第2話

仮想世界の新宿で、演奏を聴いた次の日の夜。


今日も私は、この仮想世界『E2』のバーチャル新宿へと足を踏み入れていた。


横にはもちろん、らっきょがいる。


「まさか、あの下手な歌で覚醒するとはなぁ」

「まだ言いますか」

「言うね。言っちゃうね。何が刺さった? ビジュか? お姉さん改変に心が揺れたか?」

「違います」


昨日はあの後、居心地の悪さに耐えきれず、良い時間だからという理由でらっきょを連れてそそくさと退散した。

「次も聴きに来ます」とだけ告げて。


らっきょはにやにやしていたけれど、彼の勘違いを正すのは面倒だったので、そのままにしていた。


だけど、その選択は失敗だったらしい。


「まあ声はかわいらしい女の子だったからなぁ。気になるのは仕方ないだろう。でも気をつけろ。声だけじゃ女性かどうかなんて分からないのがこの世界だぞ」

「別に、女性だったからあんな言葉をいったわけじゃないよ。というか、声で女性かどうか分からないってどういうこと?」

「機械とか気合とかで、女声を出す男もいるんだよ、この界隈。ほら、せっかく美少女になっても、声がおっさんだと萎えるだろ?」

「おっさん声の美少女が何か言ってる。え? 流石に嘘でしょ?」

「事実はな、小説よりもおかしいんだぜぇ」


つい、昨日あった彼女が男性である可能性を考えてしまう。


いや、いやいやいや。あれで男性だったら何も信じられない。というか、女性だから声をかけたわけじゃないから。そういうやましい気持ちで音楽を聴いていたわけじゃないから。


