第3話

「(ふふっ、ふふふふふ……!)」


グランツ侯爵家へ向かう馬車の中。

ナーナリアは、込み上げる笑いを抑えるのに必死だった。


「お嬢様。おやめください。不気味でございます」


「失礼な! アマンダ! これは喜びの笑いですわ!」


「婚約破棄された直後の令嬢が、喜んで馬車を揺らしているなど。誰が信じましょうか」


「事実ですもの! ああ、空気が美味しい! 窓を開けて!」


「夜風が冷えますので却下いたします」


「ちっ」


ナーナリアは、頬杖をついて窓の外を眺めた。


(ようやく終わったわ。あのお妃教育)


(刺繍、ダンス、王家歴史学、第二外国語、第三外国語……!)


(これからは! 好きなだけケルベロスと泥遊びして! 好きなだけ新作ケーキを買い食いですわ!)


「……お嬢様。屋敷に着いたら、旦那様と奥様に、どうご報告を?」


「もちろん、ありのままを報告しますわ。『やりました! 破棄されました!』と」


「……旦那様、卒倒なさるのでは?」


「あら、どうでしょう?」


そんな軽口を叩いているうちに、馬車はグランツ侯爵邸に到着した。


「おかえりなさいませ、お嬢様!」


「ただいま戻りましたわ、セバスチャン」


出迎えた老執事に、ナーナリアは満面の笑みを向けた。


「まあ、ずいぶんご機嫌麗しゅう。パーティーは楽しめましたかな?」


「ええ! 最高でしたわ! 人生で一番と言っても過言ではありません!」


「それはようございました。……ところで、エドワード王子はご一緒では?」


「ああ、王子ならリリア様と熱烈に愛を語らっておりましたわ。わたくし、邪魔者でしたので帰ってきましたの」


「……はて?」


首を傾げるセバスチャンをよそに、ナーナリアは絨毯の敷かれた廊下を突き進む。


向かうは、家族が待つであろう談話室。


「(さあ、報告ですわ!)」


ナーナリアは、重厚な扉を勢いよく開け放った。


「ただいま戻りましたわ! お父様! お母様! お兄様!」


談話室には、グランツ侯爵家の面々が勢ぞろいしていた。


「おお、ナーナリア。ずいぶん早かったな」


ソファにふんぞり返っていたのは、父・グランツ侯爵。

筋肉隆々、元騎士団長。趣味は「素手で熊を倒すこと」。


「あら、おかえりなさい。パーティーのケーキは美味しかったかしら?」


優雅に紅茶を飲んでいたのは、母・グランツ侯爵夫人。

元宮廷魔導師。趣味は「新薬の開発(よく爆発する)」。


「遅かったじゃないかナーナリア! 兄ちゃん、お前が王子に雑に扱われないか心配で、夜しか眠れなかったぞ!」


暖炉の前で剣の手入れをしていたのは、兄・アレクシス。

現役騎士団員。趣味は「妹(ナーナリア)の護衛」。極度のシスコン。


「皆様! ご報告がございます!」


ナーナリアは、部屋の中央に進み出て、高らかに宣言した。


「わたくし、ナーナリア・フォン・グランツは! ただ今、エドワード第二王子殿下より!」


「「「(ゴクリ)……」」」


三人の視線が集中する。


「婚約破棄を、言い渡されましたわあああ!」


「…………」


シーン。


時が止まる。


父は、口ひげをピクリと動かし。

母は、紅茶のカップをソーサーに戻し。

兄は、剣を床に落とした。カラン、と乾いた音が響く。


「……あの、皆様?」


ナーナリアが不安になった、その時。


「……そうか」


父が、ゆっくりと立ち上がった。


「そうか! やったか! ナーナリア!」


「え?」


「「「おめでとう!!!」」」


父、母、兄が、一斉にクラッカーを鳴らした。(どこに持っていた)


「え? え? あの、お父様?」


「よくやったナーナリア! ついにやったな!」


父が、娘の肩をバシバシと叩く。痛い。


「さすが我が娘! あの軟弱な王子を、よくぞ振ってやった!」


「いえ、振ったのではなく、振られたのですが」


「同じことだ! セバスチャン! 一番高い酒を持ってこい! 祝杯だ!」


「おお、お母様! 『破棄おめでとうケーキ』を焼いておきましたわよ!」


母が、どこからか三段重ねの巨大なケーキ(少し焦げている)を運んできた。


「お兄様まで!」


「ナーナリア……! よかった……本当によかった……!」


兄アレクシスが、号泣しながら妹に抱きついてきた。


「これで、お前はあのチャラチャラした王子のものにならずに済む……! 兄ちゃん、嬉しい!」


「(重い……そして暑苦しいですわ……)」


「さあ! 飲みましょう! 歌いましょう!」


父が、酒瓶のコルクを天井に向けて(物理的に)弾き飛ばす。


「わたくしの開発した『飲むと陽気になる薬(試作)』も入れますわね!」


「お母様、それはやめてくださいまし! 先日、使用人たちが三日三晩踊り続けたではございませんか!」


「ナーナリア! まずは兄ちゃんと一曲、勝利のダンスを踊ろう!」


「お兄様! 剣を持ったまま近寄らないでください!」


グランツ侯爵家の談話室は、王宮のパーティー会場よりも、よほど騒がしく、カオスに満ちていた。


「(……まあ、いいですわ)」


ナーナリアは、母が差し出すケーキ(焦げた部分を避けながら)を受け取った。


「おめでとう、ナーナリア。自由の身ね」


「はい、お母様!」


(これですわ!)


(これが、わたくしの望んだ自由!)


ナーナリアは、王宮での婚約破棄の瞬間よりも、今この瞬間の方が、何倍も幸せだと感じていた。


「よーし、父さん、嬉しすぎて熊でも倒してくるか!」


「あなた、夜道は危ないですわよ。せめて魔獣にしてくださいな」


「兄ちゃんは、明日、王子に稽古(という名のシゴキ)をつけてくるぞ!」


「(……それが一番面倒なことになりそうですわ)」


ナーナ"リアの、波乱万丈(?)な自由生活は、こうして家族からの盛大すぎる祝福と共に、幕を開けたのだった。

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