第3話 新しい人生

 朝日で目を覚ます。

 隣には母さんが眠っていた。父さんはもう先に起きているのだろう。

 寝転がって母さんの胸元に頭を押し付ける。


「ん……おはよう、リディ」


 目を覚ました母さんがの頭を撫でてくれる。

 深呼吸をして、部屋の香りと母さんの匂いを感じる。それだけで安心感で胸がいっぱいになる。


「おはよう、母さん」


 返事をして身体を起こす。開かれた窓の向こう側には、燦然と輝く太陽と、広大な青空が広がっていた。


 僕がこの家に転生してから、五年が経過していた。

 肉体年齢が二歳のときに転生したため、今は七歳だ。

 五年間で分かったことは色々とある。


 まずは自分たちの名前。僕の名前はリベルト・アインツ=クラインベルで、母さんはイザベラ、父さんはベインコフという。

 どうやら僕の生まれは裕福な家柄らしい。物に困っている様子がほとんど見られない。


 次に、やはりここが異世界であること。要因は色々とあるが魔法なんてものが実在することが決定的だった。

 亜人種と呼ばれる存在も異世界である証拠となった。牛のような角を持つアステル人、獣の耳と尾を持つフェリル人にケルヴ人、旅をする種族のミノ族に、人間と敵対している巨人族と魔族。他にもいくつかいた気がするが、子供の頭だと覚えが悪い。


 僕がいる国は王国で、王族が治めている。騎士団というものがあって、各地の警備を行っている。優秀な騎士は領地が与えられる。一応、父さんもその類らしい。あんまり騎士っぽくないけど。


 最後に、住んでいる場所。位の高くない父さんに与えられた領地は国土の南方。気候が安定していて住みやすい代わりに産業が農業ぐらいしかなく、良くいえば牧歌的で悪くいえば田舎だ。


 窓から外の景色を眺める。簡単な石畳の道を、ちょっとの人々が行き交っていて、風景のあちこちに田園が広がる。家々の向こう側には綺麗な草原と、遠方に山脈が見える。

 外を通る風が優しく室内に入り髪をくすぐる。僕はこの風景がとても気に入っていた。


 そう、前世とは全く違う暮らしだった。母も父も優しく接してくれる。失敗して怒られることはあっても、存在を否定されることはない。久しく忘れていた、普通の生活だ。


 もちろん異世界なので以前とは全然違う部分もあった。


 昼過ぎ、昼食を終えたところで父さんが声をかけてくる。


「じゃあ今日の日課をやるぞ」

「はーい」


 家の裏手に出て、立てかけてある木製の剣を構える。

 日課というのは訓練のことだった。父さんは自分が騎士なのもあって、僕の肉体を鍛えることにとても興味があった。

 僕自身も、小さいうちに鍛えられるなら良いと思ったし、この世界は身体を鍛えておいた方が良さそうだからちょうどよかった。


 訓練が終わった後は母さんが勉強を教えてくれた。識字率についてはまだよく分からないが、少なくとも母さんは読み書きを教えられる程度の教養を持っていた。

 勉強の中には魔法についてのことも含まれていた。大歓迎だし大興奮なんだけど、ちょっと問題もあった。


「水の精よ、我が呼び声に応えよ、クリエイト・ウォーター!」


 両手を掲げながら、母さんに教わったとおりの詠唱を行う。両手を覆うように魔力の燐光が輝き、手の間で水が発生、そのまま球の形状とな……らなかった。

 形を固定できなかった水はそのまま落下。無駄に床をちょっとだけ、濡らして終わり。


「うーん、なかなか上手くいかないわねぇ」


 母さんも困り顔。僕は魔法の才能があるわけではないようだった。

 まだ子供なので練習すればいいだけの話らしいが、少なくとも才能が凄まじくあるわけではない、とのこと。

 正直、がっかりだった。普通、転生したらなんかの才能は凄まじくあるものじゃないのか。

 幼少期から魔法でがんがん活躍できるだろうな、と自惚れていただけにショックが大きかった。


「あーあ」

「そのうちできるようになるわよ。父さんと母さんの子だもの」


 不貞腐れたように(実際不貞腐れてるが)声をあげて、椅子に座ってる母さんにしがみつく。年齢の割にちょっと子供っぽい気はするが、気にしないようにしている。

 理由は簡単で、母さんがあんまりに美人だからだ。


 碧色の綺麗な長髪、色白の肌、齢二十四は甘えられる相手としてあまりに魅力的すぎた。何より胸が大きい。ふわふわのもちもちで最高なんだ。

 これを好きにできる父さんに軽い嫉妬を覚えるレベル。まあ、僕も好きに飛び込んでるけど。


「よしよし」


 母さんの手が頭を撫でてくれる。それだけですごく居心地が良い。

 見上げると、優しい笑顔がそこにはあった。母さんや父さんの笑顔を見る度に、少し泣きそうになる。ほしかったものがここにはあるから。


 だから、僕は前世のことを忘れることにした。あれはもう終わったことで、なくなったことで、忘れていいことなんだ。

 僕はベインコフとイザベラの子、リベルトだ。それだけで、もう十分だ。




 夜。夕食をとっていると父さんが神妙な面持ちとなった。


「なぁ、ひとつ思ったんだが」

「なに?」

「そろそろもうひとり、子供を作らないか」


 あー、それは面白そうなイベントですね。努めて僕はその言葉を言わないようにした。

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