわ! 昨日、衛兵に邪魔された『買い食いリベンジ』ですの!」


「……お嬢様。本日から、カイ様が」


「わかっておりますわ! あの氷人形のことでしょう!」


ナーナリアは、わざと音を立てて立ち上がった。


「わたくしがどこへ行こうと、あの騎士には関係ありません! 監視するというなら、勝手にさせておけばいいのですわ!」


「(すでに、かなり気になさっているご様子……)」


アマンダは、賢くもそれを口には出さなかった。


「さあ、ケルベロス! お散歩のお時間ですわよ!」


「(ブオオオオオン!!!)」


地響きのような喜びの雄叫びが、屋敷中に響き渡った。


---


グランツ侯爵邸の、重厚な玄関ホール。


ナーナリアが、愛犬ケルベロス(巨大)のリードを手に降りていくと。


そこには、案の定、壁のように「それ」が立っていた。


「…………」


黒い騎士服。

銀灰色の髪。

一切の感情を映さない、氷の騎士カイ・ランバート。


「(うっ……朝から圧が強いですわ)」


ナーナリアは、わざと優雅に階段を降りきった。


「ごきげんよう、騎士様。朝早くからご苦労なことですわね」


「…………(無言で一礼)」


「わたくし、これから愛犬とお散歩に出かけますの。ご自由に監視なさって結構よ」


「(グルルル……)」


ケルベロスが、三つの頭でカイを威嚇する。

屋敷の使用人なら、間違いなく腰を抜かす迫力だ。


しかし。


「…………」


カイは、地獄の番犬を一瞥しただけ。

眉一つ、動かさない。


「(……面白くありませんわね)」


ナーナリアは、少しムッとした。


「行きますわよ、ケルベロス! 今日こそクレープですわ!」


「(バウ!)」


ナーナリアが、勢いよく屋敷を飛び出す。

カイは、影のように、無言でその後ろについてきた。


---


王都、目抜き通り。


「(……近い! 近すぎますわ!)」


ナーナリアは、イライラしていた。


カイは、ナーナリアのきっかり三歩後ろを、一定の距離でついてくる。

近づきすぎず、離れすぎず。

まさに「監視」の距離だ。


「わたくしがどこへ行こうと、勝手ですわ!」


ナーナリアは、振り返りもせずに叫んだ。


「職務だ」


今日、初めて聞いた彼の声は、その氷のような見た目通りの、低く、抑揚のないものだった。


「ケルベロスの散歩を邪魔する権利など、貴方にはありませんわ!」


「邪魔はしていない」


「(くっ……! 会話が成立しませんわ!)」


昨日、衛兵を壊滅させた「冥府の番犬」連れの令嬢。

そして、その三歩後ろを、氷の仮面でついていく「氷の騎士」。


その異様な組み合わせは、当然のように、街の注目を集めていた。


((おい、あれ……グランツ侯爵家の……))


((婚約破棄された、あの))


((連れているのは……氷の騎士、カイ・ランバート様!?))


((なぜあのお二人が一緒に……? しかもあの魔獣まで……))


「(……うるさいですわね、野次馬ども!)」


ナーナリアは、舌打ちをこらえ、お目当てのカフェへと進路を変えた。

クレープは、人が多すぎて今は無理だと判断した。


「いらっしゃいま……ひいっ!?」


カフェの店員が、ケルベロスを見て引きつる。


「テラス席をお願いしますわ。ケルベロスは、外に繋いでおきますので」


「は、はい! どうぞ!」


ナーナリアは、テラス席に陣取ると、ケルベロスを近くの柱に繋いだ。


「(クウン……)」


(わたくしもパフェが食べたいです)、と三対の瞳が訴えている。


「貴方はダメですわ。後で骨ガムを買ってあげますからね」


「…………」


カイは、ナーナリアの向かいの席に、音もなく腰を下ろした。


「(……なぜ、向かいに座るのですか!)」


「ご注文は……」


ウェイターが、カイの無表情とナーナリアの不機嫌の板挟みで震えている。


「わたくし、新作の『春摘みベリーのミルフィーユパフェ』を。それと紅茶」


「は、はい!」


「……貴方は?」


ナーナリアが、カイに問いかける。


「不要だ」


「あら、そうですの。……では、この方に『お水』を。氷をたくさん入れてくださいまし。お似合いですわ」


ウェイターは、泣きそうな顔で厨房へ戻っていった。


気まずい沈黙。


ナーナリアは、腕を組んで、わざとカイを睨みつける。

カイは、そんなナーナリアを、石ころでも見るような目で見返している。


「……あの、騎士様」


「なんだ」


「貴方、わたくしを監視して、何が楽しいのですか?」


「楽しくはない」


「では、なぜそんな無駄なことを」


「職務だ」


「(デジャヴですわ……!)」


ナーナリアは、こめかみがピクピクするのを感じた。


「わたくし、別に王家に仇なすようなことなどしませんわ。ただ、自由に買い食いがしたいだけですの!」


「…………」


「何か仰ったらどうですの! この氷人形! 鉄仮面!」


その時、注文の品が運ばれてきた。


「お、お待たせいたしました……! パフェでございます……!」


「(おお……!)」


ナーナリアの視線が、目の前の芸術品に釘付けになる。

そびえ立つ生クリームの塔。

宝石のように輝くベリー。

サクサクのパイ生地。


「(……まあ、いいですわ)」


ナーナリアは、スプーンを手に取った。


「貴方が職務だと言うのなら、好きになさればよろしいわ」


「…………」


「わたくしは、わたくしの『自由』をまっとうするだけですもの」


ナーナリアは、たっぷりクリームを乗せたベリーを、大きな一口で頬張った。


(んんー! 美味ですわ!)


幸せに浸るナーナリア。

そんな彼女を、カイは無表情で、ただ、じっと見つめていた。


「(……お水、冷たくて美味しいですわ)」


「(……パフェの味が落ちるから、見ないでほしいですわ!)」


元悪役令嬢と、氷の騎士。

二人の、非常に気まずい監視生活は、こうして甘いパフェの香りと共に、静かに(?)始まったのだった。

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