きみのためならなんでもできる!
鬼灯
第1話 きみのところへ
スタジオの照明は、白く眩い。
「では次、自己紹介お願いします!」
カメラが回り、五人の少女が横一列に並ぶ。
「皆さま、はじめまして。私たちはFlor de León(フロール・デ・レオン)と申します——」
売り出し中の若手アイドルグループ。
メンバーは、全員女子高生。
リーダーから順に挨拶をしていく。
それぞれが、思い思いに愛想を振りまいている。
その一番左端。
戌井レオナは、静かに立っていた。
金髪の癖のあるロングヘア。
緑の瞳。
小柄な体。
隙のない立ち姿。
「……戌井レオナです」
見た目通りの高く甘い声なのに。
端的で、愛想のない名乗り。
リーダーが、穏やかに補足した。
「レオナさんは、とても頼りになる方ですの」
しかし、他のメンバーが茶化す。
「いっつも黙っててお地蔵さまみたいですけどねー♡」
暴言にも取れる発言。
慌てるべつのメンバー。
「お、おいっ」
「おーっと、メンバー間に不和が!?」
囃し立てる司会の声に重ねるように、フォローも飛び交う。
「そ、そんなことないですっ! みんな仲良しですよ!」
にわかに騒がしくなるスタジオ。
レオナは、当事者であるにもかかわらず。
何も弁明せず、視線も動かさず。
ただ、口の中で呟いた。
「……早く、会いたいな」
--------------------
収録は大きな問題に発展せず終わった。
茶化したメンバーが社長兼マネージャーに叱られた程度だ。
「よし、お前ら家まで車で送ってやる。でも事故があったみたいで道路渋滞してっから、ちょっと帰るの遅くなるかもな」
社長兼マネージャーの言葉に、メンバーが各々リアクションをとる。
「えー? もう疲れたー」
「わたくしは、家の者が迎えに参りますので別で失礼致しますわ」
「ボクはお願いするよ、商店街の前で下ろして欲しい」
「あ、私も……」
――その直後だった。
バキッ、と破砕音がする。
セットの一部が折れて、大きく傾いた。
「危な――!」
声が上がる。
折れた残骸が、メンバーの1人に向かって、落下していく。
――レオナは、すでに動いていた。
一歩踏み出し、メンバーの腕を掴む。
抱き寄せ、腕に抱えて、跳ぶ。
刹那の後。
――ドン! と音を立てて、残骸が床にぶつかった。
「……大丈夫?」
抑揚の少ない声。
助けられたメンバーは、しばらく呆けた後に、慌てて礼を口にする。
「あ、ありがとう!」
レオナは距離をとりながら、なんでもないように答える。
「別に」
周囲のスタッフや演者がざわつく。
「レオナ、ユイ! 怪我ない!?」
「今の、見た?」
「めっちゃ早くなかった?」
「すげえ、一瞬で抱えたぞ」
「縮地やん!」
社長や他のメンバーも、心配そうに2人に声をかける。
幸い怪我はしていなかった。
「でも、一応病院行っといたほうが……」
「行かない、帰る」
気遣う言葉を一刀両断。
即答するレオナ。
そのまま背を向けて歩き出す。
社長がその背中に声をかける。
「え、じゃあ送るぞ?」
レオナは顔だけ振り返り、断りの言葉を続ける。
「いらない。渋滞してるなら、走ったほうが早いでしょ」
「は?」
言葉を失う周囲を放置して、レオナはその場にしゃがみ込む。
運動靴の紐を確認したあと。
低い姿勢から身を起こし、
跳び出す。
見事なクラウチングスタートだった。
-------------------
夕方の住宅街。
金髪で作務衣の中年男性が、自宅の玄関前で掃き掃除をしていると。
――ダダダダダダダダダダダダッ!!!!
勢いのある足音と、舞い上がる砂埃。
男性は動じる様子もなく、騒音のもとを迎える。
「おかえり、レオナ!」
――キキィィィィィィィィッ!!!!
