年末年始は○○風味で
紫陽_凛
○○=せり
二〇二五年・年末に、仙台で高校の同級生と飲む機会があった。
酒宴の主役を飾っていたのは大きなテーブルの真ん中に鎮座した土鍋だ。カセットコンロをつけて煮込むだけの状態にできあがっている鍋の横にはこんもりとせりが盛られており、調理開始をまちわびていた。
せり鍋だ。
実はせり鍋、初体験である。居酒屋の若い店員さんの言うことには、せりの根と茎を先に煮込み、火が通ったら葉っぱのほうを入れてくださいとのこと。なるほど。
土を綺麗に洗われた根のほうからざっくりと入れていく。せりを盛り込んだことで溢れかえらんばかりに一杯になってしまった鍋を囲み、推し活ばなしに興じていると、しばらくしていい感じの香りがふんわりと私を誘った。
すでにおいしそう。
「そろそろいいんじゃない?」
誰かが言う。その言葉を信じて、沸騰した鍋の中からせりと具材を取り皿にわけて、いざ実食。
「うまーっ!」
初のせり根。綺麗に洗われているからか土のにおいはまったくなく、それどころかどの部位よりもかぐわしいにおいが鼻を抜けていく。そして私の頭の中は「正月」になってしまった。
そう、正月。
厳密には今年は喪中なので正月は来ないのであるが。
私の中で、せりの香りはお雑煮の記憶と分かちがたく結びついている。ことことと醤油ベースに煮込んだお雑煮の最後にざっくりと切ったせりを入れる。焼いた餅と一緒にお椀によそったら、最後に三つ葉をそえて、いくらを載せる。そうしてできあがる故郷のお雑煮は、何よりも大好きな食べ物だ。今も正月に帰省するたびに母にねだるくらいだ。
正月といえばそのお雑煮と、名物の「ずんだ」あんを掛けたずんだもち、それからおせちの数々……とまあここまで思考がぱっと広がった。食卓を囲む間におじいちゃんとおばあちゃんがくれるお年玉のポチ袋まで幻視した。
せり、正月の味がする――!
そしてそんな幻・正月フィーバーの中、三十路にして初めて気づく。私はお雑煮も好きだがそもそも「せり」が好きなのだ。
わりと何でも美味しく食べてしまう私なので、ずっと「好きな食べ物って無いよなぁ」と思っていた。思っていたが、しかし、せりの風味に気づいてしまった今となっては、そして何より美味しいせり根を食べてしまった今となっては、こう言わざるを得ない。
いや、遅いだろう、気づくのが!
――という脳内会議を繰り広げている間にもだれそれが結婚しただの、推し変しただの、話題は沢山たくさん流れていき、酒はじゃんじゃんなくなった。
私は私で、来るはずも無かった「正月」が思いがけず到来したことで気が大きくなって、酒を浴びるように飲んで千鳥足。
今年は新年を言祝ぐことはできなかったけれど。
正月気分の私は、年末の仙台の、懐かしい匂いを肺いっぱいに嗅いだ。
年末年始は○○風味で 紫陽_凛 @syw_rin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
荷造りの作法/紫陽_凛
★13 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます