第11話 【マザコン殺人鬼】丸子佳祐
丸子は幼少期から母親に溺愛され、甘やかされながら育った。
いつまでも親離れできなかった丸子は四十歳を超えても幼児のような言動を見せる異常者として近隣の住民たちから警戒されていたらしい。
そんな丸子の人生は、母の死を契機に大きく変わる。
自分を愛してくれた最愛の母の死は、丸子の心を大きく揺さぶった。一時期は家に引きこもり、外部との接触を一切絶ったこともあるようだ。
ただ、こいつが後にやったことを考えると、そのまま引きこもり続けてくれた方が良かっただろう。
ある日のこと、公園で子供と遊んでいた母親が忽然と姿を消した。
家族や警察が必死に捜査する中、程なくして同じく母親が消える事件が二件、立て続けに発生する。
連続母親失踪事件……子供ではなくその母親を狙って繰り返し発生したこの事件は大いに世間を沸かせ、母親たちは一刻も早く犯人が捕まることを祈り続けた。
そんな母親たちの願いが天に届いたのか、事件は予想外の形で決着を迎えることになる。
ある日、丸子家の近所に住む人々から「ひどい異臭がする」との通報を受けた警察は、踏み込んだ丸子の家の中で放置されている三人分の腐乱死体を発見した。
即座に丸子は逮捕され、鑑定の結果、この遺体たちは行方不明になっていた母親たちであるという結果が出た。
取り調べを行った警官に対して、丸子は犯行の動機をこう語ったという。
「ママが欲しかったんだ。新しいママ。僕を愛してくれる、僕だけのママが」
丸子は、自分を溺愛し、ずっと傍にいてくれた母が死してなお、親離れできなかった。
母の代わりとなる存在を求め、母の面影や母性を感じる女性を誘拐し続けるという凶行に手を染めてしまった丸子だが、こいつの狂気はそこで終わるものではない。
何故、わざわざ母にすべく誘拐してきた女性たちを殺したのか? その理由を問われた丸子の答えが、この男が如何に狂っているかを表していた。
「だって、僕の理想のママじゃなかったから。僕を愛してくれないママなんて、要らないもん」
『母を求めて三人殺し』……名作アニメのタイトルをもじった見出しと狂気に満ちた丸子の答えが載せられた新聞は多くの人々に読まれ、その背筋を凍らせた。
こうして、理想の母を求める自分の欲望を醜く暴走させ、理不尽に三人の母親の命を奪った丸子佳祐の名は【マザコン殺人鬼】という異名と共に広がり、彼は特別犯罪者として収監されることが決まったのであった。
『理想の母親……いや、死んだ母親の幻影を求めて犯行を重ねた男か。悪趣味でしかねえな』
俺の話を聞いたアモンが辟易とした様子で呟く。
物陰に隠れ、母親たちを救出するタイミングを窺っていた俺の目の前で、事態が動き始めた。
「お、お願いします、帰してください……!」
母親の一人が、勇気を振り絞って丸子にそう懇願したのだ。
嫌な予感を覚えながらもここで奴を刺激するのはマズいと判断した俺は、飛び出す準備をしながら状況を見守る。
「私たちを帰してください。わ、私たちは、あなたの母親にはなれません……!」
「子供が待ってるんです。お願いだから家に帰して……!!」
我が子を想う母親たちが、震える声でそう頼み込む。
丸子はそんな二人を見つめていたが……不意に口を開いた。
「……なんでそんなこと言うの? なんで? なんで!? ママなのに僕のことを受け入れてくれないの!?」
「ひっ……!?」
まるで玩具を買ってもらえなくて癇癪を起こした子供のように喚き散らす丸子。
微塵もかわいらしさなんてない、大人になれなかった中年男性が泣き喚くその姿は醜いの一言で、同時に恐怖を感じさせるものでもあった。
自分のことを怯えた目で見る母親たちの視線に気付いたであろう丸子は、一層声を張り上げながら彼女たちへと言う。
「この世界ならママに会えると思ったのに! お前たちは僕を受け入れてくれるママだと思ったのに! よくも裏切ったな! 死んじゃえ! 偽物のママなんていなくなっちゃえ~っ!!」
「いっ、いやっ……!!」
「いい加減にしろ、このマザコン野郎っ!!」
大声で叫んだ丸子が母親たちの首に手を伸ばす。
