1:ギルドマスターの愚痴と彼女のお話

 その日、オルドビスの冒険者ギルド『木漏れ日の湖畔』の一角には珍しい光景が広がっていた。一角というか、そこは一本の通路で、つまりはギルドマスターの部屋に繋がる廊下だったのだが。

 大人数の来客も考慮して広く作られた廊下は、しかしその横幅を埋める密度で人が勢ぞろいしていた。二人ばかり、常人よりは体格のいい輩が紛れているのも一因ではあったが。

 一人は金髪碧眼の少女だった。吟遊詩人の唄に現れる姫のような美貌は、しかし僅かに残るあどけなさ故か、美麗というよりは可憐といった修辞が似合うもの。見る者が見れば周囲を妖精が舞っているのも捉えられただろう。

 一人は青い鱗の竜人だった。筋骨隆々という単語を体現したような姿は、廊下を狭くしている主因でもある。背負った武骨な槌もあるせいで威圧感が凄まじく、兜の角と刺々しい鎧から成るシルエットは魔人に見紛うほどだ。

 一人は緑の髪の青年だった。ゆったりとしたローブと宝玉のはめ込まれた杖は、彼の職業が魔術師であることを如実に伝えている。ただ、真っ赤な瞳に宿る奇妙な輝きは、その職に求められる智慧の輝きとは違うものにも見えた。

 一人は他より一回り小さな少女だった。あちこちが汚れたエプロンのような作業服、体躯に不釣り合いな巨大な魔動機マギスフィア。土色の髪の下に爛々と輝く薄紅の瞳が、手にした魔動機を丹念に点検している。

 凸凹という言葉では済まないバラエティ豊かな面々は、一見すると共通項は見当たらない。一応、誰も彼も種族的には希少種に分類される珍しい連中ではあったのだが、少なくともそんな生物学的特徴で集められたわけではない事は、互いに話しもしていない面々とて了承している。彼らこそは、ギルドマスターのタイバーンに呼び出しを受け、今から出向く途中の冒険者たちである。話したことはないものの、ギルドで見かけたことのある面々だなあ、くらいの認識はあった。明らかに同じ場所を目指しているにも関わらず会話がないのは、


(まあどうせこの後に説明があるだろ)


 先陣を切り、タイバーンの部屋をノックもせずに開けた竜人──ギルヴァは、そんな事を考えていたし、他の面々も同様だった。

 部屋には主であるタイバーンが、机に足を乗せる傍若無人そのものの姿で待っていた。手入れもしていないのだろう長い銀髪は、結われることもなく窓からの陽光を照り返している。

 しかし、言動に反して仕事には真面目なギルドマスターが何の書類にも手をつけていない今の姿は稀ではあった。よくよく見れば頭痛でも堪えるかのように口元が歪んでおり、何かしらの疲労が垣間見える。


「来たか──まあ、座れよ」


 言葉少なに顎で指し示すのは、自身の対面に置かれた椅子。許可を得る前に座っている金髪の少女──シェスもいたりはしたが、タイバーンもそんな彼女には慣れっこなので、今更文句を言ったりもしない。

 ただ、


「すいません、この子の椅子は?」


 魔動機をガチャつかせながらそんなことを宣う小柄な少女──メグには目を剥いた。


「ねぇよ、ンなもん。用意すると思ってんのか」

「そんなぁ……まぁ、別に私が床に座ればいいんですけど」


 言って、本当に床に座り込んだメグは、いそいそと取り出した魔動機を5つばかり椅子に乗せる。煤とも油とも知れない何かで黒ずむ椅子は彼女には見えていないし、それにこめかみをひくつかせるタイバーンも同じくである。


