『コンビニ男の謎』 解決編
「じゃあさ、まず、その男が捨てたものってのが食べ物だったと仮定してみよう。さっき作子が言ったポッキーだとしよう」
解男はいつものように、右手で顎を触りながら真剣に考え始める。もう窓の外の景色など全く目に入っていない。作子は、そんな解男の顔が嫌いじゃなかった。
「そうね、お菓子だった気もする。十分あり得ると思うわ」
作子が言った。
「そのゴミ箱っていうのは、どんな形をしてるのかな? たとえば、中が透けて見えるとか、上から簡単に覗ける形になっているとか」
「ごめん言ってなかったけど、そのコンビニはファミリーマートなの。ファミリーマートの店の外に置いてあるゴミ箱わかるかしら? あの緑とグレーの色をしていて、しっかり覆いもされているようなやつ」
作子は手振りでファミリーマートのゴミ箱を解男に説明した。なるほど、外から中の様子は全くわからないし、上から覗くことも難しいゴミ箱のようである。
「うーん、そうか。もし、簡単に外から見えるなら、たとえば、ホームレスを狙った悪質なイタズラとも考えられたんだけどな」
「え、どういうこと?」
「だから、お菓子の袋を、外から見えるようにゴミ箱に捨てておくわけよ。そうすればホームレスの人がそれに目をつけて、ゴミ箱から漁って食べるかもしれないだろ? でも実は、用意しておいた毒入りのお菓子を捨てて、それを食べたホームレスがお腹を壊すなりする様子を想像して楽しむっていう。ホント、誰も得しないし、かなり悪質なイタズラだけどさ」
作子はじっと膝の上に置かれている自分の左手を見たまま固まっている。解男は、自分のコーラがなくなったので、作子のを一口いただいて返事を待った。
「いや、それはないと思う」
しばらくして作子が言った。
「どうして?」
「そもそも私の家の周りにホームレスがいないもの。子供の頃から住んでるけど、一度も見たことない。もし、そんな変な趣味があるなら、もっとホームレスの多い地域でやるべきよ。そうでしょ?」
「まあ、たしかにそうだ」
解男もこの返答は予想していた。なにせ、たまに親の目を盗んで作子の家に泊まりに行ってるわけだし、家の周りのことはよく知っている。
「じゃあ、なんだろう。もしかしたら、そのお菓子の中に付属のおもちゃなり、ビックリマンチョコみたいなシールでも入ってて、それを期待して買ってるとか? お菓子自体に興味はなくて」
「そんな子供っぽいことするかな?」
「なくもないと思うけど」
「まあ、そうね、そういうコレクターっていうのも中にはいるかもしれないわね。それが真相なのかな?」
作子の目には若干の落胆の色が浮かぶ。
「真相というには情報が少なすぎる。今日ディズニー終わったら、作子の家に泊まりに行っていいかな? それで、また、11時くらいにそのコンビニに行ってみよう。もしかしたらまたその男に会えるかもしれないだろ」
「そうね、おっけ、そうしましょう。今日はお父さんとお母さんも旅行に行ってて帰ってこないから、大丈夫よ」
解男は心の中でガッツポーズをした。作子の家に行くのは、実はちょっと大変だった。当然ご両親が家にいる日はダメだし、たまに家にいない日があっても作子が「今日は一人でゆっくりしたいからダメ」という日もあるので、お泊まりを切り出すタイミングにいつも悩んでいる。
今日は我ながらほれぼれするほど自然だった。
「なんかにやにやしてない?」
「え、いや、面白いなと思ってさ。いつも作子の話は」
「ありがとう、じゃあさ、もし、捨ててるものがお菓子とかそういう食べ物じゃないとしたらどうか考えてみましょうよ」
「そうだな、お菓子じゃないとすると、なにを捨ててるんだろう?」
解男はさっぱり思いつかない。
「男の人が買いそうなものというと・・・・・・、大きさはちょっと違った気がするけどやっぱりタバコかしら?」