そんなことを考えながら、昨日と同じ場所へと向かう。


また聴きに行くと言ったが、今日も彼女はいるのだろうか。

そもそも、何時から歌っているのかも、いつ歌っているのかも分からない。それなのに、行くとだけ言ったのは迷惑だったのではないだろうか。


今更な不安がぐるぐると頭の中をかけめぐる。


「あっ」

「……どうも、また聴きにきました」


けれど、彼女はいた。


昨日と同じ場所で、ライブの準備をしていた。


その事実に少しだけ、安心するのと同じくらい、心臓が飛び跳ねた。


「どうも、俺はコイツの連れでらっきょって言います。んで、コイツはラクガン」

「あ、どうも。サクマって言います。昨日は聴いてくれてありがとうございました」

「い、いえいえ」


仕事場での取引先とのあいさつのように、お互いぺこぺこと頭を下げる。


らっきょはその姿を見て楽しそうにしている。



〇   〇   〇   〇   〇



「ありがとうございました」


一曲目が終わる。


相変わらず、上手くはない。


何人か聴きに来る人もいるが、少し聞くと苦笑いを浮かべて別の演者の下へと向かってしまう。


もっとも、その事実にすら彼女、サクマさんは気づいていないのだろうけど。


「うーん……」


二曲目を聴いている最中、らっきょが唸りだす。


「どうしたの、らっきょ。難しい顔して」

「いやぁ。どう聞いてもラクガンが気に入った理由がわからんくてなぁ」

「気に入るって……」

「だって、褒めるところないじゃん」


それは言い過ぎだろう。


昨日よりも歌も演奏も少しは良くなっている、はずだ。たぶん。


いや、本当に演奏に関しては素人なので、上手くなっているのかなんて知りようもないけど。


だけど、今日もこうして聞きに来た理由ならはっきりと言える。


「私は、あのひたむきさが気に入ったというか、努力する姿に応援したくなっただけです」

「ほ~う。やっぱり歌ってる本人目当てじゃねぇか」

「いや……それは……」

「いいんだよ別に。腐ってたお前が興味持つものができたのなら、なんだっていいさ」

「らっきょ……」

「俺おすすめワールドに引っかからなかったのは、癪に障るけどな」

「らっきょ……」


自分は本当に、良い友人を持ったらしい。


らっきょとは、大学時代に所属していたサークルで出会った。


同期ということもあってよくつるんでいた。けど、社会人になってまで交流が続くとは思っていなかった。


彼は活動的であり、リーダーシップに富んでいて、なによりも人当たりが良い。


だからサークルでも中心的存在として、いつもみんなの輪の中心にいた。


対して私は、いつも隅っこにいて、いてもいなくても良いような存在だった。


だけどらっきょは、いつも私を気にかけてくれた。


今だってそうだ。

家の中に籠って外界を遮断していた私を、こうやって外に連れ出そうとしてくれる。


本当に、頭が上がらない。


「何の話をされているんですか?」


いつの間にか2曲目が終わっていたらしい。私たちの話に興味をもったのか、サクマさんが話しかけてくれる。


「な~に。ラクガンがもっとお客を呼び込む案があるっていうんでな」

「ちょっと、何適当なことを言っているんですか」

「あるんですか!?」


でた。らっきょの悪い癖。時たまこんな無茶ぶりを私にだけしてくるのだ。本当に止めてほしい。


今もほら、サクマさんを勝手にその気にさせてしまっている。

ずずいと私に身を乗り出してくるので、思わず後ずさりをしてしまった。


けど、さて、どうしたものか。


目をキラキラと輝かせるサクマさんを前に、案なんてありませんとは言いづらい。


ん~、ありきたりだけど、仕方がない。


私は聴きながらずっと思っていたことを、素直に告げることにした。


「やっぱり、歌か演奏、どちらか一本に絞ってみませんか?」


これは、昨日からずっと思っていたことだ。


歌を歌っていると、ピアノの演奏がおろそかになる。


ピアノの演奏に集中すると、歌がおろそかになる。


だったら、どちらかひとつに絞った方が、少なくとも、今のようなとぎれとぎれの演奏ではなくなるのではないか。そう思っての提案だ。


だが、サクマさんの反応は、あまりよろしくない。


「え~。やっぱり、歌って演奏した方が華が合ってよくないですか?」

「でも今、それができていないわけですし」

「で、でもほら! 本番で慣れていった方が上達もすぐですよっ」

「片方ずつの方が、習熟も早くないですか? それに上達するまでお客さん来ないのは、しんどいですよ」

「うっ。それを言われると弱い」

「華も大事ですが、今できることは何なのか、目的は何なのか。ちゃんと理解して使うことも大切です」

「う~。言い方は優しいのに厳しい」

「そうそう。こいつは顔に似合わず言うこと厳しいんだ」

「厳しいこと言ってますか? 事実でしょ?」

「ワタシには厳しいんですっ」


もー、とぷりぷりと怒ったように頬を膨らませる彼女が、ピアノの前へと戻る。


「それじゃあ、ピアノだけで演奏してみますね」

「あ、やってくれるんですね」

「折角のアドバイスですし。でも、人が来なかったらまた弾き語りにしますから」

「はい、楽しみにしてます」


彼女は私の言葉に笑顔で答え、ピアノの鍵盤をひとつ叩いた。


そして始まる、3曲目。


素人の耳で聴いても分かるくらい、演奏の質が変わった。


まず、音が途切れない。流れるように鍵盤が叩かれ、きちんと音楽として成り立っている。


少なくとも、先程までの音の羅列のような演奏ではなかった。


相変わらず目線は鍵盤の方ばかり向いているが、鍵盤を叩く指のリズムは一定で、淀みがない。


時折変な音が交じるが、今までのよりもずっと良い。


そんな音の変化を感じ取ったのか。周囲にいた数人が、足を止める。


