第2話 名前の由来



サラという名前。サラピンって意味知ってる? 店長が笑いながら面接の時に言った。関西弁訛りの店長。奈良出身とか言ってたな。そう言えば…


サラピン? なにそれ? 27年間生きてきた中で聞いたこともない単語だった。


「新品って意味や。真っ新、まっさらってこと」


店長は机に肘をついて、私の顔をじっと見ながら続けた。


「この業界な、みんな何かを捨てて来るんや。過去とか、名前とか、プライドとか。ほんでな、ここでは新しい自分になれる。サラピン、まっさらな自分にな」


私は黙って聞いていた。


「あんたも何か捨てたいもんがあるんやろ? 顔に書いてあるで」


図星だった。でも、それを認めたくなかった。


「別に…ただ、お金が必要で」


「そうか。まあ、理由なんてどうでもええわ。ここではな、過去を詮索せえへん。それがルールや」


店長は源氏名のリストを私の前に置いた。キラキラした名前が並んでいる。ミク、アヤ、レイナ、リサ…


「好きなん選びや。これから、あんたの名前や」


私はリストを眺めた。どれも、まいとは程遠い響きの名前ばかりだった。


ふと、サラピンという言葉が頭をよぎった。


「サラって、ダメですか?」


店長は少し驚いた顔をした。それから、にやりと笑った。


「ええやん。サラ。シンプルで覚えやすい。外国人風でもあるしな。よっしゃ、あんたは今日からサラや」


その瞬間、まいが一枚剥がれ落ちた気がした。


帰り道、私は何度も心の中でその名前を呼んでみた。サラ、サラ、サラ。


不思議と、しっくりきた。


まいは、親が決めた名前だった。平凡で、期待を背負わされた名前だった。「真面目で素直な子に育ってほしい」そう言って父が命名したと、母から何度も聞かされた。


でもサラは、私が選んだ名前だった。まっさら。新品。誰の期待も、誰の記憶も纏わりついていない、純粋な音の響き。


初めて客に名乗った時、私は少し震えた。


「サラです。よろしくお願いします」


客は何の疑問も持たずに、その名前を受け入れた。


「サラちゃんか。可愛い名前だね」


その瞬間、私はサラになった。


27歳のまいは、どこか遠くへ行った。学歴も、倒産した会社も、親の期待も、全部置いて行った。


サラピン。まっさら。


この名前には、私の意志が込められている。捨てるのではなく、選び取ること。流されるのではなく、自分で決めること。


鏡を見る。そこにいるのは、21歳のサラだ。


まいは、もういない。


そして、それでいいと思った。

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