「タバコね・・・・・・。禁煙しようと思ってたのに、誘惑に負けて思わず買ってしまって、でもやっぱりダメだと後悔してすぐにゴミ箱に捨てるってことか? でもそれなら、買ってすぐに開封するんじゃなくて、開ける前に返品してもいいような気もするけどな。レジで買ったばかりなんだし」
「それも、そうか。それ以外はちょっと思い浮かばないな・・・・・・」
「俺もダメ、思いつかない」
電車のアナウンスがなった。どうやら舞浜駅に着いたようだ。すると、作子が突然、解男をきっと睨んだ。
「なんだよ、そんな怖い顔して。俺、何か悪いことしたか?」
「約束して。ディズニーにいる間は、このコンビニ男のことは考えないこと! 上の空になって、私の話聞いてくれないとか嫌だからね。もしそんなことするようなら、今日、夜、泊めてあげないから」
解男は大いに慌てた。
「おいおい、そんな物騒なこと言うなよ。分かった。神に誓って約束する。俺は絶対、ディズニーにいる間は、ディズニーに集中します。ね、これでいいでしょ?」
「神じゃなくて、私に誓って」
「作子様に誓います!」
「おっけ、それで安心したわ。じゃあ、それは、後のお楽しみということで」
今日はお楽しみが多くて本当によろしい。
ディズニーはまさに、夢の世界だった。ランドも大分年を取って、少し設備の老朽化もあるが、決して、としま園のように加齢臭は漂っていない。夜のパレードを見ている時は、興奮した作子に強く手を握られて痛かったが平静を装った、
ディズニーを出ると、夜の10時になっていた。
帰り道、ミッキーの耳をつけた作子は、ぎゅっと解男の腕にしがみついてくる。ご満足いただけたようだ。
「今日このまま帰ると、作子の駅に着くのが11時くらいになるから、ちょうどいいかもしれないな」
「え、なにが?」
「なにってあれだよ、コンビニ男」
「あ、そうだった、忘れてた。そうね、ついでだから夜食も買っていきましょう」
電車に乗っているあいだ、作子は寝てしまった。その間に解男は、コンビニ男のことをもうすこし考えてみることにした。
ありえない仮説でもどんどん挙げてみよう。
仮説1 もしかしたら、そのコンビニ男は、むかし、そのコンビニで働いていた店員だったかもしれない。そして、今働いている店員は、そのコンビニ男が教えた後輩であるとする。それで、たまにそのコンビニ男はチェックするわけだ。後輩たちが何かミスをしていないかと。それで、店内をぐるぐる回っていると、賞味期限切れの食品とか、使用期限の切れた商品がミスで回収されずにまだ棚に並べられているのを発見する。ちょっと嫌味だが、ミスを指摘するのではなく、あえてその商品を自分が買って、それで、店員が見えるようにゴミ箱に捨てる。しっかりしろよという意味を込めて。
うん、我ながら絶対にありえない仮説だと思う。没だ。
仮説2 商品が欲しいのではなく、商品を買った事実だけが欲しいのかもしれない。つまり領収書。たとえば浮気をしていたとしよう。その男が作子の家の近くにある仕事場にいるアリバイ作りのために商品を買って領収書をゲットする。その後、別の場所で散々遊ぶ。家に帰ったら、何気なくその領収書を家の机に置いて奥さんの目に入るようにしておく。領収書を見た奥さんは特に意識しなくても、旦那さんが仕事に行ってたんだということを深層心理に植えつけられる形になる。
なるほど、この仮説2は悪くない。商品は実際邪魔だから捨てたということも考えられる。意外とこの辺りが真相なのかもしれないな。
そんなことを考えているうちに、作子が起きてきた。どうやら、作子の最寄駅に着いたようだ。
二人で、手をつないで、その問題のファミリーマートに歩いてきた。店の前のゴミ箱に目を向ける。確かに、外からだと中に何が入っているかは分からないし、手を突っ込んで漁るのは勇気がいる。
ファミマの中に男はいなかった。
作子と解男はしばらく店内をうろついていたが、10分ほどして諦めて、夜食を選ぶことにした。解男はオムライスと、さきイカ、ウーロン茶のペットボトルをカゴに入れた。
「え、オムライス、これから食べるの?」
作子が驚いた顔をしている。
