第6話 修行と日常

 魔法の修行が始まってから瞬く間に時間は過ぎていった。

 リザは辺境の出身らしい。詳しいことは教えてもらえなかったが、親の伝手で王都にある魔導学院に入り、卒業。魔法使いとしての実績を積んだのちに、上級へと上がるために僕の先生役となった。


 美しく優しげな風貌に反して、リザの指導は厳しかった。手酷い叱責こそないものの、内容はスパルタ。一日中、同じ魔法の練習をさせられたり、みっちりと座学の勉強をさせられたりと、正直かなり手強い。


 忘れようと思っていたはずの前世のことを思い出さないでもない。両親に見放される前は、似たようにスパルタ教育を受けていたものだと、懐かしく思い出した。良い思い出とはとても言えないが。


 前世との一番の違いは、リザは決して僕のことを見放そうとはしないことだ。どれだけ失敗しようと、その失敗がどれだけ間抜けなものだろうと、彼女は優しくどうすればいいかを教えてくれた。


 教えてくれた後は、何度も練習させられて、これまた厳しかったものだが。


 陽光の差す庭先で、教本を持ったまま片手を掲げる。


「水の精よ、我が呼び声に応えよ。クリエイト・ウォーター」


 詠唱に合わせて水が生成され、球状となる。しばしその様子を観察してから、魔法を解除。水球が瞬時に消滅。

 初歩の魔法を扱えるようになるのに、二年を費やした。今では僕ももう十二歳だ。


 魔法使いの成長としては、やはり遅い。やっぱり転生したからといって才能に溢れているわけではなかったようだ。

 それでも、とても気分は良かった。異世界の代名詞たる魔法を、自分の手で扱えるのだから、これほど嬉しいこともない。その上、だ。


「ずいぶんとスムーズにできるようになったね。これも師匠のおかげかな?」


 家の壁にもたれかかっていたリザが、僕の手際を見て感想を述べる。口元には優しげな笑み。

 師匠が美少女となってはやる気も出るというもの。僕も笑顔で答える。


「はい! 師匠のおかげです!」

「あーもう可愛いなー!」


 リザがすっ飛んできて僕の頭を抱きかかえながら、わしゃわしゃと撫でる。リザはショタコンの気がかなりあるのか、とにかくスキンシップが多かった。めちゃくちゃ嬉しい。


 いつもこうして胸元に頭を抱えられて撫でられている。これでやる気が出ないはずがない。

 僕もいつもわざと、頭を胸にぐりぐりと押し当てている。


「あ、マセガキだー。また胸の感触を楽しんでるだろー」


 そしていつもバレる。何がいいって、バレても怒られないんだな。


「えへ」

「最初は純朴な子だと思ってたけど、エロガキなんだもんなー。まあいいんだけどさー♪」


 リザと僕はよくこうやってスキンシップを取っていた。持ちつ持たれつ、ウィンウィンの関係というやつだ。

 今となっては姉のように慕っている。リザも、僕のことを弟のように想ってくれている、と思いたい。


「想ってるよ」

「え」


 考えていることを見抜かれたのか、リザが言う。


「弟子をとるなんて初めてだったしね。小さい子は好きだし、そりゃ弟のように、ううん、それ以上に可愛いよ」


 そう言ってリザは僕の頭を優しく撫でてくれる。その所作は姉というより母に近かった。


「……その、弟妹は」

「いないよ。両親とも離れ離れ。だから、家族とか、そういうのに弱いのかもね」

「じゃあその分、可愛がってもらえれば」

「あーもー、言われずともそのつもりだよー!」


 わしゃわしゃ、と今度は乱暴に頭を撫で回してくる。やり取りの一つひとつが楽しい。



 修行の後、二人で街を歩く。


「修行はもう終わりかい」「相変わらず仲が良いねー」「なんか買っていくかい?」「リザお姉ちゃん、たまには遊ぼーよー」


 リザと街に出るのも定番だ。見慣れた風景に、街の人々が声をかけてくれる。リザお姉ちゃんは僕のお姉ちゃんなので、最後の子供だけは追っ払っておく。


「しっしっ。リザお姉ちゃんは忙しいの」

「こーら。そんなことしないのー」


 手で追い払う仕草をする僕をリザが窘め、子供が舌をべーっと出してくる。生意気だ。


 二人で街に出たのは何か目的があるわけじゃない。何もなしに出歩くのが定番となっていた。

 ライランの町並みは小さくて、流れる空気は緩やかだ。石畳で舗装された道を数えられる程度の人数が行き交っている。


 道すがらにあるのは僅かばかりの店と、民家。あとは畑と田んぼばかり。道の塗装が途切れて、その先の田園のさらに先には草原が広がる。

 草原へと足を踏み入れて、丘を登り、森に入り込む。優しい風に、木漏れ日、季節によって表情を変える木々は、今は黄金色の葉を飾り立てていた。


 小さな街に小さな自然だが、僕はひどく気に入っていた。自然を感じ取れるこの森を気に入っていた。


「今日も静かで良い日だねー」


 リザの言葉に頷く。僕らは森の中でも一際、大きな樹木の根本に腰かける。


「リディはここが好きだよね」

「自然が好きなんです。暖かくて、大きくて……」

「魔法使いには大事なことだよ。リディは魔法使いに向いてるのかもね」


 微笑むリザに、僕はうーんと返す。向いているのだろうか。


「私が言うんだから本当だよ。これでも結構優秀なんだよ?」


 悪戯っぽい笑みだったが、リザが優秀なのはよく分かっていた。

 今になって知ったことだったが、上級になれる魔法使いは多くない。多くの知識、実績を必要とするのだから、挑めるだけでも実力者だ。

 その中にあってリザはかなり若い方に入る。何より、修行の最中で見せてもらった魔法の数々からそれは窺える。


「そういえば」


 またもリザがにやりと笑う。


「今日はあれの日だね」

「あれの日ですね」


 僕もにやっと笑う。二人して悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

 何の日かは、夜になれば分かる。



 帰り道。広場に小さな人だかりができていた。

 中心にいるのは弓を持った大柄な人影。赤と青と白の意匠を施した派手な服装に、口元を覆い隠す覆面と巨大な帽子。手元の弓には弦が五つ。それぞれを指で弾くことでいくつもの音階を鳴らしていた。


「旅芸人、でしょうか」

「珍しいね」


 周囲の人々は音楽に聞き入っていた。何だか妙に聞いたことのあるような曲調だ。

 演奏が終わると、何人かが硬貨を旅芸人に渡していた。リザが僕の代わりも含めて、お金を渡す。


「良かったよ~」


 芸人は何も答えず手を振った。それから、何故か僕の方を見たような気がした。

 何か違和感を覚えたが、そのまま僕たちは家へと帰ったのだった。

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