私とらっきょの2人しかいなかった観客が、少しだけ、増える。


「こんなにもすぐに人が集まってくれるものなんですね」

「そりゃまぁ、ここで演奏しているのはアマチュアばかりだからな。観客もそれをわかって聴いているんだ。多少の粗は笑って流すさ」


サクマさんの演奏が終わる頃には、私達を合わせて7人もの人が、サクマさんのピアノを聴くために足を止めていた。


サクマさんの顔が上がる。


そのまま、固まった。


きっと、私達以外に人がいることを予想していなかったのだろう。


やがて、口角がどんどんとあがっていく。


「お、お聴きいただきありがとうございました」


勢いよく頭を下げる。


私を含めた周囲は、そんな彼女に温かな拍手を送った。


「や、やったよー。すごいねラクガンくん!すごいすごい」


だけど、こちらに手を振るのは、止めてほしい。

周囲から注目された私は赤くなった顔を隠すように、片手で顔を覆うのであった。



〇   〇   〇   〇   〇



それから私は、彼女のライブのある日は、毎日VR世界にログインした。


彼女のライブが楽しみだった。というだけではない。


きっかけはまた、らっきょの余計な一言だった。


「いっそのこと、サクマのライブの手伝いとかしてみれば」

「それ、いいね!」


本来であれば与太話で終わるはずの冗談が、サクマさんがノリ気なせいで、何故か受ける方向へと話が進んでしまった。


もちろん、嫌というわけではない。彼女の演奏する姿を見るのは好きなので、それを特等席で見れるのは悪い話ではない。


それに、今の自分には時間があり余っている。


余らせている時間なら、求めている人のために使っても良いと思えた。


だからまあ、私も抵抗することなく、その話を受けることにした。らっきょのニヤニヤ顔は少し不愉快ではあったが。


と言っても、やることはあまりない。


待ち合わせの時間になったら、いつもの路上ライブのワールドへとアクセスし、サクマさんと合流する。


「やっほー、ラクガン君。今日もよろしくねー」

「はい。今日もよろしくお願いします」


そして彼女がライブの設営をする間に、周囲への声がけをする。


ここ数日の間に彼女のライブを気に入ってくれた人が少しずつ増えてきたようで、ライブ開始前から集まってくれる人が出るようになってきた。


私は、そんな人たちを案内し、所定の場所に座って待機してもらう。


そうこうしている間に準備が整い、サクマさんのMCが始まる。


「今日も集まっていただきありがとうございます」


ライブ中に私がやることは、彼女の写真を撮ることだ。


これも、らっきょが提案したことである。


「やっぱりさ。ビジュで興味もってもらうことが大事だと思うんだ」

「?みんなキレイだけど、それじゃダメなの?」

「SNSの話だよ。告知を出す時って文字だけよりも、写真とかあったほうが目に止まりやすいだろ」

「流石に、演奏しながら写真とることはできませんよ⋯⋯」

「何言ってんだ。演奏聴きに来ている奴に撮らせれば良いんだよ。丁度ここに、何時でも聞きに来そうなヤツがいんだしさ」

「⋯⋯私にやれと?」


らっきょの提案にまたもやサクマさんが乗り気になってしまったため、この仕事もなし崩し的に私が引き受けることになってしまった。


まあ、そこまで嫌ではなかったことは確かだ。


サクマさんが喜んでくれるのは、素直に嬉しい。


それに、役目を与えてくれた方が楽だ。自分がこの場所にいても良いんだという安心感が、求められているという事実そのものが、心を暖かくさせる。


恋とかそういう感情ではないと思う。だけど、この気持ちがなんなのかは、よく分からない。


そんな事を考えている内に、場が幾分か温まったようだ。


「それでは、まだまだ拙い演奏ですが、どうか楽しんでいってください」


そんな言葉と共に、ライブが始まる。


ゆっくり聞く人たちは地べたに座り、各々くつろいだ様子でピアノの演奏を聴いている。


通りかかった人たちは、初めは立ち見で演奏する様子を眺め、立ち去って行ったり、他の人と同じように地面に座って本格的に聴く姿勢を取ったりと、様子は様々だ。


そんな中、私はカメラを取り出すと、観客の広報から演奏するサクマさんの様子を写真に収めていった。


写真なんて現実世界でもスマホのカメラ機能くらいしか使ったことがないので、きれいな構図なんていうものは分からない。


だからこそ、数うてば当たるの精神で、たくさんの写真を撮っている。


今日も、少しでもサクマさんがキレイに映るよう、あっちへ移動しこっちへ移動しと、せわしなく動きながらカメラのシャッターを押しまくる。


そんな私の行動など知りもせず、サクマさんは相変わらず、下を向いて演奏している。


青い髪の隙間から時折覗かせるピンク色の瞳は真剣そのもの。私が初めて見た日と同じ目だ。


そんな目を見ながら私は考える。自分は一体、彼女のどこに惹かれたのだろうか、と。


あの日以降、暇な時には他の人の演奏を聞きに行くこともあった。けど、何故かサクマさんほど響くことがなかった。


みんな真剣に演奏して、みんな真剣に音楽に打ち込んでいた。そこはきっと、誰も変わらない。


なのに、彼女の姿から感じるものと、他の人が醸し出す雰囲気は、どこか違う。その差異は、一体何なのだろう。


知りたい。彼女のことを。もっとーー。


「ありがとうございました。次が最後の曲になります」


そんなことを考えている間に、最後の曲になってしまった。


いけないいけない。今は写真を撮ることに集中しないと。


私は改めてカメラを構えると、お客の前で笑顔を見せるサクマさんを撮るのであった。

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