第6話:テスト
新製品を秘匿するため、という名目で生み出されたその部屋は、一見すると手術室のように見える、白一色の部屋だ。
これで手術用のライトとかついてたら世界征服とか目論んでる悪の秘密基地の研究室だな、が、三人の第一印象だった。
広い部屋、四十畳はあるだろう。
一面を『硬化金属』と呼ばれる勇者由来の超自然物質によって作り出された電波も音も通さぬ領域において、俊敏な影が動く。
小型の犬型生物――のように見える機械の犬、戦闘用ドローンだ。異界の生物たるゴブリンをどうにか倒せる程度の脆弱な科学の武器だ。
これ一台で、八桁の金額が動く代物であるそれは、ゴブリンよりも機敏に部屋中央に立つ影に向けて迫る。
振り上げられるのは鋼鉄の前足、波打つのはおぞましき爪、空気を切り裂き、生き物の肉を貫きつぶす。
その攻撃を見ながら、緑の怪人……いや、扇雄介が変じた風を支配する――いや、言い過ぎか?――ヒーロー、ウィンドヴェーラーは動じない。
動きは読めている、ならばやることは一つ――
「――風圧帯」
ゆらり――と、背中に流れる二本の帯がうごめく。
まるで、空を駆ける蛇のように、帯が走る――風の拘束帯、風を操り、くちたる大気の生霊の一部が住まう風の器。
妖霊が宿ったことにより、破壊不能の性質を持った帯が、犬の一撃を受け流し、犬の顔面を拘束し釣り上げる――さて、どう料理するか。
『先輩のやりたがってたあれ、できますよー』
ここに入る直前に告げられた一言が思考に蘇る。
五指を伸ばす、形は手刀、力を蓄える様に水平に構えて――振り切る!
斬線が、走った。
空気圧の刃、かまいたち。
空想でしか見ることのない一撃が、金属を切り裂いた。
歪みの一つも無い鋭利な断面、生き物であってもなお、痛みを感じるいとまもない一瞬の両断。
ヒーローになって十年、加護の強さの関係から断念していた夢の必殺技だった。
「かまいたちが、飛ぶ!」
『飛びますよーむしろ今までよくそれなしで戦ってましたね、どうやって倒すんです敵。』
「え、空気操って酸欠とか。」
『びっくりするほど地味ですねぇ。』
そうなのよねーと思いながら、体を見つめる――新しい姿は悪くない。
深紅の大きな複眼のように輝く赤水晶の瞳に、全身を緑に染め上げた皮膚の表面には、風紋のような細かな模様が走り、硬質化した皮膚を彩っている。
余計な装甲がなく、普段の彼の物よりも一回り細身な手足は、しかし、その容貌に似合わぬ力を秘めていることは、もはや誰の目にも明らかであろう。
首元から背中にかけて垂れる、森の緑をそのまま宿したような青々とした緑のマフラーが、首元を彩る。
胸部に存在する機械装置――トランサーが、鈍い金属光沢を一種の威容と共に放つその姿は、どこかの風吹く街の探偵の右側を思わせる姿だ。
『デザインどうです?』
「満足。」
『結構、こっちもうちょっと長引きそうなので』
「……なに、そっちまだ揉めてんの?」
苦笑交じりに漏れた一言に、マイクでも差し向けたのだろう、スピーカーからけたたましい音が響く。
『――ええぃ、なぜわからん!もっと、こう、ごてッとしてた方がかっこいいだろ!魂とか目覚めさせたいだろ!?』
『貴様こそなぜ理解しないのですか、シンプル!シンプルこそ最高の姿でしょう!美の化身になるのです!手からビームとか打ちたいでしょう!』
……どうやら、デザイン論争にはケリがついていないらしい。こだわるのはいいが、ヒーローたるもの、実用能力にも目を向けるべきだと思うが。
『いや、あのふたりだと気にしなくてもいいのか。』
自分とは違って並外れた能力の二人だ、多少の能力変動ぐらいならどうにでもできるのだろう。
『この分だと二人の性能試験だいぶ先になりそうですし、もうちょっと先輩でデータ取りますか、皆さーん、お願いしまーす。』
『まあ、ライダーとマン兄さんのかっこよさの指標それぞれ別機軸だから仕方がないのよね。』と思いつつ、呆れたような後輩の一言に頷く。
『せっかく来てもらったのですから、新装備のお披露目もかねて、研究設備の案内を』と導かれた先で、『じゃあついでにお披露目もかねて』と一足先にカードを確保した扇雄介は、物珍しいものを見るような研究員の視線にさらされつつ、初変身を行い、容姿に満足して――ついでに、戦闘能力の把握も兼ねた簡単な運動をこなした。
いそいそと準備する研究員たちを見つめながら、ごく簡単な過去への想起を終わらせたのは、後輩の一言だった。
『じゃ、先輩準備を。』
「ほい。」
了承の一言、次は向上した空中機動性のテストとデータ取りがしたいという後輩の一言に頷きつつ、周りで研究員らしき人間が何やらガチャガチャと装置の準備をしているところを眺めて……
「あの、ウィンドヴェーラーさんですよね?」
「む、ええ、はい。」
30代程度の女性に声を掛けられた。
「ああ、お会いできて嬉しいです。もし良かったら後でサイン頂いても?皆さんが活動され始めた頃からファンだったんです。」
そう興奮する女性に扇は、緑の超人の姿で微笑む――装甲の裏側など見えていないはずなので、そうしたことすら、相手は気が付いていないだろうが。
「ええ勿論。昔から応援してくれたんですね」
「はい。息子は最近の若いヒーローに夢中で、皆さんみたいな救助とかがメインの昔から地球を守ってるヒーローには目もくれないんです」
「仕方ないですよ。若いヒーローはデザイン面にお金をかけてますから。子供にも人気が出る……ってことらしいですから。」
忸怩たる思いもないではないが、そういうものだ、露出のある業界なんて。
「そうなんですよね。っと、仕事中でした。では。」
「ええ、あとで。」
そういってぱたぱたと歩き去る女性研究員に、扇はたとえその言葉が社交辞令から出た物であっても、うれしかった。
大抵、欲しいのは自分のサインではない、今、後輩の奥でもめている友人のどちらかの物だ――まあ、そのことを不満に思ったこともないが。
『むしろこう……秘密のヒーローぽくって、ちょっといいよね……』
そんなことを考えつつ、扇の体が宙に浮きあがる――さあ、テストを続けよう。
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