「では失礼して……」


 唯一、礼儀正しく告げて座る緑髪の青年──マルクに続いて、ギルヴァも黙って腰かけたのを確認し、深々と息を吐いたタイバーンは、


「──揃ったな。さて、お前たちをウチに受け入れてからそこそこ経ったわけだが……どこから話したモンだ……?」


 口火を切りつつ逡巡するギルドマスターは、何から、というより、誰から、という黙考の時間を経て、


「おい、メグ」


 結局、先の蛮行故か、ダークドワーフの少女へと視線をやる。なんでしょう、とばかりに首を傾げるメグへ、再度深々と息を吐くと、


「……魔動機の優れた点は俺だっていくらでも認めよう。だからな、世の人間はその優れた点を1時間も2時間も聞いていられるほど暇じゃないのも認めてくれねえか?」


 そんなことを言い始めた。


「感心はするぜ? 中身のねえ内容ならともかく、始まりから終わりまで熱意だけで構成された語りがあんなに続くものなんだ、ってな。かといってそれを聞いてられるかは別だ。巻き込まれた奴らがテメエの圧に怯えて逃げることもできてないの、理解してねえのか? してねえよな」

「ええー、私だってそんな事は分かってますよ。でも、こんなに素晴らしいものなんだからみんなにそれを広めるのは当然じゃないですか? 当然ですよね?」

「分かってやってんならより悪質じゃねえか! あとな、機械油に塗れた体でギルドを歩き回るんじゃねえ。清掃員が死んだ目で拭き掃除を続けてるんだよ。今年からウチに銭湯が備え付けられたのはお前の対策なんだから使ってくれ。何が哀しくて俺が頭下げて予算下ろしたと思ってんだ」

「え、私のおかげだったんですか?」

「『おかげ』じゃねえよ、褒めてはいねえんだ」


 極力、感情を抑えようとしているのが見て取れるタイバーンではあったが、面と向かって話すとこみ上げるものもあったらしい。抑えるには無理があった怒りが言葉の端々から滲み出ていた。

 そんなギルドマスターに流石に思うところがあったか、若干不満げではあれど反論を止めたメグは、しかし別方向からの論を展開する。


「でもぉ、だったらずっとお酒を呑んでる人とか、変なものばっかり食べてる人もおかしくないですか?」


 該当者2名、荒いでは済まない気性のリルドラケンと、蛮族喰らいのメリアは知らん顔をしている。

 しているのだが、タイバーンはそんな2人の片割れ、メリアの青年へ次なる矛先を向けた。


「まあそうだな。とはいえ、マルク、お前に言いたいことは本当にシンプルだ。殺した蛮族をその場で喰うのをやめろ」

「はあ……何故でしょうか?」


 心底から分からないといった調子のマルクに若干イラついたか、またタイバーンのボルテージが上がる。


「あのな、俺はお前の斥候スカウトとしての目利きには文句ねえんだよ。戦利品に対する嗅覚はベテランにも劣ってねえからな」

「ありがとうございます」


 にこやかに返すマルクに、今度はタイバーンが心底から分からないといった表情になる。


「なあ、なんで追加で味覚も使おうとするんだ? 味見じゃねえんだよ、億歩譲っても踊り食いするモンじゃねえだろうが」


 その言葉には、マルクも目を見開きながらいささか心外といった様子で、


「それは、違うじゃないですか。私だって他に幾らでも調理法は用意してますよ? だけど、それでもやはり、その場でしか得られない──味が──」


 自分で言いながら味を想像し始めたか、マルクの顔がうっとりとしたものに変じていく。涎を垂らしたりするようなことはないものの、食欲で埋められた表情はなまじっか元が整った顔な分、より一層不気味でもあった。

 しかし怯まずタイバーンも続ける。


「ンなこたどうだっていいんだよ、誰が調理法の話をしたんだ? 何よりお前はその調子で蛮族喰うのは一般嗜好、みたいに言って回るのをやめろ。ギルドのキッチンに問い合わせが増えてんだよ、『普通の肉を使った料理を出してますか?』ってな。食える蛮族がいるのは事実だが、それを食すのが当たり前みたいに触れるんじゃねえ」

「え? 出してないんですか? 蛮族食」

「出してねえよ」

「……やはりまだ普及していませんからね。もっと布教しなければ」


『もう少し受け入れやすいように工夫して……』とぶつぶつ言い始めるマルクについては、もう言いたいことを言ったためか全てをスルーし、次いでタイバーンはギルヴァへ向き直る。



「おい、ギルヴァ。お前を出禁にするようにウチに頼んできた酒場がいくつあるか知ってるか?」

「あ? 知らねえよ」

「23軒だ、ハイペースが過ぎるだろ。お前、オルドビスの酒場をコンプリートする気か?」

「そんなにあったか?」


 他人事みたいな調子のギルヴァに、タイバーンも青筋を立てる。


「おい、俺は言葉も拳も尽くしてテメエに物理的に叩き込んだよな? 絡み酒の癖をどうにかしろ、ってな?」

「知らねえよ。オレからしたらワケの分からねえ連中が喧嘩吹っ掛けてきただけだ。リルドラケンに酒で勝負挑んで負けるヤツが悪いだろ。蛮族食だの魔動機だのほざいてそこらへんを練り歩いてるヤツよりは百倍マシじゃねえか? オレは誰にも迷惑かけてねえ。ちゃんと金も払ってる」


 本当の一片の恥もないとばかりに主張するギルヴァは、いっそ誇り高くすらあったが、対するタイバーンも負けじと叫ぶ。


「喧嘩で壊した備品だの酒瓶だのはこっちで弁償してんだよ!」

「金はギルドからだろ、テメエの懐は痛んでねえ。というか、オレに負けた連中がいるんだから、そいつらに払わせればよくねえか?」

「──現状、お前に喧嘩で負けた連中で街に残ってるのはゼロ人だ」

「じゃあ訴えてきたヤツもいねえってことだ。それでいいだろ」


 ああ言えばこう言うの舌戦に疲れたか、天を仰ぐタイバーンへとギルヴァは続ける。


「大体、勝ってオレにモノ言えない連中の方が悪い。一回くらいは酒で潰してみてほしいモンだ、フロウライトでも連れてこいって話だがな」


 がはは、と酒焼けした声で豪快に笑う竜人に諦めの吐息を漏らすと、最後にタイバーンは我がことに非ずと虚空の妖精と戯れていたハイマン──シェスへと、


「……シェス、テメエとパーティーを組んだ経験のある魔法使いが全員泣きついてくるんだ。魔法の才能がないのかもしれない、冒険者としてやっていける自信が無くなった、ってな」


 それはもう、悲哀すら感じさせる訴えだった。言った通りの泣き言に、部下と共に対処し続けた者だけが吐き出せる、疲労も苦労もブレンドされた声だった。


「どうすんだよ、なまじっかお前の才能はホンモノなのもあって下手なフォローも入れられねえんだよ。テメエよりも才能のある新米がそんじょそこらに転がってるはずもねえし」


 元凶たる少女は、しかしきょとんとした様子で、


「あら……でも、彼らに才能が無いのは本当でしょう?」

「それだよ。お前、その調子で何も謙遜しねえだろ。なんなんだ? 持つ者の義務とかじゃなくてだな? 持つ事を認めるのはいいんだが、言い方をマジでどうにかしてくれねえか? 美しくは満たしているんだから清く正しくあれよ」


 その苦言にはシェスもむっとした顔になった。


「清く正しく美しい、満たしているでしょ? わたしは嘘を吐いたことなんて一度もないわ」


 事実である。当人に自覚が無い傲慢の化身は、自分が本当に思ったことしか言わないために一度とて虚言を弄したことはない。もっとも、彼女が思うことは世間一般では暴言に分類されることがほとんどであるし、それを口にしないという選択をしたこともない。

 よって、この時もシェスは自身が思ったことをそのまま告げた。


「実際、彼らの魔力は本当に僅かなものだったわ。あのまま冒険者を続けるのは危険なのではないかしら?」


 事実である。ただし、シェスと比較すれば、という注釈が付く。

 臨時パーティーとして実演付きで同じ言葉を吐かれた魔法使いが泣きついてきたのだろうことは、この場にいるタイバーン以外の3人にも察しはついた。生まれ持った才能の差をここまで暴力的に披露されれば心が折れるのもむべなるかな。

 シェスのみに言っていても埒が明かないと踏んだか、タイバーンは今度は全員を見渡すと、


「何よりテメエらの信仰の話だ。神をなじるの一人、神はいないだのと抜かすの一人、神より食なのが一人、神より魔動機なのが一人」


 今回、一番言いたかったのはこれだったのだろう。

 そう確信できる熱量が籠った言葉が続く。


「いや、思うのは自由だから別にいいんだぜ? 俺だって敬虔な信徒だなんて言えねえからな。かといって、パーティー組んだときに神官プリーストの心をバキバキに圧し折って帰るのは話が別だろうが。ご丁寧にも全員が違う論調で信仰を鼻で笑いやがるし」


 感情がオーバーフローすると、人は逆に静かになってくるらしい。

 4人の冒険者の眼前のエルフの愚痴は、そんな事実を証明してくれていた。激情に反する平坦な声は、対面した者に気遣いの心を思い出させるものだったが、生憎とそんな殊勝な輩はここにはいない。


「そりゃおかしいだろ。盗人を信仰してる奴らをどうやって褒めろっていうんだ?」


 神をなじるリルドラケン。


「いないものを信じる人たちなのに……?」


 神はいないだのと抜かすハイマン。


「神様……蛮族を食べる方がいるなら気が合うと思うんですけどね」


 神より食のメリア。


「私は……別にどうでもいいんですけど。魔動機より偉いっていうのは嘘だと思いますけどね」


 神より魔動機のダークドワーフ。

 ご丁寧に各々の主張を並べてくれた彼らに、反省の色は特にない。タイバーンの額に、消えたはずの青筋が復活する。


「冗談抜きでウチに所属している神官プリーストが数を減らしてるんだよ、ふざけんじゃねえ」

神官プリーストなんて少ない方がいいだろ」


 ギルヴァはブレなかった。


「なんならそれ関連で喧嘩騒ぎ起こしたのも一度二度じゃきかねえだろ」

「神様ってどんな味なんでしょう、と言ったら泣きながら殴りかかられましてね」


 マルクもブレなかった。


「本当に神がいるのかを冷静に考えてみなさい? いるのだというならこんな世界にはなっていないでしょう?」

「神サマなんかより魔動機の方がよっぽど人のために頑張ってますよ!」


 女性陣2人もブレなかった。

 我が強い冒険者は、えてして我を通す強さも兼ね備える。タイバーン自身の論を裏付ける様に、当のタイバーンが呻く。そこにかつての伝説だとか、プロローグでの大物感だとか、そんな貫禄は一切なかった。あるのは許容外の問題児に手を焼かされる管理職の哀愁である。


「……毎度ふざけた騒ぎばかり起こしやがって。後始末が降りかかるのが俺なのを分かってての嫌がらせか?」


 呻きとして漏らされたぼやきに、この場にいる誰かへ届いてほしいという期待はない。彼らがいかに論外な人間性しか保持していないかが判明して以来、そんなものは捨て去って久しい。哀しいかな、それでもこうして一度は言葉にせねばならないのが組織の長としての務めだった。

 なおも言い足りなさそうにしているタイバーンではあったが、本題はここまでの話ではなかったらしい。舌打ちしながら首を振り、自ら話を打ち切る。


「まあいい、いや良かないんだが今回は良い。実力だけは確かなお前たちにまとめて面倒事を振ってやる。仲良くしろよとは言わないが上手くやれ──ああ、上手くやらなきゃいけねえのをもう一人呼ぶんだった……」


 言って、「入ってこい」と呼びかける。ギルヴァ達が入ってきたのとは別、この部屋から来賓室に通じる扉への呼びかけだった。

 一瞬の間があった後、音もなく扉が開く。

 入ってきたのは、薄水色の髪に鈍い金色の瞳をした少女だ。メグほどではないものの小柄で、しかし怜悧な印象を持たせる整った顔立ちは美人と称して差し支えない。シェスが「顔はいいわね……」とぼそりと呟いたことからもそれは間違いなかった。

 ただ、その美しさを歪ませる特徴が二点。一つは左の頬に刻まれた奇怪な文様。もう一つは右腕を覆う海洋生物のような甲殻だ。その甲殻がタンノズという蛮族の特徴なのは、冒険者であればおおよそが知っている特徴である。


(魔物みてえな女だな)


 部屋にいた4人も、そんなことを考えたギルヴァ以外の3人はそれを承知していた。

 とはいえ、ギルヴァの感想も的外れではない。


「見ての通り、ウィークリングだ。街の外で野垂れ死にそうだったのをウチの冒険者パーティーが保護してきた」


 タイバーンが告げたように、蛮族と人間の相の子のようなその姿は、ウィークリングと呼ばれる種族特有のものだ。蛮族の中に時たま生まれる、人間に近しい姿の持ち主である。無論、一族の誰とも似通わないその姿は、弱肉強食の蛮族社会においては迫害の対象ともなる。タイバーンの後ろに立ち尽くす少女の眼が、若干では済まない濁りを孕んでいる辺り、彼女も通例に漏れなかったらしい。


「名付けられなかったらしいから、こっちではマリリィって呼んでる。今回呼び出したのはこの子に関わる依頼のためだ。肝心の内容だが──川のぼりの経験はあるか?」


 質問の意図が分からずに押し黙る一同を後目に、タイバーンは机から一枚の地図を取り出した。オルドビス周辺の地形図であるそれは、大部分が森とそこに流れ込む一本の大河で構成されている。そんな大河をタイバーンは指でなぞりつつ、


「シルル河、知ってるな? マリリィは迫害に耐えかねてタンノズの集落から人里まで逃げてきたわけだが……件の逃げ出してきた集落、これがどうにもシルル河の上流に居座っているらしい。それも、エイリャークに生贄マリリィを捧げようなんて儀式を目論んでいたタンノズがな」


 滔々とうとうと物騒なお話を始めたギルドマスターだったが、その中に聞き覚えのある単語があったマルクが口を挟む。


「ああ、その方ですよ。私が味を聞いた神様は」


 エイリャークという名について述べたのであろうそれは、察するに先ほどマルクが喋っていた、神官に泣きながら殴りかかられたという経験談の補足だろう。だが、それにしてはおかしなところがあった。


「……第二の剣に属する神だぞ? 蛮族が信仰する対象のはずだが、どこの誰がそれを信仰してるなんて抜かしてたんだ?」

「いえ、ですから『向こう側』の神官さんでして。滅するのは変わらないのですが、そうする前に泣きながら殴りかかってきたという話ですね。何かを守るような、凄まじい形相でした。こちらが依頼を達成した以上、守るものなんてもう何もないのに」


 ははは、と穏やかな笑い。無論、笑っているのは当人だけである。他の面々は蛮族喰いのメリアにもれなくドン引きしている。状況がよく分かっていないウィークリングの少女──マリリィだけは例外だったが、笑いどころも分からない彼女はきょとんとするばかりだった。

 頭痛が復活したか、こめかみを親指で抑えるタイバーンが、


「……タイミング的に同じ案件か? ああ、クソ、仕事が増える……ともかくだ、そのタンノズの連中は少なくともそういう儀式を実行できるだけの知識と技術はある。マリリィに刻んである呪印も召異術のものだしな。そんな連中が街の近くの河にいるなんて状況、危なっかしくて仕方がない」


 実際、タイバーンが地図の上で指し示す地点、恐らくは蛮族が潜んでいると推定されているのだろう場所は、オルドビスからそう離れてはいない。放置するには危険すぎるというのはその通りだろう。


「そんでギルドで話し合いを持って、今の内に殲滅した方がいいだろ、とはなったんだが……件の集落までの案内役は要る。その点、逃げ道を逆走すりゃいいんだから、マリリィは案内としちゃ最適なんだが──やってきたばかりのウィークリング、つまりは蛮族を信用して一緒に動こうとするパーティーがいねえ」


 経験故に諍いを嫌う者も多いウィークリングは、人族とやっていくのはむしろ上手い種族である。ただ、それは輪の中に溶け込むだけの十分な時間を与えられた場合の話だ。どんなに色眼鏡を無くそうとも、かつては蛮族という人類の敵対者だった存在と一朝一夕に仲良くはなれない。ウィークリングを知っていたギルヴァ以外の3人はそれに納得したし、ギルヴァはギルドマスターの後ろにいる少女がどうやら蛮族の仲間に分類されるらしいことをたった今察した。

 そこまで言って、タイバーンは「そこでだ」と指を鳴らす。


「お前たちの出番だ。そういうの全然気にしないだろうテメエらみたいな嫌われ──ソロの冒険者をいっそひとまとめにしようって俺が提案してな。それが通ったから今回呼び出したわけだ」

(嫌われ者って言おうとしたな)

(嫌われ者って言おうとしたわね)

(嫌われ者って言おうとしましたね)

(嫌われ者って言おうとしませんでした?)