ブレーキ音。
人の足から出る音ではない。
しかし出ている。
人ではないのかもしれない。
急停止した彼女ーーレオナは、少し表情を和らげて答えた。
「ただいま、パパ」
パパと呼ばれた男性は、笑顔で続ける。
「お疲れ様! おやつに大判焼き買ってあるよ」
レオナは一瞬口角を上げ、返答する。
「ありがと、あとで食べる」
そのまま、自宅の前を素通りして、隣の家へ。
「ああ、今日も咲姫(サキ)ちゃんのとこだね」
パパもひとつ頷いて、掃除を再開した。
--------------------
隣家の玄関を、合鍵を使って開けるレオナ。
そのままスタスタ廊下を進む。
「ただいま、おばさん」
居間でテレビを見ていた家主の1人に声をかける。
「あら、レオナちゃん。おかえりなさい」
応じた家主は煎餅を食べながら天井を指差して言った。
「咲姫なら部屋にいるわよ」
--------------------
何度も登った木製の階段を、迷いなく駆け上がる。
階段を登ったら、廊下を真っ直ぐ。
いちばん奥の部屋だ。
ノックはしない。
部屋の主は集中していると、ノックなんてどうせ聞こえやしないのだ。
襖を開ける。
――バァンッ!!
……ちょっと勢いがつきすぎた。
「咲姫」
「ひゃっ……! れ、レオちゃん?」
猫背で椅子に座り、パソコンに向かっていた女性が肩を跳ねさせる。
綺麗な黒髪がフワッと浮いた。
振り返る。
眼鏡の向こうで驚きに見開かれた目も、黒曜石のようだとレオナは思っている。
次の瞬間には、レオナと彼女――咲姫との距離は一歩分だった。
「はやっ、ち、近いっ!」
咲姫が椅子の上で身を仰反る。
小学校から使い続けている椅子が、ギィッと音を立てた。
次のお給金が入ったら新しい椅子をプレゼントしようかな、
でも年下の未成年からそんなに貰えないって、また困った顔させちゃうかな、
――なんて、レオナは考えつつ、さらに距離を詰める。
「締切近いんでしょ、どこまで書いた?」
訊ねながらパソコンの画面を覗き込む。
だけど、咲姫がすぐに腕で隠してしまった。
「ま、まだ途中! 見ないで……!」
オマケに、プイッと顔を背けてしまう。
「お、お仕事中だから、1人にして」
その態度と言葉に、レオナはちょっと嫌な気持ちになった。
「……」
だって、それなら。
「うぇっ?」
咲姫が間の抜けた声を上げる。
彼女が気がつく頃には、レオナの頭は咲姫の右手の下にあった。
素早くしゃがみこんで、手をつかまえて、自分の頭に乗っけたのだ。
(レオナは騎馬戦で負けたことがない)
慌てながら咲姫は手を離そうとするが、レオナが上から押さえ込む。
すると咲姫は顔を真っ赤にして、汗を浮かべながら叫ぶ。
「さっ、触ってないッ!」
なにが言いたいかわからず、レオナは首を小さく傾げる。
手は離さない。
「私からは、触ってないからね!」
吃音気味の彼女にしては、滑らかに放たれたその台詞。
その意味を数拍考えて、レオナは問い返す。
「なんで?」
「え?」
「なんで、触ってくれないの?」
「!?」
衝撃を受けたように絶句する咲姫を見詰めて。
少し、眉間に皺を寄せ、
ほっぺたを膨らませる。
端的に言うと拗ねながら、レオナは言葉を続けた。
「わたしも、頑張ってお仕事してきたよ――撫でてくれないの?
咲姫おねえさん」
「ッ!」
レオナの目が、ちょびっと潤む。
ほんのちょびっとだ、レオナは強い子なので、泣いてなんかない。
……泣いてないやい。
その様子を見た咲姫は。
「……〜ッ!」
声にならない声を上げつつ、
天井を見上げ、
プルプル震えた後。
「……ああ、もうっ」
両手を使って、レオナの頭をわしゃわしゃと撫でた。
手の動きにあわせて、やわらかな金髪が揺れる。
レオナは、心地良さそうに目を細めた。
「……やっぱ、これだ」
満足そうに、そう溢して。
口角を上げて、ほっぺたは桜色。
――誰が見ても、可愛い女の子。
「……これ、私は悪くないっ」
自分に言い聞かせるように小声で呟きながら、サキは顔を背ける。
耳まで真っ赤だ。
それでも、手は止めない。
……止められなかった。
きみのためならなんでもできる。
結局お互いそうなのだと、
1人は無自覚で、
1人は認めない。
今は、まだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます