第3話 塔守アキラ


 時間を空けてから屋上へ向かうと、塔守とうもりは陽当たりの良い場所を選んで座っていた。


 さらりとした秋らしい風が吹いているとはいえ、夕方の太陽はまだまだ暑い。自分は上半身を日陰に逃げ込ませると、話をする体勢を整えた。



「とりあえず、単刀直入に聞くけど」



 塔守とは小学校低学年からの付き合いになる。他にも幼馴染と呼べるような奴は数人いるが、彼が多分一番気安い。


 昔ほど会話する機会が減ってしまったとはいえ、お互い今くらいの距離感が丁度いいと思っている。はずだ。



「ナナセくん。今度の夜、お日乃ひのさんを連れて灯台まで来られる?」

「……ばーちゃんと?」



 塔守はややあって頷いた。塔守は昔からばーちゃんを『お日乃さん』と呼ぶ。家族と同じくらい接することの多かった彼は、自分と同じくらい可愛がられていた。



「灯台で何かすんの?」



 彼の遠い先祖は灯台守を生業としており、それこそ灯台が建つ前は篝火で航海の安全を守っていたというのだから、かなり由緒正しい血筋といえる。


 灯台が稼働しなくなってからは、本家の灯守家と傍系の塔守家が話を合わせて苗字を統一させたと聞いた。



「明かりを点けるんだ。最後になるかもしれないから、ナナセくんとお日乃さんに見てもらいたくって」

「なんで、ばーちゃんも?」



 とはいえ、周りがそのことを何処まで知っているかは分からない。分かることは、彼が自分の血筋に誇りを持っているということ。


 そして、灯台に出入りできる限られた人間であるということだ。 



「最近僕の祖父さんがさ、お日乃さんと同じデイサービスに通い始めてね。実はあの二人って幼馴染らしいんだよ」

「え、そうなん?」



 それは初耳だ。まあ、自分と塔守が幼馴染なのだから、この地に住み続けている彼らが何処かで繋がっていても不思議ではない。


 そもそも町の大きさを考えれば、当たり前といえば当たり前なのだろうが……。



「どうも幼い頃から仲が良かったみたいでさ。最近お日乃さんから、昔話と同じ光景がもう一度見たいって言われたらしいんだ」

「ああ、俺も何日か前に聞いたよ」

「その光景は新月限定で、灯台に明かりが点かないと見られないっていうんだ。でも、祖父さんは足があんま良くないからさ。僕が見せてやれって」



 青い星が降るという古い昔話。それを話すばーちゃんの目はいつも懐かしさと輝きに満ちていた。


 きっと本当に素敵な光景なんだろう。いつか自分でも見てみたかったし、見せてあげたいと思っていた。



「塔守は見たことあんの?」

「いや、ないよ。昔の記録から色々調べただけ。なんていうかさ、祖父さんが大丈夫って言ってるから大丈夫なんだろうけど、内心ちょっと不安なんだ」



 後ろの塀にもたれ掛かりながら、彼は少しだけ言葉を選んでいるようだった。


 恐らく、ばーちゃんが見たがっている光景を本当に見せてあげられるか分からないからだろう。そりゃそうだ。実際に見たわけでなく、見られる方法を教えてもらっただけなんだから。



「なあ、新月っていつだっけ?」



 お互い無言になって暫く。空を羽ばたく鳥を見上げながら、殆ど無意識に問いかけていた。


 記憶を辿っているのか、やや間を置いてから「明後日だよ」と小さく返ってくる。



「行くよ、ばーちゃんと一緒に。親はなんとかすっから」



 太陽の沈みかけた空が互いの瞳に入り込む。塔守がその瞳に安堵の色を滲ませると、逢魔を駆け抜ける風がひっそりと肌を撫でていった。



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