第3話 物語が始まる前に

「でおじいちゃーーーん!!!」


男の子と女の子の声が一つになり、長い叫びとなった。

暖炉の火さえ、びくりと揺れた。


「こんなの変な物語だよ!」

アルドが立ち上がって抗議する。

「お母さんとお父さんが言ってた!

 知ってる魔法使いは怖いんだ!

 一振りでみんなを倒して、誰も生き残らないような!」


「うそ!」

少女がすぐに反発した。

「かっこよくて、魅力的で、優しいんだよ!」


「強ぇえええ!!」

アルドが叫ぶ。


「ちがーう!!」


「静かにしろ」


クヴィジの声が、雷のように響いた。


彼は一歩前に出て、二人の間に立つ。

その姿は一瞬、子どもたちの目には普段よりずっと大きく、

そして恐ろしく見えた。


アルドとライサはびくりと震え、黙り込んだ。


「……お前たちは、本当に親たちにそっくりだな」


クヴィジは首を振り、くすりと笑う。

そして火のほうへと背を向けた。


「あの魔法使いなら、知ってるよ」


「ええっ!?」

子どもたちが同時に息を飲んだ。


「本当?!」

「おじいちゃん、教えて!」

「教えてよおお!」


「ただし、一つ条件だ」


クヴィジは指を立てる。


「もう割り込むな。

 でなければ、話さない」


子どもたちは激しく頷き、

すぐに暖炉のそばへとぴったり座り直した。


クヴィジは、ゆっくりと息を吸う。


「では……二十年前のことだ」


落ち着いた声だったが、

どこか遠い微笑みが混じっていた。


「むかしむかし、ある若い放浪の魔法使いがいた。

 予言だの騒ぎだのは、自分には関係ないと決めた男だ」


「力はあった。

 それも、常識外れなほどの力をな」


「話術も抜群で……

 女の子たちは、彼が現れるだけで寄ってきた」


子どもたちは顔を見合わせる。


「だが彼は、そんなものには興味がなかった」


クヴィジは続けた。


「これもあれも、欲しがらなかった」


「どうして何も欲しがらなかったの?」

アルドがすぐに聞く。


「女の子も欲しがらなかったの?!」

ライサが続けた。


クヴィジは一瞬むっとしそうになり……

代わりに笑い出した。


「あはははは……」


「考えたこともなかったんだ」


ようやく、そう言った。


「彼が欲しかったのは、ただ一つ。

 ただ在ること。

 自分らしく、存在することだけだ」


暖かい季節は厳しい冬へと変わり、

仲間も、道も、顔も変わっていった。


冒険者として名を上げる前、

魔法使いはただ世界を放浪していた。


見て、学び、観察していた。


彼は予言の転生英雄たちを見た。

普通の生き物たちの向こうにある混沌を見た。

そして――あまりに多くのものを見た。


アルドとライサは緊張して爪を噛んだが、割り込まなかった。


「放浪の中で、彼はいつも記憶の欠片を残したかった」


クヴィジは続ける。


「だからこの本が生まれた。

 世界について。

 戦争について。

 女の子について。

 愛について。

 あらゆることについて」


彼は、くすりと笑った。


「だって、あのすべてを経験した魔法使いは……

 今でも生きているんだからな」


「ええええ!!」


子どもたちが飛び上がる。


「生きてるの?!」

「そうだ」


クヴィジは頷いた。


「今どこにいるの?」


クヴィジは口元に、意味ありげな微笑みを浮かべた。


「迎えに来る親たちに、聞いてみろ」


「じゃあ、おばあちゃんはどこ?!」

アルドが尋ねる。


クヴィジは固まった。


「……おばあちゃんからも、何か聞きたいのか?」


「聞きたいよおお!」


その瞬間、背後から

落ち着いた、自信に満ちた声がした。


「やあ、みんな」


子どもたちが振り返る。


「おばあちゃーーーん!!!」


三十五歳ほどの女性が、腕を組んで扉に立っていた。


「クヴィジ。待て」


彼女は彼のフードを掴む。


「これは何のつもり?」


グロッグの入った杯に、顎をしゃくった。


「えっと……少しだけ」


クヴィジが気まずそうに言う。


「物語の雰囲気に。

 子どもたちのために……」


「ふん、子どもたちのためね」


彼女は目を細めた。


「じゃあみんなに聞かせてよ。

 何を話そうとしてるのか、

 寝不足の酔っ払い」


彼女は隣の椅子に腰を下ろし、

クヴィジを睨んだままだ。


クヴィジはため息をついた。


「わかったよ……」


彼は本を開く。


「――ここからだ」


暖炉の火が、ぱちりと音を立てた。


物語は、これから始まる。

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