第1話 花を揺らす風
ガチャッ
玄関のドアを開けると—
一面。見渡す限りの花畑が広がっている。
さあっと冷たい朝風に揺れる花は、さながら雪のようだった。
「相変わらずファンシーだね」
そして今の自分の外見も大概だと気づいて、すん…となるまでが1セット。
「二度寝でもしたいところだけど」
私はポストに手を突っ込み、1枚の紙切れを掴んで家に戻った。
「今日の名簿はっ、と」
部屋の中を歩きつつ、しわしわになった紙に目を落とす。
『ケーキ屋の新作が美味しい』
『トムさん家に泥棒が入った』
『公爵令嬢は、婚約者がいるのに浮気をしている』
大抵はたわいもない噂話だけど、たまに誰かの人生を揺るがすような『噂』が入っているのだ。
机に座り、木箱から封筒と便箋を3枚ずつ取り出す。
カッ、カッ、カッ———
ふぅ———。
書き終わった。
誰がこの名簿を書いて投函したのか分からないけれど、私はこの3つの『噂』を届けないと死ぬから。
「行きたくないなあ」
◆◆◆
「行きたくない…生きたくも、ない」
真っ赤なドレスに身を包んだ、とある少女はため息を付いた。
高価な物で埋め尽くされた広い部屋で—ひとり座り呆けている。
「お嬢さま、お時間でございます」
「…今行くわ」
真っ赤なドレスは、少女にとって鎧だった。
気が強そうに胸を張って歩くのも、自分にふさわしくない地位に見合うように背伸びしているだけ。
「公爵令嬢のお越しです」
一斉に貴族たちの視線が集まる。
「ごきげんよう」
少女は優雅に口角を上げた。
◆◆◆
私は薄暗い路地を歩いていた。
この辺りに、『トムさん家』があるからだ。
「ここかな?」
それらしい家を見つけた私は。
「はっ!」
手を振って———
跳ぶ。そして、窓枠にしがみつく。
「バルコニー、が、あったら楽なんだけど」
息を整え、コンコンッ
「こんにちは」
「ん…?うわっ!お嬢ちゃん、どうやって、?」
「『噂』と申します。お手紙を届けに参りました」
『トムさん家に泥棒が入った』
「そうなんだよ…盗まれたのは大した物じゃないけど怖くてね」
「お気の毒に。では、さようなら」
「え」
私はそのまま飛び降り、また何事も無かったように歩き出す。
転生前のアラサーは駅の階段で息を切らしていたというのに。少し陽が傾いてきた。
「最後は…これだね」
手元に目を落とすが、ため息しか出ない。しっかりするんだ。ただ名簿を書き写して届けるだけじゃないか。
私は豪邸のバルコニーにたどり着き、窓をノックした。
レースのカーテンが動き、金色の瞳が隙間から覗く。
「こんばんは」
「あなたは…?」
「『噂』と申します。お手紙を届けに参りました」
ゆっくりと窓が開き、差し出した封筒を白い手が受け取った。
沈黙の10秒。
カサリ
パサッ
封筒を開き、取り落としたであろう音がした。
「そんな…違うわ、私は浮気なんて…」
泣きそうな声がしたけれど、私に、彼女を慰める資格なんてない。
「お気の毒に。では、さようなら」
窓の向こう側。立ち尽くした少女とカーテンの影が、風に揺れていた。
———
今日はどうでしたか?窓に『噂』ちゃんがプルプルと、しがみついていませんでしたか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます