危機一髪

彼のその言葉で明日香はゴホゴホと咳き込む。そんな明日香に颯人は小声で言う。


「おい、口止めしたんじゃなかったのか」


「したよ」


少し焦りながら、2人は晃河達の話に耳を傾けた。


「どういうことって、別にそのままの意味だよ。彼女出来たの」


「まじか。あれは?心に決めた人はどうしたんだよ」


晃河の友達の莉久りくは不思議そうにそう聞く。


「...その心に決めた人と付き合ってんの」


晃河のその言葉でクラス中がザワザワとする。


「え?いつ?どこで再会したんだよ」


「最近だよ最近。えっと...その辺で?」


「まじかよ。てか、再会出来た上に両想いだったんだ、すごっ!運命じゃん」


(運命...か)


明日香は不覚にもふふっと笑ってしまう。


「ちょっ、明日香」


颯人が少し焦ったようにそう言う。


「なんで明日香が笑ってんの?」


莉久は不思議そうにそう聞く。


「えっと...運命ってなんかいいなって」


明日香はそんな苦し紛れの言い訳をする。


「ふ〜ん...あ、そういえば最近、晃河と明日香仲良いよね」


「確かに。この前一緒に帰ってるとこ見たわ」


「そうそう。友達の俺を差し置いて...あ、もしかしてお前ら...」


莉久がニヤニヤしながら晃河と明日香を見ると、颯人は莉久に近づきながら少し怒った様子で言う。


「別に一緒に帰るくらいするだろ。くだらねぇ事言ってんなよ」


そんな颯人に莉久はハハッと笑う。


「冗談だよ〜。なにマジになってんの」


「...そうだよね。ごめん。なんかすげぇムカついて」


颯人はそう言って俯いた。そんな颯人に明日香は近づく。


「ありがとう。颯人」


明日香にそう言われた颯人はただ俯いたまま、立ち尽くしていた。


「...颯人、大丈夫?」


そう言って明日香が颯人の肩に触れると、その手を避けるように明日香からサッと離れた。


「...ごめん。ちょっと頭冷やしてくるわ」


颯人はそう言って教室を出ていった。教室に沈黙が走る。

そんな中、莉久はパンッと手を叩きながら言う。


「はい、この話は終わり!みんな散った散った〜!」


莉久のその言葉で教室はいつも通りの空気に戻る。明日香が颯人を追いかけようとドアに向かおうと歩き出すと、グイッと肩を掴まれる。振り向くと、莉久が立っていた。


「いいよ。俺が行くから」


「でも...」


「今お前が行ったら、他の奴らに颯人とお前になんかあるんじゃないかって誤解されるでしょ?」


そう言って歩き出す莉久に明日香は何も言えず、自分の席に戻る。そんな明日香を見て、晃河は目を伏せて席に座った。

教室を出てから、颯人は屋上のフェンスに寄りかかる。

冷たい風に当たりながら、さっきのことを思い出す。


(なんで俺、あんなにムカついたんだろう)


颯人の脳裏に浮かんだのは明日香の顔。あの時、明日香が困った顔をしていて、助けたいと思った。明日香にそんな顔をさせた莉久に腹が立った。


(なんでこんなに明日香のこと...)


その時、スマホの通知音が鳴る。画面を見ると、彼女からのメッセージが来ていた。1枚の写真と1件のメッセージ。


″今日、このパフェ食べに行かない?″


颯人は返信をしないまま、スマホをポケットにしまった。


「はぁ...」


「颯人、大丈夫?」


颯人が振り向くと、莉久がこっちに歩いてきていた。


「...別に大丈夫だよ。ちょっと頭にきただけ」


莉久は颯人と同じようにフェンスに寄りかかった。


「晃河と明日香が付き合ってるの、知ってたの?」


「え?逆に莉久は知ってたの?」


颯人がそう聞くと、莉久はははっと笑う。


「やっぱり。あの2人付き合ってるんだ」


(しまった...鎌かけられてたのか...)


「...その事、誰にも言わないで」


「なんで?」


「なんでって...」


「明日香の傷つく顔が見たくないから?」


颯人は自分の心を読まれたかのような感覚になり、ただ俯いた。


「明日香の事、好きなの?」


その質問で颯人の胸が苦しくなる。


「...そんなわけないじゃん。俺、彼女いるし」


「でも最近、その彼女のことより、明日香のことが気になるんじゃない?」


その質問で颯人は最近のことを思い出す。最近、明日香の事ばかり考えてしまう。晃河と付き合ってるって知ったあの日から、ずっと。


(明日香はただの友達。友達だから気になるだけ)


「...明日香はただの友達だよ。あいつに対して恋愛感情なんて持ってない」


莉久が少しだけ笑って、空を見上げる。


「そう。だったらそんな顔すんなよ。そんな顔してたら、誰でも勘違いしちゃうから」


颯人は胸がギュッと掴まれたような感覚になる。自分でも分かってた。たぶん、今の自分は“友達の顔”じゃない。


「じゃあ、俺先戻るわ」


そう言って莉久は屋上を出ていった。

残された颯人は、フェンス越しに空を見上げる。


(そっか。俺、明日香のこと...)


颯人はふふっと笑った後、スマホを取りだした。そして、さっきの彼女にメッセージに返信をした。


″いいね。俺も話したいことあるんだ″


颯人はスマホをしまって、再び空を見上げる。


(もう少しだけここにいよう)


冷たい風に当たりながら、颯人はただ、青い空を見上げ続けた。

莉久がさっきの事態に収集をつけてから、教室はいつも通りの空気に戻っていた。そんな中、晃河は暗い顔をしながら、弁当を食べていた。


(なんかもう、食欲ないかも)


晃河は食べかけの弁当をしまい、机に突っ伏した。晃河の頭には、さっきの光景が浮かぶ。莉久が俺たちの関係を疑うような発言をした時のあの空気。そして、みんなの顔。


(もしあの時、俺たちが付き合ってるのがバレてたら...)


明日香があの日、言った言葉。


″ 付き合ってるのは他の人には内緒にした方がいいかも″


その理由がやっとわかった気がした。


(俺たちの関係は絶対にバレちゃいけない)


晃河は、そう胸に刻んだ。


「晃河」


その声で晃河は顔を上げると、晃河の顔を覗き込む明日香と目が合った。


「明日香...何?」


「今日、一緒に帰らない?」

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