「え、うん、悪いかな?」
「悪くないけど、よく食べるね」
カゴをレジに持っていくとそこには、高校生ぐらいのまだあどけなさの残る女の店員さんがレジうちをしていた。
「オムライスあたためますか?」
「はい、お願いします」
その女の店員さんは、オムライスを電子レンジにつっこむと、他の商品をレジ袋に詰め始める。少しすると、オムライスのいい匂いがレンジの方から漂ってきた。
ピピピ。
温め終わると、店員さんはレンジを開ける。すると、「うっ」っという声を漏らすと、いかにも汚らしいものを持つかのような、しかめっ面をして、その店員さんはオムライスを取り出した。レンジから出てきたオムライスは、別に焦げているわけでもなく、普通だ。
「そんな嫌な顔しなくてもいいのにね」
作子が解男に耳打ちした。
「ね、失礼だよな。こっちはこれからそれを食べるんだぞっていうのに」
店員は、レジ袋にまとめると、ありがとうございましたといって、解男に商品を渡した。その右手の小指にはピンク色の指輪がしてあった。
「あの指輪って、ちょっと前に流行ってたピンキーリングってやつ?」
商品を受け取りながら、解男は、作子に小声で聞いた。
「そうよ、結構流行ってたわね。今はあんまりつけている人いないけど」
「それって、男もするのか?」
「付き合ってる男女だったら遊びでしてるかもしれないわね。なんで? 解男もしたいの?」
「いや、違うよ。俺はああいう束縛する系のものは大嫌いなんだ。そうじゃなくて、隣のレジのおじさんを見てみろよ。この女の子と同じような指輪をしてるぜ、小指に」
隣のレジには、40歳くらいになろうかというおじさんが、同じように右手の小指にピンク色の指輪をしていた。
「あ、本当だ! 何あれ、きもい!」
作子が顔を歪める。
「あれはどういうことだ?」
「あんまり考えたくないけど、この二人は付き合ってるのかもだね」
「やっぱりそうか。ひどいな。きっと、あの女の子はだまされてるんだな。根拠はないけど」
そんなことを話しながら二人で、ファミマを出ようとした瞬間。作子が急に立ち止まった。
向こうから、スーツを着た会社員風の男がファミマに入ってきた。
「あの男だよ! 解男くん」
声を殺して作子は言う。
まさか、幸運にもチンケなミステリーにありそうな偶然が起こった。
二人は踵を返し、再び店内の奥の方に入った。男は、ペットボトルのお茶とサンドイッチを手に取り店内を移動していたが、すこしして立ち止まり手に取ったものがある。二人はしっかりとそれが何であるか確認した。
それは、コンドームだった。
「おい、作子、お前が言ってた、小さい箱みたいなやつって、あれのことか?」
「そうみたいね・・・・・・」
「じゃああれをこれから、買った後に、開封してすぐ捨てるっていうことか?」
「どうなんだろう、たぶん・・・・・・」
そんな話をしているうちに、男はレジに向かい、会計を済ませてしまった。そして、商品のレジ袋を受け取ると、ニヤッと薄気味悪くその女性店員に向かって一回笑った。女性店員は目を背けている。
そして、ドアに向かいながら、レジ袋に手を突っ込み、今買ったコンドームの箱を取り出すと、ビリビリとビニール袋を破り開封し始めた。
「本当にやってるな。しかし、なんかあいつ気持ち悪いやつだな」
「そうなのよ、気持ち悪いのよ。なんか目を合わせたくない感じ。だから今までしっかり見れなかったの」
「うん、あれはキツイな」
男は、コンドームの箱から中身を手のひらに出すと、それをぐしゃっと握り、外に出て、ゴミ箱に投げ捨てた。そして、箱と、ポケットに入っているゴミも取り出し一緒に、ぽいっとゴミ箱に捨てている。
男は去っていった。本当にやったことといえば、それだけである。
「ね、本当にやったでしょ。何か分かった?」
作子は、男がいなくなるのを確認すると、若干興奮した口調でそういった。
解男は顔をしかめた。すごく、気持ち悪いものを見たというように。
