第3話 最悪の組み合わせ

正式な認証リングを得た翌日。

星骸制御学院の訓練生たちは、いつもより早く集合を命じられていた。


次の段階へ進む――

その言葉だけが、事前に知らされていた。


訓練室に集まった生徒たちは、どこか落ち着かない様子で周囲をうかがっている。

認証されたとはいえ、全員が同じ位置に立ったわけではないことを、誰もが感じ取っていた。


ユウ=アラタも、その一人だった。


指には、確かに銀色の認証リングがある。

正式な星骸適合者の証。

だが、それを見て向けられる視線は、相変わらず距離を含んでいた。


「出力が異常らしい」

「制御は、まだ不安定だとか」


小声の噂は、完全には消えていない。

認証はされた。

それでも、信用はされていない。


ユウは気にしないふりをして、前を向いた。


そのとき、室内の空気がわずかに変わった。


無駄のない足取りで、ひとりの少年が入ってくる。

姿勢は正しく、動きに迷いがない。


カイラ=ゼオン。


学院内で、その名を知らない者はいなかった。

制御精度、出力、戦術理解。

どれを取っても高水準で、教官たちからの評価も安定している。


名門適合者家系の出身。

最初から、星骸適合者として“完成している”存在。


カイラは周囲を一瞥し、無言で所定の位置に立った。

視線は冷静で、感情の揺れが見えない。


その少し後ろに、もう一人の少女がいた。


ミレイ=ノア。


星骸制御理論の成績は、常に上位。

訓練中の立ち回りも堅実で、無理をしない。


都市の秩序や管理体制を、特別なものとしてではなく、

「そういうもの」として受け入れている優等生だった。


ミレイは一瞬だけユウに目を向け、すぐに視線を戻す。

そこにあったのは敵意ではない。

ただ、距離を測るような冷静さだった。


――危険だが、放置されている存在。


そんな認識が、その目にははっきりと映っていた。


やがて、教官から次段階の訓練編成が告げられる。


選ばれた名前が、順に読み上げられた。


ユウ=アラタ。

カイラ=ゼオン。

ミレイ=ノア。


三人の名前が並んだ瞬間、室内がわずかにざわつく。


力はあるが、不確定要素の塊。

最初から完成している理想像。

秩序に適応した優等生。


並び立つことのなかった三人が、同じ場所に立たされた。


ユウは、横目で二人を見る。

カイラは表情を変えず、前を向いている。

ミレイは静かに息を整え、状況を受け入れていた。


――なるほどな。


ユウは、なんとなく理解した。


これは、ただの訓練じゃない。

力の話でもない。


星骸適合者として、

誰が、どこに立つのかを測るための場なのだと。


今まで、物語は“個”だった。

だが、この瞬間から違う。


三人は、同じ舞台に立たされた。


主役候補として。


訓練編成が発表されたあと、三人は同じ訓練室へ案内された。


広くも狭くもない、無機質な空間。

壁には制御装置と簡易モニターが並び、天井からは淡い光が落ちている。


ユウは、なんとなく壁際に立った。

中央に立つ理由が、まだ見つからなかった。


カイラ=ゼオンは、すぐに状況を確認し始める。

設備の配置、出力制限、非常停止装置。

視線の動きに、迷いがない。


「初期訓練なら、出力は三割以下だな」


独り言のように呟いてから、ユウを見る。


「無駄な上振れは不要だ」

「制御を優先してくれ」


指示とも、助言とも取れる口調だった。


ユウは眉をひそめる。


「最初から決めつけるなよ」

「状況次第だろ」


カイラは表情を変えなかった。


「想定外は、リスクだ」

「都市は、リスクを嫌う」


その言葉に、ユウの胸の奥が少しだけざわつく。


「……俺は、選びたいだけだ」


カイラは、ほんの一瞬だけユウを見つめた。


「君は、都市にとって“不安定すぎる”」


感情を含まない評価。

だからこそ、はっきりと刺さった。


ミレイ=ノアは、そのやり取りを静かに見ていた。


