第5話:最重要条件

 原物を見ても、扇雄介にはそれがこれまで使っていたコピュラと何が違うのかはわからなかった。


「――恩寵とは何か。というのは、私たちのような研究者における一生の謎です。」


 勇者が帰還して十五年。


 研究に協力した勇者も少なからずいたし、死んだ――そう、勇者も死ぬのだ――勇者を検体として使用した研究もあった。


 が、それでも、勇者の身に宿る恩寵の謎は解けない。


 筋骨格も、神経系も、常人の物と変わらない、新しい臓器があるわけでもない、なのに、人をはるかに超えた力を持つ。それが勇者だ。


「死神コルトのおかげで、どうにか我々は魔物に抵抗する術を手に入れましたが、それでも、その力の全容がわかっているわけではありません、ただ、一つだけ確かなことがあります。」


「――妖霊が次元の間に住んでいる事、ですか。」


「そうです、人間はまだ、次元間移動の方法もなければ、次元と次元の間に何があるのかもわかっていません――が、そこに妖霊が住んでいることはわかっています。」


 そして、この次元に来た妖霊は皆、『物質の内部に侵入する』ことで生きながらえている。


 ということはつまり――


「妖霊の入った物質の内部、もしくは妖霊が存在している領域においては、次元間と同じ状態なのでは?」と、ゆかりは考えたのだという。


「で、方々調査を行い、『その妖霊が宿る物質と、まったく同じ分子構造の物質』によってコピュラを作ることで、妖霊の『負担』を軽減してみました。」


 要するに、道路を整備してやったということだ、その結果。


「出力が――」


「上がりました。それがこのアンプリフィカートゥス・コピュラです。」


 そういって、ゆかりは薄い胸を誇らしげに張って、ちらちらと雄介を見つめる――何をしてほしいのかはわかるのだが、果たして、家族の前でやってもいいのだろうか?


「ほー……」


 感心したような天塚に、目くばせする――本当に、あり得る論理なのか?と。


「ありえないとは、言いませんよ、ありそうな意見ではあります。」


 視線で帰ってきた返答に、扇は片眉を上げた。


 つまり、本当ということだ、この男が、その手の事実を間違えたことはない。


 となれば――


「――なるほど、納得しました、つまり、我々はこれを使って――」


「ええ、『勇者と並び立って』活動していただきたいのです。」


 それが、依頼人のオファーであった。


『新型の装備を渡す代わりに、爆弾たりうる勇者のお目付け役を行え』それが、この場所でヒーローを続ける条件だった。


「もちろん、無理にとは言いません、難しい判断でしょう、10年ヒーローを続けていれば、いろいろと確執もあることだと思います。この新装備でも、勇者と皆さんの間には埋めようのない力の差がまだまだあります。」


 ゆえに、黒土未来は尋ねる


「貴方がたは勇者についてどうお思いですか?」と。


「まあ、ぶっちゃけ、必ずしもいい感情だけがあるわけではありませんね。私達が契約解除になったのも勇者のせいですし、手柄を奪ったと攻撃された事もある。良い関係を築けた者もいますが、圧倒的に少ないですし。」


「大抵攻撃してくるしなぁ。」


「ヒーローは大体そんなもんよね。一般人からも似たり寄ったりだと思いますけども。」


 そう告げる三人に未来も残念そうに視線を落とす。


 当然だろう、彼女の娘もまた、その危険な勇者なのだから。


「周辺の被害を考慮しない戦闘行為。魔物退治による金品の要求や肉体関係の強要。SNSで炎上させようものなら調べ上げて復讐。今じゃ勇者の評価はだだ下がりですし。」


「自業自得と言えれば良いけどね、ヒーローだけで魔物倒すのは厳しいってのは事実だし、まあ、もうちょい節度がね、欲しいよね。」


「でしょう、なので、見本を見せてやろうかと。」


 だから、この計画をぶち上げたのだと、ゆかりは言う。


 ヒーローが雑兵を蹴散らし市民を守り、その間に手に負えない強力な魔物を勇者が倒す。お互いの担当を分けて協力し合う、ある種理想的な関係。


 しかしその夢はそうそう叶わない。勇者は力の劣るヒーローは踏み台扱いし始めて、ヒーロー側もまた、やる気が起きず協調路線を取らなくなった。


 至極当然の結論は今や理想論でしかなくなってしまった。


「だから私達がやるのです。他の勇者の見本になってやるために。」


 人と、勇者と、英雄の集団。なるほど、それはある種理想の体現と言えなくもない。


「――それに、先輩たちの夢だって、これならかなえやすいでしょう?には、悪くない性能だと思いますよ。」


 そう訊ねる後輩に、三人は苦笑する――確かにそうだ、荒唐無稽な『夢』をかなえるためには、この企業での立場というのは非常にうまみがある。


 とはいえ――


「……そっちのお二人さんは納得してるのかい?」


 そう訊ねたのは扇だ。


 こちらがどれほどきれいな戯言を語ったとしても肝心の勇者側にやる気がないのでは意味がない。


 貫くような視線に、二人の少女は真っ直ぐと、真剣な目で頷く。


「うちは姉さんが言うんやったら何でもやるでーおかんの手伝いもしたいし。」


「わ、私も同じ意見です!」


「そいつは頼もしい。」


 そういう話であればためらう理由は――


「――あ、いや、ちょっと待った。」


「うん?どうかしましたか?」


「いや、一つ条件が。」


 それが、彼らにとっては最も重要なファクターだ、これが受け入れられないのであればたとえ相手がイーロン……なんとやらでも頷けない。


「――ヒーローとしての姿って、特撮風にしてもいいですかね。」


 ――これが、彼らにとっては何よりも大事なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る