第4話 放浪の魔法使いの伝承、その始まり

クヴィジは炎を見つめながら、にやりと笑った。


「この旅が始まったのは――

あの若い男が、まだ十五になったばかりの頃だった」


「あの時代じゃな、

もう結婚を考えてもおかしくない年頃でな……」


「えへへへ」


彼はどこか得意げに付け加えた。


――バシッ。


すぐさま後頭部に一撃が飛ぶ。


「いった!」

クヴィジは肩をすくめ、咳払いをした。

「こほん、こほん……。

はいはい、わかった。続けるよ」


子どもたちは息を潜めて聞いていた。

祖母は肘をつき、すべてを知っているかのような、余裕の笑みを浮かべている。


「さて……」


クヴィジは声を落とした。


「それはもう、ずいぶん昔の話だ。

大抵の若者は、その年頃じゃ頭の中は空っぽだ」


「だが――彼は違った」


彼が毎日願っていたのは、ただ一つ。


旅だった。


その想いはあまりにも強く、

毎晩、夕焼けが地平線を覆うたび、

太陽が完全に沈むまで、彼は崖の端に座っていた。


そこから見えるのは、小さな自分の村だけ。

その先には――

果てしなく広がる森、

切り立つ岩山、

きらめきながら流れる小川。


夢。


クヴィジは、静かに息を吐いた。


「そして、どんな物語でもそうだが……

いずれ、我慢は尽きる。

願いは、静かではいられなくなる」


「そうして――」

彼は続けた。

「十五になったその日、

若く、荒削りな冒険への憧れを抱いた男は、

最初の壁にぶつかることになる」


朝。


彼は伸びをし、首に走る痛みに顔をしかめた。

干し草を敷いただけの寝床は、いつも通り寝心地が悪い。


右手の小さな腰掛けの上には、

ひんやりとした水を張った木のひしゃくが置かれていた。


朝日が、彼の髪に差し込む。

陽射しが強ければ強いほど、髪は栗色に近づき、

光が弱まると、深い茶色へと変わる。


「親から受け継いだ、ちょっとした特徴でな」

クヴィジが鼻で笑った。


「はいはい……」

祖母が小さく呟く。

「きれいな髪だこと……」


クヴィジは、少しだけ照れた。


「ねえ、栗色ってなに?」

ライサが小さな声で尋ねる。


「茶色とは違うの?」

アルドが続けた。


「父さん母さんに聞きなさい」

クヴィジは手早く受け流し、話を戻した。


青年は寝台の端に腰を下ろし、ひしゃくを手に取る。

水面に映った自分の顔を覗き込んだ。


赤みがかった瞳。

若く、整った顔立ち――

だが寝起きで、目の下にはうっすらと青い影がある。


彼は水で顔を洗った。

歯は、昔ながらのやり方で――リンゴをかじって整える。

魔法でも奇跡でもないが、

それでも口の中はすっきりし、力が湧いてくる。


部屋を出ると、家の中央へ出た。

炉では小鍋がことことと煮えている。


卓には、木の皿と匙を前にした小さな女の子が座り、

朝食を今か今かと待っていた。


隣の部屋から、四十ほどの母が現れ、

続いて、背の高い、逞しい父が姿を見せる。


「おはよう」


二人は、ほぼ同時にそう言った。


朝はいつも通りに過ぎていった。

畑の話。

今週の仕事。

天気のこと。


食事を終え、彼は家を出る。


目の前には、草原と畑が広がっていた。

空は澄み渡り、

甘い草の香りを運ぶ風が吹き抜ける。


遠くでは、羊飼いが牛や馬を追っている。

村の反対側では、子どもたちが広場ではしゃぎ、

触れ役が王の新たな布告を読み上げていた。


彼は一瞬、その光景に目を留め――

ふと、思い出す。


昨日の用事のあと、

果物を頼むのを忘れていたことを。


「……あれだ」


彼は小さく呟いた。


ナスに似た形をしているが、甘い果実。

肉厚で、瑞々しい。


父に声をかけ、

許しを得ると――

彼は迷うことなく、親族のもとへと駆け出した。


クヴィジは、そこで言葉を切った。


暖炉の火が、ぱちりと小さく弾ける。


「……そしてその先でだ」


一拍置いて、彼は言った。


「彼が家を出た本当の理由が、始まったのは」

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