カイラの判断は、正しい。

訓練としても、都市の基準としても。


そう理解している。

だからこそ、反論はしなかった。


一方で、ユウの立ち位置も、気になっていた。


制御が甘い。

判断が感情寄り。

予測しにくい。


――危険。


そう思うのは、自然なことだ。

悪意はない。

ただ、秩序を守る側としての線引きだった。


「ユウ……」

「ルールは、守った方がいいと思う」


控えめな声だったが、距離を取る意識は隠れていない。


ユウは肩をすくめる。


「分かってるよ」

「でも、ルールだけじゃ、どうにもならない時もあるだろ」


ミレイは、言葉に詰まった。


反論はできる。

理屈なら、いくらでも。


けれど、今はそれを口にするべきじゃない気がした。


訓練室の奥では、教官カイ=ミドが三人の様子を見ていた。


腕を組み、表情は読めない。

だが、止める様子も、仲裁に入る気配もない。


――見ているだけだ。


星骸の制御だけが、訓練じゃない。

人間関係も、また制御対象だ。


そう言われているような気がして、ユウは舌打ちをこらえた。


訓練は続く。


指示が噛み合わない。

間合いが合わない。

誰も間違ったことは言っていないのに、空気だけが重くなる。


星骸適合者になっても、変わらない。


評価。

距離。

線引き。


人間関係は、相変わらず難しかった。


三人の間には、見えない溝があった。


まだ深くはない。

だが、踏み込めば崩れそうな、不安定な距離。


――このままじゃ、うまくいかない。


誰も口にはしなかったが、

その予感だけが、訓練室に残っていた。


共同訓練は、段階的な星骸同調から始まった。


出力は制限。

手順は明確。

危険性は低い――はずだった。


最初は、問題なく進んでいた。


カイラが中心となり、流れを組み立てる。

ミレイが補助に回り、数値を確認する。

ユウは、その後ろで感覚を探っていた。


だが、違和感は、唐突に訪れた。


ユウの中で、何かが広がる。


――来る。


そう思った瞬間、出力が跳ね上がった。


「……っ!」


空気が揺れ、床の制御ラインが淡く光る。

制限値を超えた反応。


カイラが即座に動いた。


「出力を落とせ!」


判断は早い。

躊躇もない。


抑制用の制御を起動し、ユウの同調を遮断しようとする。


「待て!」


ユウは反射的に叫んだ。


「まだ、いける」


だが、その声は届かなかった。


カイラにとって、迷う理由はない。


「感情で動くな」

「事故になる」


ミレイは、二人の間に立ち尽くしていた。


モニターの数値は危険域。

規定通りなら、即停止。


だが、ユウの反応は、完全な暴走ではない。


「……ユウ」

「ルールを守って」


声は震えていた。


止めるべきだ。

でも、切り捨てるような判断はしたくない。


その迷いが、状況をさらに悪化させる。


「勝手に決めるな!」


ユウの声が、訓練室に響いた。


「俺の出力だろ」

「俺が、選ぶ!」


カイラは、はっきりと言い返す。


「選択には、責任が伴う」

「君は、その重さを理解していない」


「だからって、最初から否定するのかよ!」


三人の声が、重なる。


抑制。

規則。

選択。


どれも間違っていない。

だからこそ、譲れなかった。


出力が、さらに不安定になる。


床の光が強まり、警告音が短く鳴った。


「……っ」


カイラの表情に、わずかな歪みが走る。


完璧に制御できるはずだった。

想定内で終わらせるはずだった。


その焦りが、判断を硬くする。


ミレイは唇を噛みしめた。


正しさを信じてきた。

ルールを守れば、安全だと。


それでも、目の前では、人が揺れている。


ユウの胸の奥で、怒りが膨らむ。


――選ぶことすら、許されないのか。


光が弾けた。


衝撃は一瞬で、致命的ではない。

だが、訓練室の空気を切り裂くには、十分だった。