その光景を目にして咄嗟に飛び出した俺は、丸子が彼女たちの細い首を掴む前に側面から贅肉だらけの体を蹴り飛ばしてやった。
「大丈夫か!? しっかりしろ!」
「う、あ……」
「うぐ……」
母親たちはぐったりとしており、俺の声にも反応しない。
命に別状はなさそうだし、どうやら恐怖のあまり緊張してしまったようだと考えたところで、起き上がった丸子がこちらを見ながら口を開いた。
「お前! お前お前お前っ! よくも僕を蹴ったな!? ママにも蹴られたことないのに!」
「口を開けばママ、ママって、気持ち悪いんだよ、お前」
「僕を馬鹿にするな! 僕は気持ち悪くなんかない!!」
鼻息を荒げながら喚く丸子は、豚にしか見えなかった。
見ているだけで嫌悪感を催すその姿に眉をひそめる俺であったが、そこで知らない声が響く。
「落ち着けよ、丸子。見え見えの挑発に乗るなって」
「あ……?」
『この声……ゲネガか!』
どこか邪悪さを感じるその声に反応したのは俺だけではなかった。
ゲネガ、という名を出したアモンに応えるようにして、丸子の中から灰色の鮫のような悪魔が飛び出してくる。
「よう、アモン。裏切り者とこんなに早く再会できるだなんて思ってなかったぜ」
「随分と素敵な野郎と契約したもんだな、ゲネガ。お前にぴったりの気色悪い人間だ」
丸子の中から飛び出したゲネガと同じく、アモンも腕輪から飛び出すと共に悪魔同士で煽り合う。
普段の陽気な雰囲気ではなく、敵意と警戒を全面に押し出したアモンの姿を目にした俺は、小さな声で尋ねた。
「あの悪魔、お前の知り合いか?」
「ゲネガ、鮫の悪魔だ。能力はさっき見た通り、地中を泳げるようになるのと――」
「ゲネガっ! ベラベラしゃべってないで僕に力を貸せ! あいつと偽物のママたちを殺してやる!」
「ああ、いいぜぇ! お前の悪意、思う存分解放しろ! 契約、執行!」
アモンが説明を言い終わるより早く、我慢ができなくなった丸子が契約した悪魔であるゲネガへと吠える。
その咆哮に反応するように再び丸子の中にゲネガが戻った途端、悪魔と融合した肉体が変化を始めた。
「ママ! ママ! ママァッ! 僕はママを見つけるんだ! その邪魔をする奴は、全員この力で消してやる!」
変異した丸子の姿は、脚が生えた鮫によく似ていた。
体の大半は大きな口が占めていて、腕も鋭利なヒレになっているせいで何かを掴めるようには見えない。
体のバランスを保つためなのかやや丸みを帯びている体は丸子の肥えた肉体そっくりで、正体を知っていると少し滑稽に思えた。
「行け、丸子! お前の力を見せてやれ!」
「ウワアアアアアアアアアアッ!」
咆哮からの跳躍。俺に飛び掛かるのではなく、プールに飛び込むように地面に潜った丸子が体格に見合わない速度で突っ込んでくる。
横っ飛びにそれを回避した俺が体勢を立て直す中、丸子は獲物を狙う鮫と同じく周囲をぐるぐると泳ぎ回り始めた。
「お前も、そこの女たちも、全員殺してやる! そうしなきゃ、ママを見つけられない!」
「どこまでも救えねえな、お前は! その身勝手な欲望で三人も殺した癖に、また同じことをするつもりか!?」
「フシシシシッ! おいおい、アモン? お前の契約者はとんでもねえ馬鹿だなぁ! 異世界に転移しただけで、悪人が善人になるわけねえだろ!?」
「前の世界のことなんて関係ない! あの世界には僕の理想のママはいなかった! 悪いのは僕を弄んだ偽物のママたちだ! こっちの世界に来て、僕の罪はリセットされたんだ! 今度こそ綺麗な身で、ママを見つけ出すんだよぉ!」
「……もうしゃべるな。お前たちの話を聞いてると、吐き気が湧いてくる」
アモンの言葉に、俺も心の中で同意する。
罪を罪とも思わず、自分の悪事を正当化し、あまつさえ元の世界で犯した罪を異世界転移でリセットされたなどと
「相棒、俺は準備できてるぜ!」
「相棒って言うな」
アモンが戻った腕輪を、右手で強く握る。
冷たい腕輪を力を込めて握りながら、心の中で燃える怒りの炎を熱く滾らせながら、俺は唸るように言った。
「契約、執行……!!」
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