「あー、わかったよ。よく分かった。これは、本当にタチの悪いイタズラだ。そして、決してそのイタズラをしたあの男を罰することはできないし、責めることもできない。それを分かっていてあの男はやっているんだ。マジで性根が腐った野郎だ」
「え、え、何? 分かったの? 教えてよ」
「とりあえず、お店を一回出よう」
二人は、コンビニを出て、店の前にあるベンチに腰掛けた。
「つまりこういうことさ」
解男は話し始めた。
「あいつの狙いは、お菓子のおもちゃを集めるだとか、領収書が欲しいだとか、そんなことじゃないんだよ。ああやって、ゴミ箱にコンドームを捨てるのを、あの女の店員と、その隣にいた男の店員に見せるためにやってるんだ」
作子は、ぽかんと口を開けている。全く意味がわからない。
「え、どういうこと? つまり、女の子の店員さんの前で、コンドームをこれ見よがしに買って、恥ずかしがるところを見たいとかそういう事?」
「いや、そんなんじゃない。作子、あの男が買った商品見たか? 0.01mmって書いてあったんだよ。ファミマから最近売り出された高級なやつだ。箱にはたった3個しか入ってなくて、そのくせ値段は1000円以上するんだ。つまり1個300円以上! そんな高いコンドームをさ、毎回、毎回新品のまま、ゴミ箱に捨てる男を見たら、店にいるカップルはなんて思うと思う?」
「え・・・・・・、なんだろう。変な人って思うかな?」
「まあ、当然それもあるけど、もう一つはもったいないって思うだろう。だって、今、目の前で買ったばかりなんだぜ。しかも高級なやつ。あのカップルも、おそらくそう話し合ったんだろう。しょっちゅう来るあの男の行動は変だけど、あのコンドームはもったいないよねって」
「ふんふん、なるほど。それで」
「ああいうコンビニはだいたい夜のお客さんが少ないときに、ゴミ箱の袋とかをまとめるんだけどさ、おそらく、二人で話して、こっそり捨てたコンドームを回収して二人で使おうって事になったんじゃないかな。最初は気持ち悪かったかもしれないけど、よく見ても別に何も変なところはないし、だんだん見慣れていったと思う。おの男が捨てるたびに、その分のコンドームを回収して二人で使う。ところが、そこからが男の本当の狙いだ。相手が安心したであろうタイミングでこっそり、細い虫ピンみたいな針で、袋ごと穴を開けたコンドームを混ぜておいたんだろう。ああいうものは、大体薄暗い部屋で開けるから、一々細かく確認したりしないしな。そうとは知らない不幸なカップルはいつものようにそれを使ってしっかり行為を行ってしまった。終わったときには当然気づいただろうが、既に遅し。不幸にもあの女の店員さんは、妊娠してしまったんだ。俺たちが買ったオムライスを温めて、急に嫌な顔してただろ? きっとツワリだよ。あの男がニヤッと笑ったのは、その異常な嗅覚で恐らく妊娠に気づいたんだろう。でも、決して男を訴えることなど出来ない。だって、男が捨てたコンドームを勝手に使ったのは他でもないあの店員逹なんだから」
そこまで、解男は一息で説明した。作子は、ベンチからコンビニの中を覗いてみた。さっきの女の店員さんが泣いていた。おじさんが慰めようとしているが、拒否されているようにも見える。女の店員さんは、ちょっとした火遊びのつもりがとんだ大火事になってしまい、受け止められていないんだろう。
突然、解男がすくっと立ち上がって、ゴミ箱に近寄ると、おもむろにゴミ箱に手を突っ込んだ。しばらくして出した手には、先程のコンドームが握られていた。
「今日これ使ってみる?」
解男が言う。
作子の顔がぱっと赤くなった。
「もう信じられない。今日は絶対に泊めてあげないから」
それから解男がいくら謝っても、作子は家に入れてくれなかったそうな。せっかくのディズニーも台無しである。
終わり
『作子と解男の謎解きシリーズ』 香森康人 @komugishi
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