警告音が止まり、出力が落ちる。


静寂。


三人は、それぞれの場所で、息を整えていた。


怪我はない。

装置の損傷も軽微。


だが――


溝は、はっきりと姿を現していた。


カイラは、視線を逸らさずに言う。


「……このままじゃ、無理だ」


ミレイは、何も答えられなかった。


ユウは、拳を握りしめたまま、俯く。


戦闘は起きなかった。

だが、決定的な何かが、壊れた。


それは、技術の問題じゃない。


価値観の衝突だった。


三人は、その事実を、はっきりと理解していた。


そして、このままでは終わらないことも。


訓練室には、まだ静けさが残っていた。


警告音は止まり、装置も沈黙している。

それでも、さきほどの衝突の名残が、空気に張りついたままだった。


ユウは壁際で息を整え、

カイラは装置の状態を確認し、

ミレイはモニターを見つめたまま、動けずにいる。


誰も、次の言葉を見つけられなかった。


そのときだった。


「――ああ、なるほど」


場違いなほど軽い声が、訓練室に響いた。


三人が振り向く。


入口の前に、ひとりの男が立っていた。

黒いコートを羽織り、手には紙袋。

まるで、遅れてきた見学者のような風体だ。


「時間、ちょっと過ぎちゃったかな」


悪びれた様子もなく、男は肩をすくめる。


特務指導官――

レイヴン=クロウ。


その名を聞いたことがある者は多い。

だが、実際に姿を見るのは初めてだった。


レイヴンは、三人を順に見渡す。

ユウ。

カイラ。

ミレイ。


そして、楽しそうに笑った。


「君たち、最悪の組み合わせだね」


一瞬、空気が凍る。


カイラが口を開こうとしたが、

レイヴンはそれを制するように手を上げた。


「説明はいらないよ」

「もう、全部顔に出てる」


ユウは眉をひそめる。


「……何しに来たんだ」


「決まってるだろ」


レイヴンは、あっさりと言った。


「君たちの、次の段階の担当だ」


その言葉に、三人の視線が集まる。


「さっきのは模擬事故」

「でもね、現場じゃ“模擬”なんて言葉は使えない」


軽い口調とは裏腹に、言葉は重かった。


「だから、方針を変える」


レイヴンは、にやりと笑う。


「じゃあ、生き残り訓練を始めよう」


一瞬、意味が理解できなかった。


「一人でも脱落したら、解散」

「誰かが欠けたら、チームとして失格だ」


ミレイが、思わず声を上げる。


「それは……あまりにも……」


「厳しい?」


レイヴンは首を傾げる。


「でも、君たち」

「もう噛み合ってないよね」


その言葉に、誰も反論できなかった。


レイヴンは続ける。


「個人で優秀でも、意味はない」

「チームになれないなら、次はない」


軽い調子で、だが逃げ道は残さない。


「選択肢は二つ」

「ぶつかりながら、進むか」

「ここで終わるか」


沈黙が落ちる。


ユウは、ゆっくりと息を吐いた。


「……勝手だな」


「そうだよ」


レイヴンは即答した。


「だから、面白い」


カイラは視線を伏せ、短く言う。


「……やるしかない、ということか」


ミレイは、不安そうに二人を見る。

だが、やがて小さく頷いた。


誰も完璧じゃない。

でも、逃げれば何も始まらない。


レイヴンは満足そうに笑った。


「決まりだ」


そして、出口へ向かいながら振り返る。


「明日から実戦形式」

「覚悟、しといて」


扉が閉まる。


残された三人は、顔を見合わせた。


相性は悪い。

価値観も違う。

噛み合っていない。


それでも。


――ここからが、本番だ。


個人だった物語は、

否応なく“チーム”へと形を変えた。


そして次は、

師のもとでの実戦が待っている。


誰もが、それを直感していた。

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