 口を滑らせかけたタイバーンを前に、4人の心は一つになっていたのだが、


(まあ……嫌われるだろうな、こいつら)

(嫌われても仕方ないわね、この人たち)

(他の皆さんは嫌われているようですね)

(皆、ここでは嫌われているんですねぇ)


 全員、見事に自分を棚上げした。

 そんな事を思っているであろうことは薄々察しつつ、それには突っ込まずにタイバーンは、


「で、どうする、受けるか? 依頼って形だから断りもできるぜ」


 受諾か、拒絶か。二択を迫っている風で、その実タイバーンは彼らが断るとは考えていない。協調性の無さ故か、あるいは難易度に尻込みするか、どんな理由があったとしても、ここで依頼を断るような面子なら、彼らの蛮行をギルドマスターとして許容していないからだ。

 果たして4人の返答は、


「私は、魔動機がそこにあるなら全然行きますよ?」

「うーん、彼らの味はあんまりなのですが……依頼とあれば」

「──ま、オレも23軒出禁になったのはやり過ぎた。せめて17軒までだったな」

「そうね……これも持つ者の務めというやつかしら」


 てんでバラバラのものではあったが、一様に依頼を受ける旨が返ってくる。

 よし、と軽く頷いてタイバーンは続ける。魔動機が出るような内容ではないことはメグには黙っておくことにした。


「その子の腕前についてはこっちで確認した。テメエらに劣らないのは保証できるからそこは安心していい」


 見れば、マリリィの服装はギルドが貸し出す格闘家グラップラー用の布鎧であり、ここに来る前に簡易的に試験なりを受けたのであろうことが見て取れた。同じ近接職である重戦士ファイターのギルヴァから見ても、彼女の足運びや筋肉の付き方は、相応に戦える生物特有のものだった。

 次いで、他に言うべきことをなおも思案するタイバーンは、最後に一つ思い出す。


「それから、お前たちと上手くやれるかどうかは……上手くどころか仲良くもできるだろ、間違いない。今まで俺が会った中で一番テメエらと仲良しこよしできそうな奴だぞ──なあ、唐突だがカミサマってヤツをどう思う?」


 唐突にマリリィ自身に振った質問には、しばらく沈黙が返る。

 ──だが、ウィークリングの少女は、マリリィは、所在なさげにそれまで彷徨わせていた視線を、しっかりとタイバーンと4人の方に向けると、


「……きらい。だいっきらい。群れのみんなが話す神様は、イケニエばっかり欲しがってる。ここの人たちが話す神様は、でもわたしのことは助けなかった。神様なんて紛い物しかいないか、そうじゃないならそもそも最初っからウソだったに決まってる」


 相応に凄惨な体験をしてきたのであろう少女の第一声は、そんな確かな憎悪に染まったもので。

 まるで気圧されたかのような静寂。無関係の人間がいれば恐ろしさすら覚えるかもしれない沈黙は、しかし嬉々とした声に破られた。


「そうだよなあ! アイツらはいつだって奪っていくよなぁ!」

「ええ、ええ、神々が我らを食べるというのであれば、私達だって神々を食べていい。そうですよね」


 それぞれがベクトルの異なった同意を向けるリルドラケンとメリア。


「仕方ないわよね……弱い者たちは、神に縋るしかないのだから」

「大変でしたね……これは是非とも魔動機の素晴らしさを教えてあげなくては」


 ここぞとばかりに自身の思想を埋め込もうとするハイマンとダークドワーフ。

 かつて集落にいた時では考えられなかったであろう歓待に、目を白黒させるマリリィをニヤニヤと眺めつつ、


「じゃ、そういうわけだ。川沿いを進んでいくんだから、念のための防水装備は用意しておけよ」


 そんな注意を最後にして、タイバーンは話を締めくくった。

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