第2話 甘さの距離

 セット転落事故から数日後。

 Flor de León(フロール・デ・レオン)は、何事もなかったかのように次の仕事を終えた。


 楽屋は、収録後特有のざわつきに包まれている。


「お疲れさまでしたー」


 スタッフが労いの言葉と共に部屋を出た。


 ――ばたん。


 扉の閉まる音。

 メンバー5人だけの空間になった。

 後は少し休憩をして、各々荷物をまとめて帰るだけ。


 鏡台の椅子に腰を下ろした戌井レオナは、無言で水を一口飲んだ。

 ハーフ特有の端正な顔立ち。

 金髪で癖のあるロングヘア。

 緑の瞳。

 小柄だが、姿勢に隙がない。


「……あの」


 声に反応してレオナが見上げた先。

 立っていたのは、少数だが根強いファンを持ち、素朴な可愛さが評価されている少女――ユイだった。


 ユイは、リボンがかかった紙箱を抱えていた。

 一度大きく息を吸って、それを両手で差し出して、告げる。


「これ――よかったら、どうぞ」


 ユイは数瞬、視線を泳がせた後。

 意を決したように、レオナの瞳をまっすぐ見詰めて。

 微笑みながら、言葉を続ける。


「この前、助けてくれたお礼です――ありがとう」


 セット転落事故の際、レオナが助けた為らしい。


 レオナは、動じることなくそれを受け取る。

 ラッピングを外し、蓋を開けると、中には動物の形のクッキーが並んでいた。

 形は少し歪だが、焼き色は綺麗だ。


「ユイちゃん、それ手作り?」


 ひょこっ、と。

 色がピンクのぱっつん前髪を持つ派手な少女――ミウが身を乗り出した。

 地雷っぽい服装に、ぴかぴかのネイル。

 カラコンを装着した目も、キラキラ光っている。

 今日も自分が一番可愛い、と全力で主張するスタイルだ。


「うん! ヒカルさんに教えてもらって……」


 次の瞬間。


「ふっ」


 と、芝居染みた笑い声がした。

 前髪を指先で払い、わざとらしく斜め四十五度に顎を上げる少女――ヒカル。

 宝塚の王子様役みたいな“気取った笑顔”を、今日も維持している。


「ボク直伝だからね。期待してくれていいよ」


 キメ顔と一緒に、キメ台詞。

 楽屋の空気が一瞬だけ止まり、

 次の瞬間、ミウが真顔で罵倒した。


「うわうっざ」


 声のトーンも低くて、素が出た感がヤバかった。

 心底うざかったのだろう。


「……ははは、傷つく!」


 ヒカルは鷹揚に笑って返す。

 ――ちょびっと涙目だったけど、三人はクッキーを見ていて気が付かない。


 少し離れた場所でみんなを眺めていたリーダーのヨシノは、お嬢様言葉がデフォルトの、ほんわかした少女だ。


「あらあら」


 ヒカルを見て、そう零して。

 特に何も言う事なく。

 笑って済ませるのだった。


 なので今日も、ヒカルはなんとか王子様を演っている。



 レオナはクッキーを一枚手に取り、口に運ぶ。

 咀嚼。

 飲み込む。


「……美味しい」


 その台詞に、ユイの顔がぱっと明るくなる――が。

 レオナは、間を置いて続けた。


「でも、砂糖足りない」


 ミウは呆れたように笑いながら茶々を入れる。


「うーわー、言い方!」


 ユイは、一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに笑った。


「わかった! 次はもっと甘くするね!」


 その返事に、レオナは特に反応しない。

 ただ、次のクッキーを食べる。


 その様子を、少し離れた位置から見ていたヨシノが、レオナに近付きながら言った。


「わたくしにも、ひとつくださいな」


 声は穏やかで、のほほんと柔らかい。

 レオナはひとつ頷くと、

 クッキーを一枚手に取り、

 そして――そのまま、ヨシノの顔の前に差し出した。


 ヨシノは一瞬だけ瞬きをし、微笑む。

 そのまま、差し出されたクッキーを口で受け取った。


 いわゆる【あーん】である。


 もぐもぐ。

 静かに咀嚼してから、ユイとヒカルの方を見て、ヨシノはにこやかに報告する。


「美味しいですわ」


 その一連が、妙に絵になった。


 顔の良い少女が二人、

 距離感ゼロで、当たり前みたいに。


 ユイが、ちょっと照れたように声を漏らす。

「うわあ、あーんだ」



 ミウはすかさず、ツッコミを入れる。

「ちょっと、楽屋で百合営業とか、ここカメラないんで意味ないですけどぉ?

 ……ってかレオナちゃん、ヨシノさまと顔近すぎ」

 口調は軽いが、ちょっと眉間に皺が寄っていた。



 ヒカルは固まっている。

 言葉は出ない。

 出ないけど、顔は雄弁だ。

 ――あれ?

 ――今、何が起きた?

 次いで、ちょっと涙目になって、ヨシノをジッと見詰める。


 2人分熱量の高い視線が注がれても、ヨシノは相変わらず、のんびりした笑顔のままだ。

 

 レオナは、何も気にしていない。

 ただ、クッキーを食べ続けた。

 残さず食べて、最後に言う。


「ごちそうさま」


 ユイはもう一度笑って、軽く頭を下げた。


「また、作るね」


 その流れで、ユイはヒカルの方を向く。


「ヒカルさん、また今度、作り方教えてください!」


 深々と頭を下げた。

 つむじから誠実さが溢れ出すようだった。


 勢いに気圧されて、ヒカルが一瞬固まる。

 しかし数拍あけて、咳払いした後、前髪を払って立て直す。


「も、もちろんさ! まかせたまえっ」


「前髪ファサッてさ」


 ミウがすかさず突っ込む。


「平成通り越して昭和じゃん? ヒカルくんってレトロー♡」


「……ははは、傷つく!」


 ヨシノは、頬に手をあて、ほんわかと言う。


「その際は、また御相伴に預かりたく。玉露かシルバーニードルズを用意致しますね」


 ミウがテンション高く歓声を上げる。


「きゃあっ♡さすがヨシノさま♡セレブ♡」


レオナは、興味なさそうに立ち上がった。

 カバンを掴む。帰る準備。


 その横顔は、今日も端正で、今日も無表情で、今日も“少しズレている”。


 レオナは心の中で、静かに思った。


(……帰りに大判焼きを買おう)


 そのタイミングで、楽屋のドアが開いた。


「お前らぁ」


 社長が言った。


「次、ルームツアー企画な」


 一拍。


「ええ……マジですか?」

 ミウが即座に食いついて、言葉を続ける。

「どこまで映していいのかなあ」



 ユイは、少しだけ肩をすくめる。

「わ、わたし、部屋……大丈夫かな……」



 ヒカルは咳払いをして、姿勢を正した。

「問題ないさ。ボクの生活は、常に美しい」



 ヨシノはにこにこしている。

「皆さまのお部屋、楽しみですわね」



 レオナは。

「……」

 大判焼きを咲姫にも買って行ってあげようと、もうそれしか考えていなかった。


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 その夜。

 レオナは、大判焼きを二つ買ってお隣さん家へ向かった。


「ルームツアー、出ることになった」


 向かいに座る咲姫に言う。


「え?」


 咲姫が固まる。


「自室紹介するやつ」


「……ま、待って」


 大判焼きを机に置いて、慌てて声を上げた。


「レオちゃん、お、お願いだから、私の名前とか、職業とか……絶対、撮影中に言わないでね?」


 咲姫の懇願に。

 レオナは一度、首を傾げる。


「……わかった」


「ほ、ホントに、わかってる……?」


「わかってる。咲姫の名前や職業を放送中言わない」


 レオナは、大判焼きを一口かじる。

 あんこが甘い。

 頬が緩む。


「……甘いのばっかり食べてると太るよ?」


 咲姫は、何気ない調子でそう言った。


「平気。運動してる」


 レオナは気にする様子もなく、大判焼きを持った手を持ち上げる。

 包装紙の端を折り返し、もう一口かじった。


「……あ、でも今日はクッキーも食べた」


「クッキー? 珍しいね」


「貰ったから」


 咲姫の手が、ほんの一瞬だけ止まる。

 レオナは、何でもないことのように答える。


「貰った?」


「うん、メンバーのユイに」


「……」


 咲姫は、それ以上何も言わなかった。

 視線を外し、大判焼きの包み紙を指で整える。

 折り目を、やけに丁寧になぞっている。


「咲姫?」


 返事はない。


「具合悪いの? ……咲姫おねえさん」


 レオナが下から覗き込むように顔を近づけると、

 咲姫はぎゅっと口を結んだ。


「……〜ッ」


 声にならない音。

 それから、短く息を吐く。


 次の瞬間。

 レオナの頭に、両手が降ってきた。


「もう……」


 わしゃわしゃと、少し強めに。

 逃がさないみたいに。


 レオナは、されるがまま目を細める。


 理由はよくわからない。

 でも、嬉しい。


 それだけは、はっきり分かった。



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 次回、ルームツアー。

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